都心の小さな町寺に勤めている。
坊主である。
仕事は、昔から一掃除二勤行となっている。
勤行には、朝のお勤めがある。
ほかにも、お檀家さんの年忌法要を行うことがある。
ときには、知り合いのお花屋さんから法要を依頼されることもある。
都営墓地の近くにお店を構えているのである。
先日も連絡が入った。
ご供養の日、まずはお花屋さんへ向かう。
「こんにちは」
初めに、お花屋さんへ挨拶をした。
「お待ちしていました」
お施主さんは、先にいらしていた。
80才くらいのご婦人だった。
娘さん2人も待合に座っていた。
「よろしくお願い致します」
お施主さんと私の声がかぶる。
「雨が降りそうなので……」
お施主さんがご心配下さった。
早速、墓地へ向かう。
石畳の通路を、4人で歩む。
「まさか五十回忌のご供養ができるとはね……」
お施主さんがお話し下さった。
「母は、観音さまをお祈りしていたのよ」
大切にかかえていらした鞄を私へお示しなさった。
その念持仏をお持ちになったようだ。
静かな霊園に落ち葉を踏む音が抜けてゆく。
「時間をみつけては、お勉強してね」
お母さまの観音さまは形見である。
大事におまつりしていた。
しかし、それだけではない。
「気にかかりますよね」
お母さまがどのような菩薩さまに手を合わせていらしたのか。
大切になさっていた御教えは、いかなるものか。
お若いころは日々の生活に追われる。
家事も忙しい。
子育てもある。
(そうですよね)
私も胸のなかで相槌を打った。
「だから、本を読んでね」
忙しくとも合い間に学ぶ。
「いつのまにか、私も拝むようになったの」
50才頃、ご主人が大病を患った。
親戚のなかで、いざこざがあった。
「母に相談できないでしょ」
だから、お母さまの観音さまにお祈りを捧げた。
お母さまが信じていた御教えを頼りにした。
「そのお陰なのよ」
人生を乗り越えてこられた。
「美しいお顔でしょ」
観音さまは、綺麗な風呂敷に丁寧に包まれていた。
「今日のご供養は、観音さまとご一緒よ」
ご婦人は、墓前にてお母さまに声をおかけになった。
そして、墓前の机に、観音さまを優しくお設えなさった。
「観音経」の御教えです。
『このように、生きとし生けるものたちが、いかなる困苦を受けるとも、観音菩薩ここにあり。ものを見通す力もて、世の苦悩を救い行く。観音の救いのさまは神業で、目にもとまらぬものながら、元を質せば、ものの本質見極める智慧にして、それゆえ、応ぜぬものはなし』
【春秋社 「観音経のこころ」 興福寺・多川俊映ご貫主さま著 P281】
ありがとうございました。