前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:七つの災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いのこと 
 です。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えているのです。  
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです
-コリント(一)15:33-34
今回は、世界の出来事から時代を実感するという話です。

世界中の様々な出来事の見るにつけ、正に時代を生きているという実感をすることがあります。
年のせいか、歴史上の出来事の中で生きているような気さえします。
つまり、その時代の出来事で人々がどのような気持ちで生きていたかが分かるような気がするのです。
平安時代、鎌倉時代、戦国時代、江戸時代、幕末の混乱期、明治の初め、政府と政治が整えられて行った時代、
戦争に突入していった時代、大正時代の束の間の平和、昭和の戦争と激動の時代、戦後の貧しさから懸命に生きた時代、経済が復興しうなぎ登りだった時代、バブルがはじけた時代、経済が再び復興しても初めの時とは違った時代、経済の浮き沈みを経験した時代、2000年に入り世界の出来事に巻き込まれ政治も経済も混乱した時代そして現代。
すべての時代が目に見えるようです。

こうして考えると、人はなぜその時代をそのように生きたのかと思うことがあります。
ただ、歴史の中の登場人物たちは訳も分からず自分の思うことを一生懸命にやって来ただけという印象です。

さて、話をイスラエルとアメリカによるイラン攻撃に向けたいと思います。
ネタニヤフはハマスへの攻撃に対してもイランに対しても「やり過ぎ(た)ています
ネタニヤフにはもはや死ぬしか残されていないと考えています。
間もなく、神の裁きが下されるだろう、トランプよりも、プーチンよりも先に
ネタニヤフは一体何のために戦争をしているのか
ただ、ユダヤ教の思想における妄想のために、無意味な戦争をし多くの人の命を奪った極悪人に成り下がってしまったのです。
パレスチナの土地は第一次世界大戦後イギリスが統治していましたが第二次世界大戦後、委任統治していた期間が満了後国連にパレスチナ問題を一任し、その結果パレスチナが分割され現在の形になったことは周知の事実です。
イスラエルとパレスチナの争いは、ユダヤ人のシオニズム運動によるものであることは殆どの人は知っているところです。
ただ、これだけではそれ程問題はなかったのですが、イスラム教過激派のハマスやこれを支援するイランに対する攻撃は人質解放で終わらせるべきであったのに、戦争を更に拡大させトランプを説得しイランを攻撃させたことで、「やり過ぎた」のです。

イスラエル国民が、ネタニヤフをかつてのイタリアのムッソリーニにのように死刑にすべきだと思うのはわたしだけでしょうか。
神もキリストもそのように考えていると思います

ユダヤ教は既に2000年前に神に捨てられていることを自覚していません

2000年代に入って、皆が平和に共存する世界ではなくなりました
政治、経済、軍事力、外交に関して力のない国は力のある国の餌食となっています。

つまり、政治の世界、国家間では「無法地帯」であり野蛮な原始時代そのものです。
トランプがそれを証明しています。
今や、アメリカとロシアと中国が世界を支配しています。
イギリスとEUはかろうじて対面を保っていますが、トランプの無謀によりアメリカとの関係が悪化しつつある国は増えています。
ただ、アメリカの力に太刀打ちできる国はないので沈黙を守っているだけなのです。

プーチンやトランプが登場する前の世界は、比較的「理性の働く世界」でした。

それでも、歴史的新参者アメリカ以外の国が一つに纏まればアメリカを孤立させることが出来るかも知れません。
すべての国はアメリカから撤退することです。
今のアメリカはあたかもビリー・ザ・キッドのようです。

つまり、アウトローという意味です。
そして若くして殺されてしまったのです。

  

他の国がアメリカを滅ぼすことは不可能と思われますが、神ならば「簡単に滅ぼす」ことが出来ます

 

今は、混乱の時代の渦中にいるのです。

災いはまだまだ続きます

従って、ある人にとっては試練となりある人にとっては困難な時代となります。

災いの被害に遭って死ぬ人も更に増えて行くことでしょう。

幾ら時代は進歩し便利な物が増えても、それを悪用した犯罪も増えているのです。

終わりの日には対処しにくい危機の時代となることが既に示されています

今生きている人々にとっては、こうした時代を生きているという「自覚」と「覚悟」が必要なのです。

丁度、日本が太平洋戦争の渦中にあった時のように

戦争中、戦争が終わって欲しいと思いつつも日本が戦争で勝つためにあらゆることを我慢して生きていたのです。

終戦の日日本中の人々は「ホッとした」のです、やっと戦争が終わってくれたかと

正に、現代もそのようになるのです。

やっと、災いの時代が終わるかと

ただし、今の時代を生き残れればの話です。

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このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:七つの災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いのこと 
 です。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えているのです。  
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制
です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34  

