コロナで国全体が不安の最中だったあの頃2020年の話です。あれからもう五年が経ちます。
2月下旬、職場の仲間と旅行に行くことになっていました。でもどうなるんだろう。行ってもいいのだろうか。でも今行かないと来月にはもう行けないかもしれないという中、旅行は決行されました。
その前の月くらいに、私は友人と高野山東京別院の結縁灌頂の予約を入れていましたが、結縁灌頂自体が中止されてしまいました。コロナ蔓延の不安と、世の中の営みとのせめぎ合いが起きていた時期です。中止は仕方ないとあきらめていましたが、その数年前の仙台旅行で弘法大師とのご縁を感じていた私は、高野山関係のことにとても興味を待っていました。護摩もそうです。結縁灌頂よりむしろ護摩を自分の目で見てみたかったのです。
そんなタイミングの中、京都へ旅行が決まりました。職場の仲間なので、参加された皆さんの希望に沿ってあちこち連れて行ってもらいました。
大原三千院。ここでは薬師如来と脇に従う日光菩薩と月光菩薩。日光菩薩は薬師如来に対し、常に東側に立たせているということを教えてもらったのはここでした。平安時代から建つ瑠璃堂。きっと当時は煌びやかな彩色だったのかなと感慨深く見学させてもらいました。
他にもあちこち行きましたが、忘れもしない2月23日です。醍醐寺は駅からその日だけ無料バスが出ていました。ラッキーだったのはお祭りの日だったからでした。メンバーはだれも知らないまま、たまたまたどり着いた感じでした。
お餅を持ちあげ競い合う行事、それから外の不動明王様の前で行われた護摩。山伏のような姿をした沢山の人たちが法螺を吹いていて圧巻でした。その頃不動明王の真言を覚えたばかりで、その方達が唱えていた意味がわかったことに感激しました。
醍醐寺とご縁があったことは地元に帰ってきてから気づきました。すでにコロナであちこちが休業に入っていましたが、地元のあるお寺では毎月護摩を行っていることを偶然に知りました。
行ってみるとそこは真言宗醍醐派のお寺でした。ご縁はまだまだ繋がっていて、数年たった今、その敷地で事業をスタートすることになりました。そのお寺の仏様が縁を繋げて役割を与えたのだと思っています。そこの事業のお手伝いする方の中に醍醐派の僧侶がいらっしゃって、このお話をしたらとても喜んでくださいました。
ああ!とっても不思議です。
事業といっても人の助けになることなので、そこに私自身のお役目があるのかなと思います。住職さんが仏縁とおっしゃってくれました。ありがたいことです。
