SNSでヤングケアラーについての記事を読みました。それをきっかけに私は親や親戚からヤングケアラーを期待されていた子どもだったことを思い出しました。
私の母は10代の頃から持病があり、祖父母や伯母達、父親から、私は「ずっとおかあさんのそばにいて」「面倒見てあげて」と言われ続けてきたことを思い出しました。
やりたいことはできて、したくないことはやらないというのが母でした。病気といっても日常生活は問題なく食べ物も運動の制限はありません。
父がまだ管理職でなかった頃は早く帰ってくるので、父の指示にしたがって母は家のことをしていました。小学生高学年になると父の帰りが遅くなるようになりました。
私の母はもともと料理も掃除も好きではなかったようで、父が遅く帰ってくるようになると、毎日スーパーで買ってくる母の好きなお惣菜をもらいご飯とツナ缶を食べていました。部屋もお風呂も掃除をしないのでとても汚かったのでした。
中学生になった私は文句を言うようになり、自分が居間を掃除したり、食べたいものを料理するようになりました。そうすると母は「触らないで」と激昂しました。
母子関係はうまくいかなかったのですが、親戚に「あなたは家を出たらダメ。お母さんは病気があるんだから。あなたが家のことをやってあげたらいいのよ。」とたしなめなれます。
私が困り果てても父は「女同士のケンカはすごいな」と言うばかり。大人になり結婚を理由に家を出ました。
母は90歳まで長生きをしました。最後までわがままでイライラして人を傷つけることを言う母が人として嫌いで接するのが苦手でした。
でも、母が家事をしようとする私に激昂していたおかげで、私はヤングケアラーにはなっていなかったことに突然気づいたのです。
反発する気持ちが、
自立したい
拠って立つ人になりたい
と思う大人になり、今ここにいることができたんだと思うと、急に感謝の気持ちが湧いてきました。
最近までは、私は親は嫌いだけど、自分が生まれたことには感謝した方がいいだろうくらいしか考えられなかったのに。
胸の中が温かくなるようでした。
薬師寺でいただいた父母恩重経のありがたみを感じます。それにしても年末からの一連の薬師寺の流れはここに流れ着くことだったのかと驚きました。
私は人生という長い時間をかけて、ようやく溜飲を下げることができたわけですが、それでも辛い思いがあっても我慢させられて大人にされてしまう子どもたちが、少しでも早く救われて欲しいと願います。