今回は、日本人が嫌がる日本人の性に対する考えと西洋の性に対する考えの違いについての話です。

現代は、まさに淫乱の時代と言っても過言ではない時代です。

恐ろしい時代となったものです。

その原因の一つはスマホでありネットであることは間違いありません。


日本人の性に対する考え」を考える時、いつも江戸時代の遊郭や夜鷹などや、戦後米兵に性を売る女性などが頭をよぎるのはわたしだけではないと思います。

日本では古来より、いわば、政府公認の風俗店があったということです。
アメリカに占領されていた時米兵の性の欲求を満たすために政府公認の売春宿がありましたが後に廃止されています。
現代でも風俗店は全国各地にありますが、日本人の性というものを少し調べただけでも、如何にオープンであったかが分かります。
歴史的には神話の時代からそうであったようです
古事記や日本書紀にさえそうした記述があり、その後の和歌集・万葉集にも出て来ます。
源氏物語絵巻では性に関する記述は出てきませんがそれを思わせる記述が全巻に出て来ます。
純粋な恋愛小説のようなものではなかったのです。
ペリーが日本に来た時、日本の性風俗を批判し国際裁判所に訴えたという話さえあります。

「日本人の性」に関する『ウィキペディア(Wikipedia)』の記事を参考にして下さい。
日本人の性」の歴史が分かります。
ただし、内容がかなり露骨です。
性的画像は殆どありませんが、読むには覚悟が必要かも知れません。

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「日本人の性

日本人の性(にほんじんのせい)では、日本人の性行動、性意識、性風俗について説明する。
この記事には性的な表現や記述が含まれます。 免責事項もお読みください。
となっています。
 

戦後、何度か法律が改正されオープンな性風俗は規制されて現代に至っています。
そのせいかもしれませんが、おそらく、日本の性犯罪は世界の中でもトップではないかと思われます。
進駐軍の時政府公認の性風俗店がありましたが、沖縄では今でも大問題になっていますが、米兵による婦女暴行は後を断ちません
その理由は、おそらく、日本に来る、アメリカ人、特に米兵などの間では日本人の性の歴史などが噂され、今でもそうしたことが行われていると思っている人も多いのではないかと思います。
そして、実際に日本に来てそうではないので犯行に及ぶ米兵が跡を絶たないのです。

神話の時代から日本人の性に対する歴史は西洋の性に対する考えや歴史とは全く異なるものです。
良く言えば開放的悪く言えば淫乱な日本なのです。

 

東北地方には「夜這い」という風習があったと聞いたことがあります。

全国的にあったかどうかは分かりません。

元天理大学文学部教授で民俗学者の飯島吉晴氏によれば、夜這いの風習は地域によっては昭和30年代まで存続していたと述べています。

男女が自主的にパートナーを選ぶ、自由恋愛のシステムです。いきなり女の部屋に押しかけるのではなく、祭礼などで意気投合した相手に忍んでいきました。夜這いを受ける女性はもちろん、女性の両親も了解済みということが多かった

と言われています。

西洋には、聖書が普及しており、その中では性に関する厳しいおきてが記されています。
当然クリスチャンであればこれを守るよう幼い時から「教会」に通って教え込まれています。
聖書の歴史を見て見ますと、
初めに、ノアの大洪水の理由ともなったのが、天のみ使いたちが肉体を付けて地上に降りて来て人間の女を娶ったことであり様々な悪が何らの規制もないまま行われていたことにあります。
次の出来事は、ソドムとゴモラの滅びです。
そこでどんなことが行われていたかはつぶさには分りませんが、淫乱なことを含め多くの悪が行われていたと思われます。
み使いたちがロトに家に招かれた時その地の住民が性的要求のためにみ使いたちを差し出すよう押しかけているからです。
その後、モーセの時代以降は律法により詳細なおきてを与えられていたのでイスラエル社会では表面上は淫行は抑えらえていたとは思いますが、平和な時代が続くとイスラエル人たちはすぐに異国の女性たちと関係を持ち淫行や偶像礼拝を行うようになり、こうしたことを何度も繰り返しついにはバビロンにより滅ぼされ流刑にされています。
その後エルサレムは再建されますがAD70年にローマ帝国によって滅ぼされています。
ユダヤ教もキリスト教も、その後誕生したイスラム教性に関しては厳しく規制されています。
イスラム教に至っては、女性が他の男性の前で姿を露わにすることさえ禁じています、現代でも。

