知恵を求める人のためのブログです。

いつも思うことですが、

世の中は、賢い人が動かしているように思えますが、

本当にそうでしょうか。

 

確かに、法律は国会議員によって作られますが、

 それを守るのは国民です。

 

殆どの法律は、

憲法を除き、

いわば「対症療法」的なものなので、

 その法律の恩恵に与るのは、

 一部の人たちだけの場合もあります。

 

実際、普通国会で行われている「立法」は、

 こうしたものです。

 

例えば、

 子育て支援、LGBT、経済支援、ガソリンや電気やガスなどの支援などなど。

 これらはまだ良い方です。

 

 国家公務員の俸給、防衛予算、日米安保関連予算などは、

 国民からは程遠いものです。

 確かに、国家としては必要不可欠のものかも知れませんが、

 それは、

  政府だけの問題のように思います。

 

 現実に、

 日米安保があったから、

 戦後78年、日本が平和だったとは言えません。

 日米安保がなくても平和だったと思います。

 

 政府は徒に「起こるかもしれない」ことに膨大や予算を費やしているのです。

 

もっと、別のことに使うべきだと考えるのは私だけではないと思います。

 

法律に関しては、上記のようなものですが、

 

科学や技術の進歩は、

 頭の良い人たちが日夜努力して成し遂げて来たものです。

 

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では、現実に生活している国民は、

一体何によって動かされているのでしょうか?

法律ですか?それとも科学技術ですか?

 

一つには、

政府の政策です。

例えば、

 CO2削減、SDG‘S、などです。

 

また、

疫病などでも大きな影響を受けます。

 

更には、

農作物などの食料の供給は、

 物価と共に生活に直結します。

 

別には、

最新の科学技術によって作られた「医療器具」や医療技術は、

 厚労省が認可する必要があり、

 国民全体がそれから「恩恵」に与るには「時間が掛かる」ものです。

 

EVにしても自動運転にしてもAIによる医療の診断技術や様々な情報分析、

 などに関しても実現には時間が掛かるのです。 

 

こうした観点はいわば「歴史」的な観点です。

つまり、

これらは、表面的なことなのです。

 

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国民の内面に大きな影響を与えているのは何でしょうか?

 

それは、

 大衆文化だと思います。

 いわゆるサブカルチャーです。

 

音楽、漫画、ゲーム、ファッション、スポーツ、マスコミやメディアの放送、

スマホ、パソコン、ネット、ネットを介した(ブログなどによる)収入、

クラウドファンデングによる事業の支援、

更には、

様々な食べ物、お酒、ワインなどの新しい商品、

新しい仕事の形態、

新しい収入の形態、

 

などです。

 

(参考:年金受給者は、年金で生活出来れば、悠々自適の生活を送り、

 健康や家族だけが気掛かりで、

 社会の出来事では「それ程大きな影響は受けません」

 生活がひっ迫していないからです。)

 

こうしたことは、

確かに、賢い、頭の良い人たちが「様々なアイデア」を実現して来たものですが、

そうした人々が提供したものに「反応」するのは国民です。

 

国民と言う「目線」で考えれば、

法律は「規制」であり、

科学技術は、手品(マジック)か催眠術のようなものであり、

その原理を知らない人にとっては、

あたかも魔法に掛けられているようにさえ思えます。

これらは、

すべて、国民が直接関われないところで作られたものです。

 

これを「他力」と考えるなら、

 

サブカルチャーは直接国民が生み出したもの

 内面の気持ちが表面化したものと言えます。

 

つまり、「自力」なのです。

 

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古くはヒッピーなどの「社会の影響を受けない自由気儘な生き方」は社会の異端児扱いでしたが、

今では

 むしろ主流になっている感があります

 

何でもやりたいことを「自由」にやる、やりたいという気持ちが「非常に大きく」なっているからです。

 

