私はお節介なところがあります。


だれかがこんなことがあって、嫌なことがあって、困ってることがあってと言われると、何かいい方法はないかと考えてみます。


でもそれが相手にとっては余計なお世話だったということがあります。それはご本人に自覚がなかったとしてもです。


私は自分の成人した子供が相談してきた時は、胸が潰れそうなくらい一緒に悩んでしまいます。自分がどんなに苦しい気持ちになってもそのことばかり考えてしまいます。


でもそれは相手にとってどうなのかな? 


悩むべき時に自由に悩めるって本当はすごく大切なことなんですよね。でもそうは思ってもこの胸の苦しさは消えないから困るんです。


そんなある日、子どもの人権について学ぶ機会がありました。子どもが幸せになるのと同じくらいに悩むことも人権で守られているんです。だれにでも悩む自由があることに私は腑に落ちた感じがしました。


私も悩む自由があるように、相手にも悩む自由があるのだったら、思う存分悩んで味わう自由があるのです。


苦しさから解放されることも、浸ってることも自分で選べるのです。


そう考え至ったことで私は自分の子どもにも悩む権利があることにも気がついたのです。子どもから悩みを取り去るのではなく、悩めることがとても大事な時間だということに感謝します。