どこまで、何を書いたら良いのかわかりません。

 

 

 

私の中で不消化状態で居座っている言葉があります。

 

不消化というより、消してはならない言葉として脳内を駆け巡っている感じです。

 

昨日、会場からの帰り道、心地よい疲労感と幸福感に満たされながらも、

 

何度も頭をよぎった言葉。

 

「刺される」「事故る」。「こんなちっぽけな自分」

 

「好きなところなんかない自分」

 

「砂の一粒程度でもいい」

 

(すみません、かなりざっくりで一字一句の正確性は欠いていると思います。)

 

 

 

確かに、たまにはあるね「こんな自分なんかに」とか。

 

でも、誰も成しえないほどの偉大なアイスショーをやり遂げた後に、なぜここまで自分を過酷評価するのだろう。

 

卑下する言葉の連打に引っかかるものを感じました。

 

 

今日一日私の頭の中で、

 

羽生君がこの言葉をどのような意味で発したのか?を考えていました。

 

偶然に彼の口から出た?

 

単なる偶然に、この言葉出るものかな?

 

 

想像はいくらでもできる。

 

彼のおかれた環境を考えれば、簡単だ。

 

行き過ぎた、配慮に欠けた、無礼な行動・言葉が日本中に垂れ流され、拡散し続けている。

 

そんなこと、例え数日間でも人の心はどれ程のダメージを受けるか想像に難くない。

 

それなのに、羽生君の嘘・ねつ造記事は長時間、長期間流されている。

 

こんな状態に耐えられる人などいるだろうか?

 

心が壊れないはずがない。

 

 

 

彼には成し遂げるべき巨大プロジェクトが迫っている。

 

しかも主人公であり、総指揮者の立場でもある。

 

集中してやり続けなければならなかった。

 

 

勿論彼はやるべきことを、やってきた。

 

やり続けて、更にクオリティを上げて、巨大なプロジェクトの大成功を収めた。

 

 

この間の心のバランスを保つことがどれほど難しかっただろう。

 

 

 

 

思い出すのはあの平昌五輪後に開催したショー

 

「Continues ~with Wings~」の、生放送時に語った衝撃の告白でした。

 

「何度も死のうとした」という言葉。

 

聴くことができたのは、その時だけです。その後は、カットされてましたよね。

 

生放送だから「あえて」その時を選んで、彼は発したのだと、私は確信しました。

 

 

そして、今また同じ状況で、羽生君は発したのではないでしょうか。

 

私は、恐怖で背筋が凍る感覚を覚えました。

 

脳内酸欠と、笑いながら話す内容ではないんです。

 

もしかしたら、酸欠状態だからこその真実の浮上だったのかもしれないとさえ思いました。

 

私達に、世界に向けた「ヘルプ」の叫びに私は捉えています。

 

羽生君は言います。

 

いつどんなことがあっても後悔しないように「魂を込めて」滑る。

 

「スケートが出来ていることを感謝している」

 

これは、裏を返せば「いつスケートが出来なくなってもおかしくない現状に置かれて

 

いる」恐怖感ではなかろうか。

「刺されないようにしますけどネ」って軽く言い返していたけれど…。

 

自己肯定感の屈曲した物言い

 

こんな形でしか、心の内側を表現できないほど、彼は怯えているように思う。

 

人間関係も普通にできない状況にある。

 

そんな時に、彼を信じる「親友」さんの存在がとても温かいな。

 

 

素晴らしいショーをありがとう。

 

生きる力をありがとう。

 

光を当ててくれてありがとう。

 

「どうか皆さん自分を大切にしてください」と言った優しさ、慈悲深さが切ない。

 

そのまま羽生君にお返ししたい言葉だね。

 

 

 

あぁ~ゆっくり休めているかな?

 

何もかも忘れて…(とはいかないか)

 

 

 

 

あっ、私の考えすぎだったらいいな。