そのための弊害が、時には犯罪という形で現れていますが、

基本的には、

 何でも「思うように」したい、するという気持ちなのです。

 

昔は、

 こういう精神は「自制」するか、抑えられて来たものです。

 社会秩序を「乱す」からです。

 

抑え付けられていたので、

戦後、特に若者たちは、

 自由と解放を求めたのです。

 

女性のウーマンリブもその一つです。

 これは、現代も続いています。

 

更には、

 性的マイノリティーもそうです。

 

ところが、

その結果

今では、

 それが、

 社会に混乱をもたらし、混沌とした状態が横行しているため、

 人々の気持ちが「麻痺」してしまっています。

 

例えば、

 今では、

 LGBTも社会に受け入れられていますが、

  一部の人たちは批判をしたり「内面で差別」をしています。

 女性の社会進出も、今では当然ですが、

  未だに、女性参画、女性の管理職、女性の議員や大臣などが問題視されていま 

  す。

 

これらに加え、

 ロシアによるウクライナ侵攻やハマスとイスラエルの戦いなどのニュースを聞いて

 も、

 残忍な映像を除けば、

 今では、関心が薄れ

 人々の心に「大きな、衝撃」を与えなくなっています。

 

 つまり、

 人々の気持ちが「麻痺」してしまったのです。

 

身体的な痛みも長く続くと麻痺してくるように、

 社会に於いても同様なのです。

 

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では、

こうした社会の先にあるもの、社会の「将来」はどうなってしまうのでしょうか?

 

それは、

 敢えて、具体的には言いませんが、

 誰しもが予想する通りになると思います。

 

20世紀から21世紀に変わる時、人々は「どう思ったでしょうか」

覚えていますか?

(同じことが、19世紀から20世紀に変わる時にも起きたのです。

 しかし、

 1914年に世界を二分する戦争が起きました。)

 

21世紀は「人類は医療や科学技術の進歩で、平和で安全な世の中になる」と考え、夢と希望を抱いていたのです。

 

コンピュータの2000年問題がありましたが、

専門家たちが十分に対応したので、

現実には、何も起きませんでした。

 

もしかすると、

 世界が「ユートピア」になるとさえ思った人もいるかも知れません。

 

誰しもが、今のような、

 戦争もあり、犯罪も増加し、環境が汚染され、気候変動のため巨大な災害が発生

 し、

 人々は相変わらず「欲望」を追い求め、

 他人の権利を侵害し、あるいは、自分の権利を主張しそれを社会に認めさせ、

 更には、

 リーマンショックのような経済の破綻が世界に大きな影響を与える、

こうしたことを想像していなかったと思います。

 

こうしたことは「思いもよらなかった」のです。

 

初めに抱いていた社会とは全く別の社会となってしまっているのです。

 

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しかし、

こうした社会、世界になっても、

 人々は、まだ、科学技術が良い世界を作ってくれると「信じている」のです。

 

例えば、

 自動運転で「事故が減る」とか、

 最新の検査技術で早期発見をし「がん」も治るとか、

 高画質、高速インターネットなどにより「遠隔治療、手術」が行われるとか、

 ドローンにより「輸送、配達」が速く、何処にでも届けられるとか、

 GPSにより遭難者の居場所が分かるとか、

 空飛ぶ自動車でどこにでも行けるとか、

 などなど、

 沢山の「良いと思える」ことが可能となりつつあります。

 

しかし、

考えても見て下さい

今のような社会、「思いもよらなかった」世界を作り出したのは、

 その科学技術なのです

 

良いこともありますが、

それ以上に悪いことも起きているのです。

 

そのため、

もはや地球で暮らすのではなく、

 月や火星に望みを託すようにさえなってしまった人もいます。

 

考えても見て下さい

人類が火星に移住することは、

 自分の住処を散々壊し荒らしておきながら、

 その住処を捨てて他に移るようなものです。

 

誰が考えても「間違っています

 

