富山にご在住のご両親が、脳死と判定された子供さんの臓器移植に同意されたという記事を読みました。胸が痛くなるような話ですが、コメントを読み少し納得がいったような気がします。臓器だけでも他の子に宿り生き続ける方が良いとの事。そういった形でも確かに生き続けられれば死んでいなくなってしまうよりは少しでも良いだろうという苦渋の決断と感じました。
私にも息子がいます。幸いに、この子ほど重篤な問題は抱えておりませんが、やはり問題を抱え私の死後も続く問題です。そんな息子もまだ幼いですが、生きていることを幸せに感じているように思います。色々分からない事ばかりかと思いますが、食べたり遊んだりしているのが幸せそうに見えるのです。不幸にして問題を抱えていたとしても、シンプルにものを考えれば生きている事自体が幸せな事なのだと教えられている気がします。
ところで今回の件で臓器移植の扉が拡がったと言うような内容が書かれていましたが、逆に言えば日本は臓器移植に関しては今まで閉鎖的であったという意味にも取れます。外国はどうなのか考えますと、耳を塞ぎたくなるような現実が私の住む東南アジアには存在します。子供がいなくなるのです。耳を疑いましたが、彼等は臓器移植売買のターゲットとしてさらわれます。豊かになりつつある東南アジアでは、こういった問題もなくなっていくかとは思いますが、あまりにもひどいこの犯罪行為は一刻も早く撲滅させるべき事と思います。