




恥ずかしながら、ドイツとその料理、そしてワインに対して、偏見を持っておりました。
ベルリン、フランクフルト、ボン、ケルン、ミュンヘンと、結構行ったことはあります(ほとんど仕事)。
しかし、思い出はソーセージとビールばかり。
食卓はいつも茶系の色で満たされ、変化に乏しい味の記憶が大半でした。
幼少の頃から、馴染みはありました。
由比ヶ浜の名物ドイツ料理店「シー・キャッスル」には、親に連れられて、毎週末のように通った時期があります。
いろいろな種類のソーセージにジャガイモ料理、アイスバインの味を覚えたのもこの店。
ついでに、ドイツ人のおばさんは根は優しいが、規律に厳格で怖い、という観念を刷り込まれたのも、この店でした。
良くも悪くもいろいろな思い出が重なり合ったせいでしょうか、自分から進んでドイツ料理を食べようと思わなくなってから幾年月。
満を持して、行ってみました「ツム・アインホルン」。
意外とまともで読み応えがあるグルメ本「東京いい店・やれる店」で東京随一と紹介されていたのを思い出し、出かけたしだいです。
神谷町なのか、六本木一丁目なのか、どこが最寄駅か判然としないビルの地下。
内装は非常に落ち着いています。
品の良いマダムと、物腰の柔らかいサービスの方が応対。
イマイチ良く分からないドイツ料理と酒の世界を、丁寧に解説してくれるのがうれしい。

まずはビール飲み比べ。
スーパードライのような日本のいんちきビールと違って、香り高く、喉越しに個性があります。

「とにかくこれを食べて」とすすめられた「ニシンのマリネ サワークリーム風味」。
飾りっ気のない皿ですが、料理人の腕前のほどが良く反映されています。
しっかりと締められたニシンは、酸と塩のバランスが見事。
サワークリームには刻まれたリンゴが入っていて、これがニシンの脂と共鳴します。
オランダ界隈でも良く食べましたが、さすが日本人シェフ、魚の扱いは上手なものです。

季節の料理から、「玉ねぎのパイ シュワ―ベン地方風」(写真は半分の量)。
フランスだとタルト・ア・ロニョンですね。
素朴だけど、良くできています。玉ねぎが甘い。パイ生地がうまい。
シンプルゆえに、粗が見えやすい料理ですが、隙はありませんでした。

ニュルンベルガ―・ソーセージ。
「ドイツから送ってくるだけ」なので、あまりソーセージをすすめない、というのも心意気を感じます。

ご自慢料理の「ビーフ・ストロガノフ ツム・アインホルン風」。
焼き目のついた牛がジューシーで、肉の香りが良く伝わります。
普通のは、肉がクタクタに煮込まれて、パサパサですが、ここのは全然違います。
ソースは濃厚なのにくどくない。重くない。
シュペッツレがフニャフニャで、これがまた本場っぽい。
これはワインがすすみます。

季節料理から、「ウズラのフルーツ詰め ローシュティポテト添え」。
これがまた、上手な火通しでこんがり焼けています。
お腹の中にはリンゴや栗がごろごろ。ローシュティポテトもカリッとしつつ脂も良くしみていて、ウズラの味わいに力を加えます。
パッと見の派手さはありませんね。
しかし、食ったらうまい。
フレンチでいうと「コート・ドール」の料理の趣きに通じています。
オーナーシェフの人柄が、また素晴らしい。
威張るでもなく、媚びるでもなく、腕に自信のある人特有の穏やかな人当り。
ご夫婦ともに、好感が持てます。
ドイツビールとワイン、そして料理を学ぶために、せっせと通いたくなるお店です。