




京都に来るたびに思うのは、1万円の価値の差です。
東京の日本料理屋で1万円を払って食べられるものと、京都のそれを比べると、段違いではないでしょうか。交通費や宿泊代は乗っかりますが、それでも年に何度かは京都を訪ねたくなるのは、味の発見とコストの納得が理由です。
ここ『藤本』も、京都ならではの1万円の価値を認識させてくれるお店です。

場所は烏丸御池と書きましたが、はっきり言って自力での到達は不可能です。
タクシーで衣棚通の入口まで行ってもらうのが賢明でしょう。
それでも迷うかもしれませんが・・・。
店内はL字型のカウンター8席と2階の個室。
若き店主は、フレンチか何か畑違いで修業をしたことで有名な、あの『修伯』にもいたことがあるそうです。プチお造りがいろいろ出るのと最後の水菓子で、その経験がうかがえます。
美人の若女将にどぎまぎしながらビールを飲みつつ、まず出てきたのが蟹の茶わん蒸し。

無難な味です。初手はもうちょっと華が欲しいですね。

続く前菜は3品。
数の子とヒラタケ(ごく普通)、エビイモとタコなどの炊き合わせ(優しい味わい)は良いとして、驚いたのが、北海道のホタテを焼いたのにイチゴを刻んだ大根おろしをかけたもの。これ、全然おいしくありません。イチゴとホタテ、全く合ってないのです。冒険、失敗。


気を取り直して、お椀。
長崎の白ぐじと自家製胡麻豆腐が椀だねです。
これ、なかなかうまいです。出汁が澄んでいて、明快。ぐじの味も引き立ちます。
胡麻豆腐も抑え目の風味で、良いアクセントになっていました。
店主、若いのにやります。

次は造り。
プチプチいろいろ出すのが、修業先のスタイルなんでしょうか。
奄美のマグロ、北海道の甘エビ、明石のタコの酒炒り、きずしの炙り、とこの4つはごく普通レベル。
良かったのは、淡路のひらめ。むっちむちの食感と香りが良かった。
自家製のカラスミを挟んだイカもうまい。東京でも自家製カラスミを出す店が増えましたが、不出来なものが多いですね。ここのは、及第点に達してます。

つづいて、鯛の蕪蒸し。
銀餡の加減が良く、ほっとする味。年末に「ちゃわんぶ」で食べたヒラメの蕪蒸しとは、だいぶ差があります。

こちらは、津居山のずわい蟹と雲子の天ぷら。
蟹はともかく、意外だったのは、天ぷらの方。甘いタレがかかっているのですが、これが結構いけます。衣もカリッと揚がり、雲子自体も新鮮でなめらか。難しい食材ですが、さすがに良いものを良い状態で仕上げています。

次なる料理は、蒸した黒アワビにウニとカラスミを乾燥させた粉をかけたもの。
冬とはいえ、むっちりとしたあわびに、塩気のあるカラスミの粉が効いてます。
1万円のコースとしては、リッチな一皿です。

焼き物は、のどぐろ。白板昆布を揚げたものを添えています。それと青菜の胡麻和え。
しっとりとしたのどぐろは上手に焼けています。昆布をかじりながら食べると、味にコクが加わります。
保存がきく西京漬けとかに逃げないところがいいですね。

揚げ物は、白魚の香梅揚げ。
衣に梅を混ぜ込んで揚げています。
旬にはまだ早い白魚ですが、あえて取り入れることで、単調になりがちな冬の献立に変化をつけているのだとか。季節感を考え抜いた一手だと感じました。

ご飯は、蟹と根菜の炊き込みご飯。
味としては平板。蟹好きにはたまらないでしょうが。

水菓子、というかデザートは6品から好きなだけ選べるシステム。
『修伯』ゆずりのサービスですね。
「全部」、と言いたいところでしたが、恥ずかしいので4つにしました。
イチゴとクリームのパイなんかは、その辺のパティシエも真っ青でしょう。
白玉ぜんざい系がないのは残念ですが、それでも十分満足いきます。
1万円でこれだけの料理を出せれば、立派なものです。
若くしてこのレベルですから、今後が楽しみな1軒と言えるでしょう。
京都の他店には、早くに勘違いをして短命に終わった店もあります。
どうか今の初心を忘れず、値上げもせずに頑張ってほしいものです。