知恵を求める人のためのブログです。この記事を読むあなたに神の導きがあることを願っています。
世の中の「悪」には二通りありますが、
あなたは、それがどのようなものか理解していますか?
それとも、
「悪」を単なる悪い事柄
もしくは、法律に違反した犯罪
と漠然と思っているだけですか?
もし、そうなら、
世の中で起きている「悪」に関して
「誤った考え」を抱いている場合もあります。
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「悪」とは、
法律上の違反だけではなく、
道徳上の悪さも含むのです。
例えば、
嘘をつくことや、
正当な理由のない反抗など。
その他に、
誰かに見つかっていない「悪」
捕まっていないだけの「悪」
というものもあります。
これらは、
誰しもが分かっている事柄です。
ですが、
人間には知られていない「悪」もあるのです。
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「悪」に関しては次の二通りあります。
1 悪魔に起因しているもの。
例えば、
政府や権力者の行い。
権力闘争、
戦争、市民への弾圧、
人間の行いの中で、次のもの。
物事の職業的予告者、偽預言者、占い師、霊媒師、心霊術、
敵意、闘争、妬み、激発的な怒り、口論、分裂分派、そねみ、酔酒、浮かれ騒
ぎ、淫行、汚れ、みだらな行い、偶像礼拝、
など。
これに、暴力、殺人、誹謗中傷、人を騙して利益を得ること(詐欺)、
更には、(正しい事柄に対する)疑念などを付け加えます。
(参考:淫行の者、汚れた者、貪欲な者は偶像礼拝者であると聖書に記されて
います。-エフェソス5:5
強欲も偶像礼拝です。-コロサイ3:5)
更には、
真の神に反抗すること、敵対することはすべて悪魔が起因しているのです。
つまり、
「世の支配者=悪魔」の影響を受けてしている事柄の「すべて」が「悪」という
ことです。
殆どの人は「こうしたことを知りません」
2 人間自身によるもの。
上記以外の、
自分のしたことを隠すために嘘をつくこと、
失敗を誰かのせいにすること、
利己的な欲望や願望、
過失、失敗、いわゆる危険な行為、暴走、
環境汚染、自然破壊、
など。
こうした事柄は、
必ずしも「悪魔」が起因であるとは限りません。
その人自身の
「誤った考え」や「自己保身」や「欲望」や「隠ぺい」や「過信」や
「思い上がり」や「慌てること」や「動揺」や「憎しみ」などから出たもので
す。
「憎しみ」は「腹立ち」「愛情の欠如」の別の表現です。
勿論、こうしたことが起因して、何かをしたからと言って「すべてが悪いこと」
と言う訳でもありません。
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ちなみに、
殺人は、必ずしも「誰かにに対する敵意や憎しみ」」から行う訳でなないことを誰
でも知っています。
戦争による殺人、交通事故による死亡、強盗殺人、自殺など。
しかし、
「敵意」や「妬み」、場合によっては「憎しみ」などによる殺人は、
悪魔が起因しています。
暴力は、大抵「敵意」によるものです。
いじめも同類です。
これには、悪魔が起因しているのです。
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人間は、長い人生を経験することで、
人間として何が正しいのかを「少しずつ理解する」ものであると同時に、
こうした「世の中の悪にも精通して行く」ものです。
勿論、人間の経験や知識のすべてが「悪い」訳ではありません。
人が「悪」を行う時には、
大抵、それが「悪」であることを自覚しているものです。
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反面、人間は、
「善いことも沢山しています」
愛、喜び、平和、辛抱強さ、親切、善良、信仰、温和、自制、
正直、優しさ、他人を信頼すること、(善い事柄に対する)様々な向上心など。
更には、
互いに助け合うこと、思いやりや気遣いを示すこと、勤勉さ、努力、忍耐など、
これらに加えて、
真の神の真理を実践することです。
しかし、
殆どの人は、真の神の真理を知りません。
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上記に掲げた事柄は、
絶対という訳ではありません。
別の考えを抱いている人もいるのも当然です。
悪魔が人間にもたらしたものに起因するものと、
不完全な人間としての性質に起因するものとは、
分けて考える必要を述べたものであることを「理解」して読んで頂きたいと思います。
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人間は「悪いこと」を行うと、
気分が悪くなったり、良心が痛みます。
反対に「善いこと」を行うと、
気分が良くなったり、良心が喜びます。
こうして、
人間は、善悪を「知りつつ」「感じ取っている」のです。
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ですから、
「世の支配者」が悪魔だからと言って、
「世」のすべてを忌み嫌い、避けることは間違っています。
実際、そのような人はいませんが。
現実には、誰もがしていることですが、
善悪の判断を、皆日常的にしているのです。
したがって、
人間には「善悪」に対する分別を働かせる必要があり、
神は人間にその責任を問われるのです。
裁くのは、
人間の法律ではありません、
神が直接、裁くのです。
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人間の法律に違反すれば、
人間が裁くことになります。
人間は「神」のようではありませんから、
「悪」を取り締まる警察官、
被疑者を起訴する検察官、
被疑者を拘留する拘置所、
被疑者を裁く裁判官、
刑が確定した犯罪者に懲罰を加える刑務所、
などが必要となります。
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人類に「悪」をもたらしたのは「悪魔」であり、
悪魔は、
人に神の言うこととは真逆のこと、つまり、嘘を言うことで、
人を騙しました。
悪の始まりは、
