葬儀を勤めた。
坊主なのである。
20年近く寺を守っている。
その日は、施主さまのお父さまの御供養だった。
「父の御葬儀をしていただけますか」
1ヶ月前に施主さまから連絡をいただいた。
すでに荼毘に付しておられた。
その際、お父さまのことを伺っていた。
お父さまと施主さまにはご事情があったようである。
「法律家から連絡が来たんです」
突然、施主さまに連絡が来たそうだ。
お父さまが入所している介護施設名を伝えてくれたらしい。
施主さまは、長くお父さまと会うことがなかった。
「半世紀ぶりでした」
お父さまはご高齢だった。
命終は近づいている。
「親族や親戚などがいなかったのよ」
そこで、施主さま、つまり娘さまが最期の看病を行う運びとなった。
お世話をなさったのは数ヶ月だった。
「嬉しかったですよ」
似合いそうなTシャツを購入してきた。
会えなかったときの出来事を話した。
甘いものを一緒に食べた。
お父さまと娘さまの気持ちは通じていた。
「それではこれより読経を御勤めいたします」
阿弥陀如来さまに御尊父さまをお迎えに来ていただくべくお経を読んだ。
納骨も行った。
「それでは失礼いたします」
御供養を終え、お茶をいただきながらお話をした。
そして、帰路についた。
翌日の昼、電話がかかってきた。
「昨日は、ありがとうございました」
前日の施主さまだった。
「昨晩、父と母に会いました」
夢の中のことである。
3人でお話をしたそうだ。
「無事に浄土に到着したよ。ありがとう」
お父さまがおっしゃったそうだ。
横にはお母さまもいらした。
「仲良くするからね」
お母さまは笑顔だった。
「お寺さんにこのことを伝えたくて」
娘さまは安心なさったことであろう。
私も安堵した。
「淀みに浮ぶうたかたは、云々、世の中にある人と栖と、またかくのごとし」とある。
今生では、さまざまなことがある。
私もそう実感している。
それでも、阿弥陀さまのお救いは確かにちがいない。
念仏功徳の証の1つを記しておきたい。
浄土宗第三祖・然阿良忠(ねんなりょうちゅう)上人のお言葉です。
『然阿上人はまた言われた。「いったい、浄土宗の本旨は、〈お助けくださいませ、阿弥陀さま〉と思うだけだ」』【ちくま学芸文庫 一言放談 小西甚一訳P136】
ありがとうございました。