東京で坊主をしている。
小さな町寺に勤めている。
普段は掃除と読経が仕事となる。
くわえて事務作業も多い。
寺では寺務と書いている。
ところが、このところ人との関わりも多かった。
本山(ほんざん)、地域のお寺さん、イベント等で人とのお付き合いが増えた。
人が動きたくなる時期は重なるようである。
いつもは一人で地味に仕事をしている。
そのためだろうか、人事の世界に入ると、すぐに疲れてしまう。
(潮風にあたりたい)
仕事の帰り、羽田空港に近い公園へ車で向かった。
身心を回復させたかったのだ。
すでに日は暮れていた。
岸壁によりかかり、海を眺めた。
水面が対岸のコンテナヤードのあかりに照らされていた。
風はかすかにふいていた。
磯の香りがただよっている。
熱帯夜だからだろうか。
人影はわずかだった。
気分が落ち着く。
「ふぁ~」
思わず声が出た。
空をみあげてみる。
星はみえない。
だが、旅客機のライトがみえた。
規則ただしい間隔で光っている。
だんだんとこちらに近づいてくる。
1機通りすぎる。
すると、遠くの方でまた小さくライトがひかり始める。
次々と羽田空港に着陸していく。
街の方角はとても明るい。
レインボーブリッジ、東京タワーがライトアップされていた。
高層ビル群も皓々と輝いていた。
街のもう少し奥の上空は、チカチカしていた。
雷のようだ。
危険は感じなかった。
雷鳴はまったく届いてこなかった。
「ごめんね。釣りじゃないんだよ」
話かけたのは猫である。
日中、釣りに来たことがある。
その時も、近くで猫がチョコンと座っていた。
釣れた魚のお裾分けを期待しているようだ。
「とは言え、釣りでも同じなんだよね」
再び話しかけた。
もちろん、釣れたらすぐに海にかえすつもりである。
だが、今まで釣りに来て一度も釣れたためしがない。
坊主なんだから、それでいい。
今一度、街の方へ視線を向ける。
「帰るか……」
つかのまの休憩である。
寺へ戻るまでの半時間で、気持ちも戻しておかなければならない。
帰ったら明日の仕事の準備である。
お釈迦さまのお言葉です。
『心が沈んでしまってはいけない。また、やたらに多くのことを考えてはいけない。腥(なまぐさ)い臭気なく、こだわることなく、清らかな行いを究極の理想とせよ』
【岩波文庫 ブッダのことば 中村元先生訳P155】
ありがとうございました。