先輩のお坊さん二人が話をしていた。
頭髪についてだ。
昨年から頭が薄くなり始めたそうである。
もちろん二人とも坊主頭である。
一人は、気にかかってはいるが特に策を施してはいない。
だが、もう一人は半年前から育毛剤を使用しているらしい。
ちょっと驚いた。
先輩に盾をつくつもりはない。
生意気を言うつもりもない。
しかし、心の中でおもわずつぶやいていた。
「坊さんなんだから、髪の心配をするなよ……」
ところが話はそれだけではなかった。
育毛剤の先輩は、ヘッドスパでマッサージをしてもらうことも検討しているらしいのだ。
「そこまで真剣に悩んでいるのか」。
ますます驚き、眉をひそめてしまった。
すると、その表情を見た先輩が声をかけてきた。
「お前も一緒に行くか」
私が育毛を望んでいるようにみえたようである。
「凉心も上の方が薄くなってきたからな」
さらに予想外のことまでつけくわえてきた。
「僕も薄い……」。
突然の指摘になぜか動揺した。
一瞬身体が熱くなった。
冷静にしてはいられない状態だ。
頭頂は自分でみることができない。
寺へ戻ると、急いで家族に確認してもらった。
「ああ、そうかもね」。
なんの溜めもない。
あっさりと言われた。
うなだれながら部屋に下がる。
「薄いのか」
再び落ち込んだ。
しばらくは放心状態だった。
すると、まもなく第二派の衝撃もやってきた。
「僕も髪のことを気にしていたのか……」。
坊主なんだから、薄かろうが無かろうがどうでもいい。
私は心底思っていたはずである。
それなのに、この醜態だ。
先輩のことを言う資格はないではないか。
上辺だけの自分を自覚させられた。
さて、しばらく沈んでいた後、フッと考え始めた。
「何に落ち込んでいるのだろうか」
どのみちツルツルなのである。
髪の有無に悩むのは明らかにおかしい。
静かに、ゆっくり、身体感覚を感じとってみた。
ジワジワと、寂しさや迷いが浮き上がってきた。
もう若くはない。
若者と世代交代をする時期が近づいている。
新たな生活を模索する段階になりつつある。
「新たな課題に取り組む時期の知らせだったのかな」
そう解ってみると、髪のことは気にならなくなっていた。
お釈迦さまの御教えに、以下の言葉があります。
『魚肉・獣肉を食わないことも、断食も、裸体も、剃髪も、結髪も、塵垢にまみれることも、粗い鹿の皮を着ることも、火神への献供につとめることも、あるいはまた世の中でなされるような、不死を得るための苦行も、ヴェーダの呪文も、供儀も、祭祀も、季節の荒行も、それらは、疑念を超えていなければ、その人を清めることができない』
【岩波文庫 ブッダのことば 中村元先生訳P56】
ありがとうございました。