初見後の率直な感想は、まあまあいい映画だった。そんな程度でした。

ところがどういうわけか、日をおくにつれまた観たくなるのです。そんなことが続いて現在までに10回くらい観ています。4~5回頃に、なぜ繰り返し観たくなるのか、そもそもなぜ最初に観たときに大きな感動のようなものがなかったのか、不思議だったので考えてみました。

初見時には、スリルやアクションなどの起伏のある派手な演出や、人間の深い感情を描くずっしり手応えのあるものを無意識に期待していたのだと思います。

ところが本編は筋も簡単で、ごくあっさりと展開していきハッピーエンドで終わり。

そのため「やや物足りなさはあるもののいい映画であった」と、感想もあっさりしたものになったのだと思います。

ではなぜ何回も繰り返し観たくなるほどに惹かれたのか。

考えてみると、いくつかの理由が思い当たりました。

まず演奏シーンです。もう一度観てみたいという気持ちが湧き上がってくるのです。

歌や楽奏などの演奏シーンはいっぱい出てくるのですが、そのどれを観ても素晴らしい。

何度観ても心地よい。観ているこちらもわくわくして自然にリズムを刻んでしまいます。

後で調べてみたところ、劇中で演奏しているバンドマンたちはこの映画の撮影当時1947年ころには、もうすでに有名な本物の音楽家たちだったのです。そりゃぁ上手いわけです。彼らの指先を見ていると本当に演奏しているのがわかります。

次に、繰り返し観るたびに歴史背景を感じさせられるということです。

ここでジャズの歴史を簡単に追ってみます。

アメリカが植民地時代だった頃、南部のルイジアナ州の港町ニューオリンズはフランス領でした。ちなみにデキシーランドとはアメリカの南部という意味です。

フランス領なので「新しいオルレアン」と町に名前を付けましたが、これが英語発音でニューオリンズとなりました。

ニューオリンズに住む黒人奴隷たちは、休日の度に広場に集まり、手作り打楽器などで歌い踊っていました。その後、白人の教会から聞こえてくる讃美歌を自分たちなりに作り変えたものが黒人霊歌になります。日々の労働や日常生活を、ギターの弾き語りで聴かせるものがブルースになります。これらが混ざった上で、明るく弾けるリズムでピアノ演奏したものがラグタイムです。1900年頃のことです。

南北戦争後に北軍の軍楽隊が捨てて行った楽器を拾って練習し、その技法が音楽仲間に広がっていく。フランス人との混血人(クレオール)たちがバンドを組んで演奏を始めたのも1900年頃です。コルネットとトロンボーンを中心に5~7人のバンド編成が標準です。

曲調はラグタイムのリズムに乗せてガチャガチャかき鳴らすような印象です。

彼らバンドマンが音楽で生計を立てられたのは、ストーリービルという歓楽街があったからです。ニューオリンズにベイズンストリートという通りがあります。この通りに面した町がストーリービルです。靖国通りに面した新宿歌舞伎町と考えればわかり易いでしょうか。この歓楽街は、つまり売春地区なのです。どこの店でも1階が酒場や賭博場で、2階が売春宿です。酒場で相手の女を選んで2階に上がるということです。この1階の酒場で演奏していたのが最初のジャズバンドです。JAZZの語源はJASSであり、JASSとは売春の隠語でした。

白人富裕層の間で音楽といえばクラシックであり、いかがわしい場所で演奏されているいかがわしい音楽は下品で下劣そのもので嫌悪されていました。やがて風紀取り締まりや殺人事件などの理由から、ストーリービルは閉鎖されました。ジャズメンたちも散り散りになりました。シカゴに流れた者も多く、そこで彼らの音楽が受け入れられ、やがては全米に広がっていくことになります。

映画本編では売春は出てきません。主な舞台になる主人公の店も賭博場と酒場だけです。売春をにおわす描写は、ベイズン通りを車で流すときにチラ見させるだけです。

さらには黒人差別の重い描写も出てきません。メイドやウェイターはでてきますが、あくまで一員として描かれています。ここがこの映画の重要なところです。暗くて重苦しいリアリズムはバッサリと切り捨てられているのです。暗い面は扱わず、あくまで明るく希望があるところに焦点を当てています。きれいごとのハリウッド映画と言われれば、その通りなのですが、今のこんな世の中だからこそ、この明るさが必要ではないかと思います。

暗く重い背景を画面の裏に感じつつも、今、常に明るく前向きに生きる人々を見ていて気分が良くなっていくのです。

この映画に惹きつけられていったもう一つの理由が笑顔です。皆にこにこしているのです。

何度か観た時に気付いたのですが、最初から最後まで一部を除いて主要人物が皆ずっと笑っている。特にバンドマンの男たちの笑顔がいい。ギタリストのバド・スコット(Bud Scott)なんて真っ黒けの顔に白い歯をむき出して笑っているのですが、これが実にいい顔をしているのです。(最初はあまりの黒さに少し怖い感じがしたのですが)

Bud Scott

私の特に好きな場面は、クラシックの白人老先生がバンドマンたちにショパンの幻想即興曲を弾いて聴かせるところ。バンドマンたちの顔が順番にアップで映るのですが、同じ音楽家として互いの音楽を尊敬し合って聴き入る姿がとても印象的です。

映画の筋は簡単です。

賭博場と酒場の経営者である白人ニックとオペラ歌手の卵である白人富豪令嬢ミラリーの恋物語です。

ニックの店では、クレオールのジャズメンたちが夜ごと演奏していますが、ある事件がきっかけで歓楽街が閉鎖されてしまいます。ニックとジャズメンたちはシカゴに移って、後に大成功します。そして恋物語も成就するという話。

劇中でのすごく好きなセリフがあります。お忍びでラグタイムを聞きに来ている前述の白人老先生のセリフです。白人クラシック界の地位ある先生が、黒人のいかがわしい音楽のとりこになったとバレたら大変です。そんな先生が話します。「この音楽は、まるでウイルスのようにどこにでも入り込む。ただウイルスと違うのは、とても気分が良くなるということだ」

映画用に作られたという主題歌も魅力的です。劇中で何度も歌い演奏されます。

主題歌名「Do you know what it means to miss New Orleans」


Do you know what it means to miss New Orleans

(ニューオリンズを失う意味がわかるかい)
And miss it each night and day?

(毎晩、毎日、思っている)
I know I'm not wrong, the feeling's gettin' stronger,

(強くなっていく気持ちは間違っていない)
The longer, I stay away.

(長く離れて暮らしているから)

 

DVDは安価で販売されています。

バンドマンたちが主題歌を演奏している場面のユーチューブ動画を貼り付けておきます。

よろしければご鑑賞ください。了