このような背景で育ったペリーから見れば日本は淫乱に満ちた国に見えたはずです。
如何に日本人が有能でも、社会がこの有様では日本人は軽蔑され侮られたと思います。
それは、マッカーサーによる日本統治時代もそうであり、現代における米兵の思いも同じだと思います。
それゆえ、日本における米兵の性犯罪は無くならないのです。

政治の場でも日本人が外国人に尊敬されない原因の一つでもあります。
日本人は勤勉で有能だと自負していますが、日本人がいくら有能でも一等国になれないのはこのためだとも考えています。

つまり、西洋の常識に照らして日本人は道徳的ではなく、人格が疑われているということです。

勿論、すべての日本人がこのようだと思われている訳ではありませんが、口に出して言うことはありませんが何か問題があると背景にある要因として疑われることもあるのです。

今は分りませんが、1970年代前後ハワイでイエローキャブと言えば「日本女性のセックス」を指した言葉として言われた時代もあったくらいです。
国連ですら、日本では未だに人身売買が行われていると主張し採択をし日本に対し勧告もしています。
当の日本人は一体何のことを言っているのか分からず気にも止めない人が殆どなのではありませんか。

古来より、日本には性を規制する道徳心は微塵もなかったのです。
そうした遺伝子が日本人にはあるのです。

しかし、高度成長期以降、日本人の考えや生活スタイルが変化し、女性たちが社会で解放されるにつれて、新しい考えを抱くようになり、もはや、結婚して家に閉じこもって家事と育児に専念することに抵抗感を持つようになってきました。

つまり、女性の常識が変わったのです。
そして、ついに子供を産むことさえ嫌がる女性迄出て来ました
女性の本来のあるべき姿を放棄したのです。
自由と解放が今の日本女性の求める姿です。

いわゆる「ウーマンリブ」です。
一方の男性はと言えば、性に関しても知識が豊富になりある意味「冷めた見方」をするようになり、一部の若者を除き公には余り関心を示さなくなりました
その原因は、現代の若者は生きて行くだけで精いっぱいで余裕がないのです。
中年以降の男性昔の考えのままだと思います。
何の規制もない考えをしているのです。
日本でも性に関して厳しい規制をしているのはクリスチャンだけです。
しかし、その中でも最も厳格のはずのものみの塔の内部会衆内でも淫行が蔓延っているのです。

西洋人特に女性は性に関して「厳格な考え」を持っており、いわゆる「タブー」な領域であり、性の話をすると「侮辱」されたと思う程です。

一方、現代の日本の女性性の話をすると「嫌らしい」などと言って避けます
これは西洋の女性のような「厳格な考え」によるものとは全く異なります
表向きには、日本の女性たち性の話をあたかも「糞」のように「汚らわしいものと考えているのです。
余りにも性に関して「無知」なので、ついに学校でも性教育が行われるようになりました。

中学生でも妊娠する子が出て来てしまったからでもあります。
外国でも行われますが、日本の教育とは趣旨も内容も形式も異なるのです。
単に男女の身体的な違いや性的な事柄だけを話しその意味を全く説明せず、また、どのような考えをしどのように振る舞うべきなのか全く教えません

というよりは、教える先生自身が「恥ずかしい」と思っているのです。
日本の性教育は、実にナンセンスです。

道徳的には日本だけではなく世界中がソドムとゴモラのようになっていることは明らかです。
わたしはこのようなことは今から40年以上も前から思っていました
それが、神により滅ぼされる最大の理由だとも。
その次の理由に思っていたことは犯罪が多いことです。

 

政治形態や経済などは昔と基本的には殆ど変わっていません。
戦争、独裁、弾圧、圧政などは昔からあったことです。
ですから、こうしたことは滅ぼされるための特別な理由にはなりません

ただ、イエスは終わりの日のしるしとして、弟子たちが分かるように教えてくれただけなのです。

-マタイ24章
実際、神は人間に、これから行うことを告げてから出ないと何事も行いません
-イザヤ46:10、42:9、アモス3:7

(予告した例:創世記6:13、18:17、詩編25:14、イザヤ42:9、ダニエル9:22、啓示1:1)

