シュマン 赤坂 | 御食事手帖

御食事手帖

主に東京と湘南で食べ歩き、でも美食のためならどこへでも旅するブログ

★★★☆☆
月イチで利用してますし、嫌いな店ではありませんが、あえて言いましょう。日本人向けアレンジも結構ですが、郷土料理の本質が誤解されるようなマネは厳に慎むべきです。「カスレ」を出すのは、おやめなさい。あくまで、日本人好みパリ料理に専念されることをおすすめします。



初めて「カスレ」を食べた夜のことを、私は鮮明に覚えています。
場所は、フランス南西部の最大都市・トゥールーズ。運河に浮かぶ、輸送船を改装した船上レストランでした。

カスレとは、周知のとおり、白いんげん豆の煮込み料理のこと。
鍋一杯に満たされたそれは、ゆうに容積が1リットル以上ありました。
日本なら、軽く3人前です。
その鍋一杯が、一人分。

オーブンで焦がしたパン粉が覆う表面にフォークを差し込むと、中からはぶっといソシソン・トゥールーズ(この地の名物ソーセージ)が大蛇のごとく顔をのぞかせます。
具は、もうひとつ、丸々肥育された鴨の、大きな骨付きもも肉です。
後は、豆。ひたすら、白いんげん豆です。

一口、肉を喰らい、一さじ豆を口に入れ、カオールやらマディランやらの赤ワインで、胃袋に流し込む。
肉、豆、赤の無間地獄、ヘビーローテーションです。
白いんげん豆を楕円球に例えるなら、カスレは食卓上のラグビーです。マッチョの世界なんです。

しかるに、この店のカスレはなんでしょう?
まず分量は、小さなテリーヌ型のような容器にちょぼちょぼです。
本場ならアミューズの量しかありません。

中には、か細いソーセージと、豚のバラ肉が1辺。カステルノダリ派のレシピということでしょうか。
それはともかく、肝心の白いんげん豆、これがほんとにちょこっとしかない。まるでソースのような扱いになっています。豆料理でしょうに。豆たっぷり入れなくてどうするんだ。
真のカスレ教徒がこれを目撃したら、間違いなく暴動が起きます。
「シュマンを占拠せよ」「1%の豆でなく99%豆を入れろ」等々、ウォール街もびっくりの阿鼻叫喚に陥るでしょう。

前菜などは、特に問題はありません。
ジビエ肉のパテアンクルートなんかは、とてもよく出来ていて、ランチの前菜としては満足いくものです。
芝エビのムースを詰めた蕪と牡蠣のムニエルは、料理としての一体感はないものの、あれこれ工夫しようという意欲が伝わります。

しかし、「カスレ」は道を外れています。
こんな紛い物をランチで唯一の肉料理にしてはいけません。

トゥールーズのあの夜。
行きはタクシーだったのに、帰りはホテルまで歩きました。1時間ほど。
その後、部屋のトイレで、数時間うずくまっていました。あまりの満腹ゆえに。
敗北と便器を抱きしめたあの夜から、私はカスレに対して畏敬の念をいだいているのです。

だからお願いです。どうか、カスレを歪めないでください。
出すなら本物に近いものを出すこと。そっくりは無理でも、カスレの本質を伝える努力をしてほしいものです。

シュマン:http://www.chemins.jp/