先輩のお寺に向かった。
施餓鬼法要の手伝いである。
浄土宗寺院では、5月から9月にかけて、各々勤めている。
餓鬼に飲食(おんじき)を施す儀式である。
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の餓鬼である。
最寄り駅からは、徒歩15分だ。
改札を出て、呑川(のみかわ)に沿って歩く。
仕事は坊主なのである。
呑川は、世田谷区の桜新町あたりが水源とうかがった。
そこから、目黒区、大田区と経て東京湾に注がれる。
(呑川か……)
道すがら、名前の由来が気になった。
(呑となればお酒が連想されるけれども)
河口付近には梅屋敷がある。
「新編武蔵風土記稿巻41」には数百本の梅が植えられていたとあった。
実は肉厚で、種が小さく美味とある。
花も清白で綺麗だったようだ。
木に雪がふりかかっているような光景だったらしい。
安永、天明の頃には江戸から沢山の人が花見に来たそうだ。
ならば、梅酒なんぞを、花をみながら川辺で呑んでいたのだろうか。
(ふ~)
汗をかきながら、たわいのないこと考える。
5月中頃だが、とても暑かった。
近頃は、5月だから暑い、となるのかもしれない。
移動の際には黒い衣を着る。
改良服(かいりょうふく)と我々は読んでいる。
この日は、絽(ろ)の衣を選んだ。
夏用である。
一応のきまりでは、6月から9月が夏衣である。
だが、25度を超えるようでは、夏仕様で勘弁してもらいたい。
法要も夏物で勤める。
これだけの気温であれば、控室やお堂では、冷房が使用されていることも多い。
そんな部屋で、冬衣を被着しているとなれば、なんとも不思議な格好であろう。
呑川の水面上を真っ白な鷺が飛んできた。
そして水辺にたたずむ。
キリリとしたスタイルが美しい。
(魚がいるの?)
みるかぎり水深は浅い。
30センチ程度だろうか。
加えて、流れはかなりはやい。
護岸も川底もコンクリートである。
生き物がいるようには感じられなかった。
まもなく山門前に到着する。
しばらく木陰で汗がひくのを待つ。
「こんにちは」
玄関でご挨拶をする。
「おう。いやいや今日も暑いね」
先輩が笑顔で迎えて下さった。
方丈記の内容です。
『わが人生の一番の楽しみは、のんびりと肘枕でうたた寝して、自由の境地を味わうこと以外にない。また生涯で最後の望みは、四季折々の美しい景色を味わって、大自然に遊ぶことである』
【角川文庫 ビギナーズクラシック 方丈記 鴨長明著 武田友宏編P140】
ありがとうございました。