知恵を求める人のためのブログです。
天地人の創造は、
神によるとされています。
これは、真実です。
ですが、
聖書の記述に注目して見ますと、
あることに気が付きます。
聖書には次のように記されています。
「それから神は言われた,「光が生じるように」。
すると光があるようになった。
そののち神は光を良いとご覧になった。
そして神は光と闇との区分を設けられた。
そして神は光を“昼”と呼ぶことにし,闇のほうを“夜”と呼ばれた。
こうして夕となり,朝となった。一日目である」
「次いで神は言われた,「天の下の水は一つの場所に集められて乾い
た陸地が現われるように」。
するとそのようになった。
そして神は乾いた陸地を“地”と呼ぶことにし,水の集まったところ
を“海”と呼ばれた。
さらに神は[それを]良いとご覧になった」
「次いで神は言われた,「地は草を,種を結ぶ草木を,種が中にある果実
をその種類にしたがって産する果実の木を,地の上に生え出させる
ように」。
するとそのようになった。
そして地は草を,その種類にしたがって種を結ぶ草木と果実を産す
る木,その種類にしたがって種が中にあるものを出すようになっ
た。
それから神は[それを]良いとご覧になった。
こうして夕となり,朝となった。三日目である」
一部の抜粋ですが、
この記述で何か気が付きませんか。
神は「言われた」すると「そのようになった」とあり、
神はそれを「良いとご覧になった」
要約するとこうなります。
これを理屈で説明すると、
神が言われたことを、
神以外の誰かが「実行」し、
その結果「創造されたもの」を
神が見て「良い」、つまり、認めたということになります。
では、
この誰かとは誰のことでしょうか。
それは、ヨハネ1:1に記されている「言葉」です。
この「言葉」は神と共にいて、
神であったとも記されています。
「すべてのものは彼を通して存在するようになった」と記されてい
ます。
「彼は世にいたのであり,世は彼を通して存在するようになったの
に,世は彼を知らなかった。
彼は自分のところに来たのに,その民は彼を迎え入れなかった」
「言葉は肉体となってわたしたちの間に宿り,わたしたちはその栄
光,父の独り子が持つような栄光を目にしたのである。
彼は過分の親切と真理とに満ちていた」
バプテストのヨハネは更に、
「わたしたちはみな彼に満ち満ちたものの中から,しかも過分の親切
の上にさらに過分の親切を受けたからである。
なぜなら,律法はモーセを通して与えられ,
過分の親切と真理とはイエス・キリストを通して存するようになっ
たからである。
いまだ神を見た人はいない。
父に対してその懐[の位置]にいる独り子の神こそ,彼について説明し
たのである」
と述べています」
これらの記述から、
「言葉」が誰かは明らかです。
それは、
神の独り子「イエス・キリスト」に他なりません。
「言葉」が神であったという点に関しては、
バプテストのヨハネも、
イエス・キリストのことを「独り子の神」と呼んでいますし、
悪魔も「事物の体制の神」と呼ばれています。
「神」という言葉の定義を考えて見ますと、
神とは、
人間を超越した威力を持つ、隠れた存在
となっています。
これに該当するのは、
エホバ、イエス、サタン、時にはみ使いたち(悪霊)です。
人間ですら時には「神」と呼ばれることがあります。
ですから、
「言葉」が神であったと記されていても不思議はありません。
また、
「神」と称される者が、
皆「対等、同等」ではありません。
エホバとイエスが同等ではないのと同じように。
「唯一真の神」と呼ばれるのは「エホバ、ただお一人」なのです。
他の神は、
「神のような存在」だということです。
しかし、
こうも記されています。
「そののち神は自分の造ったすべてのものをご覧になったが,
見よ,[それは]非常に良かった。
そして夕となり,朝となった。六日目である」
創世記2:19と6:17でも、
エホバが「形作った」とか「創造した」と記されています。
理屈から言えば、
すべてのものを作ったのは「言葉」なのに、
神は「自分が作った」と述べています。
これは、
例えで示すことが出来ます。
建物の建造の場合、
施主と設計者と様々な職種の職人たちがおり、
これらが全体として建物を建造します。
しかし、
完成した時、
誰が作ったのかと言えば、
普通「施主」の名前を言います。
あるいは、
設計者の名前を言う場合もあります。
例えば、
広島平和記念資料館や代々木体育館や東京都庁舎を誰が作ったか
と言えば、
施主ではなく、設計者の「丹下健三」と言われるのと同じです。
また、
自分の家を建てた時、
「自分が建てた家」と言います。
実際は、
設計をした人と大工や他の職人が作ったにも拘わらずです。
天地人の創造について言えば、
施主であり設計者は「エホバ神」であり、
実際にそれを実現させた者、創った者は「言葉」であり、
すなわち、それは、
「神の独り子、イエス・キリスト」であるということです。
従って、
天地人を創造したのは「エホバ神」と言えるのです。
これで、
全ての理屈が通ったと思いますが、
あなたはどう思いますか?