90年代後半は、例えば「タイユバン」あたりだと、良いブルゴーニュを1本頼んで、2人で4万円ほどで収まった。
地方の三ツ星オーベルジュだと、スタンダードな部屋での朝食付き1泊と夜のレストラン代で、2人で7~8万円くらいか。
温泉旅館と比べると高いと思うかもしれないが、しかし相手は世界に名をとどろかす名店であり、調度その他、施設やサービスも一級であるから、不当とは全く思わない。
それからすると、前回書いた藤沢の「幸庵」の1人3万円超は、高すぎる。
なにより料理のレベルが値段に見合っていない。
以下で、「晴山」の料理と比較してみよう。こちらは1人2万円で済んでいる。

先付は、ハマグリ、うるい、揚げさんに出汁ジュレをかけたもの。
毛蟹+ウニの幸庵よりは地味ながら、味加減よく炊いているハマグリに雑味がなく、揚げさんと共にホッとする味わい。高額食材による力技とはまた違う良さがある。

お椀は、帆立しんじょに車エビ。見た目が地味になるしんじょに、鮮やかな紅をまとわせている。
このしんじょが、自然の甘みたっぷり。ブリッとした食感のすり身には、刻んだ帆立も入っており、こちらはむっちりとした質感。
吸い地は、甘かった幸庵よりも明らかにシャープ。気をてらわずに小さな木の芽を添えているが、これがまたバランスのよいアクセントになっている。

造りは、淡路の鯛と鳴門のワカメ。
鯛は焼き霜にしてあるが、氷を当てたりせず、炙ってすぐを出してくる。
なので、温度は当然ぬるい。これは好みが分かれるところだろう。
特に薄腹の部分は、身が薄いため造りと焼き物の中間のようになる。
これは、熟成具合が良かった幸庵に軍配か。

これは、まんでうまかった「たけのこうどん」。
稲庭うどんと同じような細さに刻んだタケノコ、これに有明の岩のりと花山椒をちらし、ウニをのせてある。
よくかき混ぜてすすると、なんともいえない。
タケノコの土のミネラル感と、岩のりの海のミネラル感、それに一陣の春風のごとき花山椒が吹き抜け、うにの粘度が全体を取りまとめている。
これは確実に記憶に残る。また食べたい。

焼き物は、敦賀の伝助穴子と空豆のかき揚げ。
太いアナゴには、鱧の時より4~5倍幅で骨切りがなされている。
細かく骨切りをし過ぎると、アナゴの水分が炭火で抜け落ちてしまうらしい。
たしかに、カリッと焼き上げながら、中はしっとりしていて、スカスカにはなっていない。

揚げ物は、タコの白扇揚げ、タラノメとこしあぶら。
幸庵はただの天ぷら。それに対し、カタクリによる白扇揚げは、より衣が薄く、少々冷めてもダメージは少ない。味のしみたタコを揚げるのも、一工夫あって良い。

タケノコと神戸牛の炊き合わせ。上には花山椒をたっぷり。
出汁とタケノコが主役で、牛肉は脇役。
同種の料理は、京都の「桜田」(なんと閉店した!)とか四谷三丁目の「うえ村」、六本木の「こばやし」あたりでも食したが、やはり決めては花山椒の鮮度だろう。採取後は空気に弱い花山椒をいかに維持するか、難しい課題と思われる。
写真は忘れたが、ご飯は、鯛とモミジガサという秋田の山菜の炊き込みご飯。
これまた、抜群。
モミジガサのほろ苦さと鯛のほの甘さが相乗。
炊き立ての湯気には、うっとりさせられる。
なにより、モミジガサという発見があって、わざわざ料理屋に出かけた甲斐を感じる。
幸庵のアサリとろろ御飯には、そこが欠けているのだ。

デザートは、食用ほうずきのソルベ、パッションフルーツとべにほっぺ。
ベタな高級フルーツより、食用ほうずきというのは気が利いている。
食べる側に「ふーん、そうきたか」と思わせるかどうかだ。
三ツ星1人3万超より、二つ星1人2万超の方が勝っていると私には感じられた。
1回の食事だけで比較するのはどうかと思うが、しかし残念ながら藤沢に2度行く理由が見当たらない。
三田で十分満足なのだから。