嘘、偽りなのです。
-創世記3章、ヨハネ8:44
人が嘘をついたり人を騙したり人を殺したりすることは、
悪魔に「倣うこと」なのです。
悪魔が「直接」人間に言わせたりさせている訳ではないのです。
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悪魔がすることの一つに、
世の空気、いわば、雰囲気を醸し出すことです。
人間はこのことに「気が付かない」のです。
つまり、
裏で悪魔が、いわば煽動している「場合」もあるのです。
例えば、
デモなどの時の群衆心理、教室内での空気感、社会の「雰囲気」、
企業の社内や部署内の空気感、
上司と部下の間の空気感、町会などの集まり、
スポーツや競技会などの集まり、
大学のサークル、
イベントでの集まり、
崇拝のための集まり、
などがあります。
これらが醸し出す「雰囲気、空気感」は、
聖書の中では、時として「霊」と言われているものです。
人は、どんな場合でも大勢集まると「独特の雰囲気が生じる」ものです。
個人的には、
これを「圧力」と感じています。
文字通り、押し潰されそうな感じがします。
悪魔は、これを利用することもあるのです。
「狡猾さ」の一面です。
大勢集まった時の雰囲気がすべて「悪い」ものでもありません。
人々が「善いことのために」集まった時です。
例えば、
レクレーションなどの時の楽しい雰囲気、
家族の団らん、
教会の礼拝堂や神社の儀式、寺での法要などでの雰囲気
(これは、心理状態を述べたもので、教会や神社や寺を認めている訳ではありませ
ん)(信仰心が強められる状態を言っています)
祭りの時の雰囲気(これも、前項と同じです)、
学校での集会、
などなど。
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興味深いことに、
日本には「嘘は泥棒の始まり」という言葉があります。
嘘、偽りは、悪を行う「最初」のことです。
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では、
なぜ、こうした「悪」が存在するようになったのでしょうか?
それは、
創世記3章に示されているように、
蛇(悪魔)が人間を欺き、
人間が神に対して「罪」を犯したからです。
この時、
神は人間をご自分の支配下から悪魔の支配下に置くことで、
悪魔の主張(人間を欺いたことに対する)の正しさを立証する機会を与えました。
-創世記3章
神はなぜ、このような機会を悪魔に与えたのでしょうか?
それは、
神以外の「天のみ使いたちは、神と悪魔のどちらの主張が正しいかを理解してい
なかったからです。
神は傲慢な方ではないので、
悪魔の主張が偽りと分かっていても、
それが正しいか否かを証明する機会を与えたのです。
それまで、
天では「一つの悪も行われたことがなかった」からです。
更に、、
人間にも、
悪魔の主張が「嘘」であることを「証明する」機会を与えたということでもあるの
です。
-ヨブ記1-2章
こうして、
神は「将来、地上に住む人間の【選別】」をもしているのです。
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ですから、
神と悪魔と人は、
各々独立した存在だということです。
世(人類)が悪魔の支配下にあるので、
すべての人間が「悪魔の影響」を受けてはいますが、
すべての人間が悪魔の側にいる訳ではないということです。
神と悪魔と人間は、
立場としては、
各々自立しているのです。
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神と悪魔の立場は明確です。
しかし、
人の立場は、
各々人によって異なるのです。
別の言い方をすれば、
神の側にいるか、悪魔の側にいるかということです。
立場には「考え方」「行い」なども含みます。
神はアダム以降、
人類を悪魔の支配下に置きましたが、
ご自分の下に入る「機会」をも与えてくれたのです。
人は悪魔が「偽り者」であることを、
証明する「機会」も与えられているのです。
神は人間が「正しい判断」「真理」を理解するために、
聖書という文字で書かれた書物と
自然界の「目に見える」ものを与えてくれたのです。
人間の知恵や良心はこうしたことの判断のためでもあるのです。
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悪魔にも人にも因らないこともあります。
1 聖書、
2 キリスト、
3 人の存在、
4 命と病気と死、
5 良心、知恵、善悪を知ること、
6 宇宙と地球と環境(初めの状態と自然の法則など)、
7 子孫を設けること、
8 様々な動植物や食べ物や飲み物、
など、
これらは「神によってもたらされたもの」です。
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あなたは、
これらを明確に「区別」し、
また、自分の行いや発言などに於いて「分別」を働かせていますか?
世の中の状態をつぶさに観察すると、
殆どの人間は、
これらを「混同」して考えているように見えます。
つまり、
理解していないということです。
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興味深いことに、
神と悪魔と人に共通しているものもあります。
皆、ルールを持ちそれに従わせようとすることです。
これには、
権威、力、知識などが関係しています。
その目的は、
自分の思いや望みのものを叶えるためです。
つまり、
各々、異なる「意思」を持っているということです。
時には、
このルールによって、
善いことも悪いこともします。
人を何かに縛るのも、この「ルール」です。
また、
ルールは「人に何が善いことか、何が悪いことか」も教えてくれます。
ルール、つまり、規則、法律などすべてが「悪いもの」ではありません。
「すべてのルールが悪から出ている訳ではない」ということです。
ちなみに、
宗教の規則や律法などは、
悪意から出ている場合もあります。
多くの人は、
宗教をしている人もそうでない人も、「こうしたことを理解しているように見えま
す」
ただ、
それが、神からのものなのか、悪魔からのものなのか、人からのものなのかの「分別がない」だけなのです。