最近、

北海道でオーロラが観られるようになりました。

(過去にもあり、特別なことでもありません。)

これは、

 太陽活動が活発な時に起る現象と言われています。

 -ウィキペディア(Wikipedia)オーロラの中の「発生原理」を参考にして下さ

  い。

 

しかし、

これは、太陽に異常が発生した「しるし」でもあるのです。

 

2020年には太陽が無黒点状態が1年の内3分の1程もあり、

また、

2025年には太陽フレアが異常に活発になると予想されています。

 

ちなみに、

2020年1月に日本で最初のコロナの感染者が出ています。

発生は、

2019年の12月ごろ、中国の武漢と言われています。

 

一般に、太陽活動が活発あるいは無黒点になると「干ばつ」や「飢きん」が起きると言われています。

 

そのため、おそらく、

 来年、再来年には干ばつによる不作、飢きんになる可能性があります。

 

地球の環境破壊、とそれが起因する気候変動に加えて太陽活動が活発になると、

 大雨、強風による災害に加え、

 干ばつという「両極端な現象」が繰り返され、

 作物を上手く育てられない状況になる可能性があります。

 

今は、

一部の人々が食糧難になっていますが、

来年以降は、

 世界中の人々が食糧難になる可能性があるのです。

 

今でも食料品の高騰が問題視されていますが、

お金の問題ではなくなってしまうのです。

 

(参考:豊作の後には飢きんが来るという歴史は繰り返されています。)

 

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第一次、第二次世界大戦の時には、

 働き手を戦争に取られたため食糧不足に陥りましたが、

 戦争が終わると直ぐに回復しました。

しかし、

現代は、

 地球の環境破壊が原因で食糧不足に陥っており、

 戦争が終わっても直ぐには回復は期待出来ないのです。

 

現代の方が「深刻」なのです。

 

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なぜ、人々はこうした「矛盾」を真剣に考えずに

いつまでも「」を見ているのでしょうか

 

社会は、

あたかも「洗脳」された人が、

 教え、考えに固執し、過ちに気が付かない、あるいは、抜け出せなくなっているの

 に似ています。

 

こうした社会現象は、

 ある宗教の「洗脳」と「殆ど同じ」と言えます。

 

日本では、

 様々な「事件」により「宗教を規制」しようとしています。

 

同じ理屈が社会にも適用されるべきではないでしょうか

 

あなたはどう思いますか?

 

サブカルチャーを見れば、

人々は、

 誰か分からない人に誘導、洗脳されていることが「分かります

 

人々は、

 自分で考え、自分で作ったり行ったりするという、

 自我が失われているようにさえ思えます。

 

大勢の人が「右を向けば、自分も同じ方を見る」ようなものです。

なぜ見るのか、見るとどうなるのかなどは「殆ど」考えないのです。

 

ある種の「群衆心理」です。

 

こうした「社会の空気」は、

一体誰が作り出しているのでしょうか

 

自然発生的に生じるのでしょうか?

多くの人はそう思っています。

あるいは、

何も考えてはいません。

 

そうであれば、

 人類に明るい将来はないことになります。

 

なぜなら、、

 人間が本能のままに生きたら

 社会は決して良い方向へは行かないからです。

 

従って、

人類が夢と希望を抱けるようになるには、

人類以外の「外的な知恵や力」が必要だという考えは「道理」です。

 

人類の長い歴史がそれを証明しているのです。

今、それが明らかになっているのです。

 

もはや個人で対処出来るレベルを超えています。

 

各々がいくら頑張っても、自分自身や社会全体の方向性を変えることは出来ないため、

この社会の歩みから逃れられる人はいないのです。

 

真剣に考える人には、

明るい将来は見えませんが、

 

科学技術の進歩に期待を抱いている人には、

将来が明るく見えているかも知れません。

しかし、

この夢は「幻想」なのです。

 

あなたはどちらですか?