山形県のお寺へ伺った。
坊さん仲間と雅楽の稽古を行うためである。
山形駅までは新幹線に乗った。
そこからは奥羽本線普通列車に乗り換える。
電車は2両編成のワンマンカーだった。
座席は空いていたが、座らない。
年甲斐もなく運転席後ろにかぶりついた。
出発してまもなく、左手に山形城の城壁がみえた。
さらに進むと右手には山々がみえた。
奥羽山脈であろう。
車窓からの景色はひらけていて心地よい。
閉塞感の強い都心とは違う。
「はいどうも」
各駅では運転手が降車客に声をかける。
無人駅があるため降車の際、運賃は運転手に支払うのだ。
学生さんは定期券をみせていた。
おだやかな光景である。
目的の駅に着くと仲間が迎えにきてくれていた。
「お久しぶりです」
挨拶を交わし車に乗る。
田園の間を進む。
(「はえぬき」だろうか「つや姫」だろうか)
とても美しい風景である。
お寺には15分程で到着した。
本堂前で一礼してから古民家のような庫裏にお邪魔した。
「今日はどの曲を稽古しようか」
お茶をいただきながら皆で相談する。
「盤涉調(ばんしきちょう)がいいな」
先輩が提案する。
葬儀で雅楽を演奏する際には盤涉調を用いる。
曲名は『白柱(はくちゅう)』と『盤涉調・越天楽(えてんらく)』である。
ただしこれは仏式でのことだ。
皇族さま方の葬送では『竹林楽(ちくりんがく)』を演奏なさるらしい。
曲が決まり、お堂に移動する。
各窓を全開にする。
天気がいい日だった。
さわやかな風がお堂へ入り込む。
笙、篳篥、笛にて合奏稽古を始める。
(贅沢な時間だ)
儀式のための稽古だが楽しくて仕方がない。
「ところで、窓を全開にしていて近所から苦情がこないですか」
一曲吹き終えた後、質問した。
朝勤行では鏧(かね)を鳴らす。
東京都心ではこの音にクレームが入ることがある。
うるさくて気に触るらしい。
だから心配になったのだ。
「大丈夫だよ」
皆が笑顔で答えてくれた。
確かに隣の家までは50m以上離れている。
だが、そうは言っても閑静なところである。
遠くまで響いているに違いない。
山形の人は心が広い。
一方、東京は……。
まさに『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり』である。
お釈迦さまの御教えに以下のお言葉があります。
『世の中は泡沫(うたかた)のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない』
【岩波文庫 ブッダの真理のことば・感興のことば 中村元先生訳P34】
ありがとうございました。