幸庵 藤沢 | 御食事手帖

御食事手帖

主に東京と湘南で食べ歩き、でも美食のためならどこへでも旅するブログ

そのために旅行する価値がある卓越した料理――。

ミシュランが定義する「三ツ星」とは、これである。
その店に食いに行くために、わざわざ旅程を組む、それだけの価値がなければ三ツ星の称号は虚偽表示となろう。
思い返せば、もっともたどり着くのが困難だったライヨールの「ミッシェル・ブラス」。
すでにオーナーシェフは鬼籍に入った、サンセローニの「カン・フェベス」。
ピック、マルティン・ベラサテギ、オステリア・フランチェスカーナ・・・、旅程で苦労した店は多かったが、しかし確かに行く価値があった。
少なくとも、その料理、その味は、今も脳裏に刻まれている。

上記の名店たちと比べるのは、この「幸庵」にとっては酷すぎるだろうか。
ミシュラン湘南版で唯一の三ツ星を獲得した店として話題となった。
場所は藤沢。幼少の6年間をすごした市なので、悪く言うつもりはないが、しかしなぜにここで?と聞きたくなる。
料理長はご存じの通り滋賀の「招福楼」出身。湘南というのも憚られるこの地で、どんな料理を供するのか、興味があったのでわざわざ出かけてみた。


まず店内。際立って簡素。それが日本料理の良さ、という向きもあろうが、しかしわざわざ出かけてこの殺風景は、欧州の三ツ星ではありえない。称するなら、安普請である。





先付は、タケノコ、フキ、うに、秋田の毛蟹に加減酢のジュレをかけたもの。
蟹みその風味を淡く漂わせている。全体にやさしい味わいでまとめてあり、無難においしい。


お椀はよもぎ豆腐、あいなめ葛うち、かたくりの花に、吸い口は花柚子を浮かせたもの。
期待の吸い地は、ちょっと甘い。スープとしては味があってうまいが、シリアスな出汁とは言えない。招福楼も、こんな大衆的な味なのだろうか。


すみいか、鯛、赤貝。これまた無難すぎる取り合わせだが、鯛はよく熟していて悪くない。すみいかも、ねっとりと甘く上質。
信州の小宮山醤油を使っているそうだが、ことさら言い立てるほどのものでもない。


焼き物は、のどぐろの付け焼き。花山椒はちょっと時間が経っていたのだろうか、もう一つパンチがない。
のどぐろは、その質を活かすなら、そんなに強いツケダレを使わない方がよいと思う。


なかなか豪華な八寸。八重桜の花見。




平貝、イクラ醤油づけに醤油すだちジュレとあおさ。 鯛の酒盗と白子寒天。アワビの肝醤油(アワビに旨味がない)。 車エビとうるいのエビ味噌がけ(味のバランス悪く、エビ味噌が立ち過ぎ)。


炊き合わせは、ハマグリ、茎ワカメ、タケノコ。
茎ワカメに、わずかばかり湘南っぽさを感じるものの、これも「藤沢の店」らしさがあるとはいえない。味はちゃんとしてはいるのだが・・・。


揚げ物は、あなごとタラの芽の天ぷら。山椒塩で食す。
失礼ながら、天ぷらは専門店にかぎる、としか言いようがない。
店の構造上、どうしても冷めるわけだから、もっと別の手を考えてほしい。


山芋と長芋が乗ったアサリごはん。
出汁の効いたご飯は決して悪くはない。
ただ、2万円を超える料金のコースの締めとして、誰しも納得するご飯モノだろうか。



よもぎの練りきりと高級フルーツ。

[時価」という怖いコースを注文し、飲み物代と合わせれば、1人3万円を超えた。
結構良い食材を奮発したつもりなのだろうが、しかし記憶に残るものは?と問われれば、ない。
食べ終わっても、なぜ藤沢なのか、料理からは答えが見いだせなかった。
「招福楼のコピー」。
それだけなら、「そのために旅行する価値」はない。
頼んで三ツ星にしてもらったわけではないだろうから店に罪はなく、あくまで日本ミシュランによる虚偽表示である。