それは、既におよそ1900年前に告げられています。(ヨハネへの啓示の書)
後は、その時が来るだけなのです。
ただし、その時については神以外誰もイエスでさえも知らないのです。
それは突然の滅びという形で来ることになっています。
誰も予期しない時に来るのです。
しるしからすれば、その時は今日来ても不思議ではありません
聖書に対する深い洞察力のある人は「今か今かと待ち望んでいます
しかし、そのように待ち望んでも「滅びる人もいる」ことを知らなければなりません
特に、ものみの塔とその信者たちです。
彼らの偽善は既に暴露されています。
悔い改めなければ誰一人生き残ることはないでしょう。-啓示の書の七つの手紙を参照してください。

以下のブログも参考にしてみて下さい。

 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:七つの災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いのこと 
 です。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えているのです。  
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません神についての知識を持たない人たちがいるからです
-コリント(一)15:33-34

今回の話は、人間は自分が正しいとは限らないことを知っている、しかし、それを認めようとはしないことが多いと言う話です。

人間の活動というのは、自分ではどうにもならないことの中で僅かに自分の思い通りのことをしているだけだと考えるのは私だけでしょうか。
と言われると「なるほど」と思う人もいるかも知れません。
しかし、これを認めたとしても「どうするべきか正しく分かる人」はいるでしょうか。

これは、地球上のすべての生き物に言えます。
例えば、一日の時間は変えられないし日の出も日の入りも変えられません。
天候も変えられません。
誰か他人の振る舞いや行動も殆ど変えられません。
他にも沢山あります。
その中で人は活動しているという自覚をしている人は殆どいないと思います。
ただ、蟻や蜂のように「目の前のするべきことをしているだけ」なのです。
殆どの人は、何でも自分の思う通りになると「思い違い」をしているのです。

現実には、これら自分ではどうにもならないことの中で思い通りに出来るように考えながら行動している訳です。
考えて見れば、当たり前のことです。
生まれつきそのような状況の中で生きているからです。

しかし、その「当たり前を当たり前で済ませている所」に人間の愚かさが秘められている場合もあるのです。
に関してだけを取り上げれば、一匹の蟻や蜂の命と何ら変わりはありません
人も次から次へと誕生しては、簡単に死んでしまうのです。
壽命を全うする人もいれば、事故や災難や犯罪や病気で簡単に死んでしまう人もいるのです。

こうした中にあって、人間だけは神により与えられた考える力」を発揮し多くのことをしています。
人間の姿形多くのものを作ることを可能にしています。
立って歩くこと、手先が器用なこと、重いものを持ち上げること、体の柔軟性など。
これらにより、様々な道具を作り、また、誰かが作ったものを使うことも出来ます。
人間の多くの活動はこうしたことにより実現していることは誰でも知っています。
教えられてではなく、現実の世界を見て知っているのです。

なのになぜ人は人間の創造者を意識しないのでしょうか
それは、殆どの人はこれを自覚しておらず、また、教えることも教えられることもないからです。
それでも
人は他の生き物と同様「神により生かされている」のです。
この事実は変わりません

わたしは、アダムから少なくともアブラハムの頃までは神が人間を創造したということは普通に教えられていたと考えています。
当然ながら、ノアの大洪水に関しても教えられ、後の世代の人がこれを伝説として伝え世界各地にこれが残っていることも事実です。
また、神によって「洪水」で滅ぼされることを逃れようとして、シナルの地のバベルに大きな塔を建てたことも事実です。

一般的には「バベルの塔」と呼ばれています。
シナルの地は古代アッシリアとバビロンの間の地のことで、現代のシリアとイラクの間です。

創世記の天地創造の記述が余りにも人間の理屈や想像を超えているので、世代が進むにつれて伝承もされず教えられることもなく人々は生きることに懸命になって行ったことも事実です。

そして、近代に入ってダーウィンがさもそれが正しいかのような「進化論」という説を発表しそれが今日の「常識」のようになっています。
ダーウィンの考え人間の考えの「浅はかさ」を示すものです。
丁度、現代の科学が多くの事を発見しているのと同じ思考をしていたのです。
つまり、すべてを「理屈で考える」ということをしているのです。

しかし、自然から学んでいる人はそうではありません
分からなくても目の前の事実を認め、それを土台として考えているのです。
人間の理屈が土台となっている訳ではありません
自然から学んでいる人は、その創造者である神から学んでいるのであり、その理屈を完全に分からなくても正しいことを確信しているのです。
目の前の事実を誰も変えることが出来ないからです。
ファーブルにしてもメンデルにしても、昆虫や植物を良く観察したので分かったことが多いのです。
特にメンデル遺伝の法則は今でも変わっていません
数学は自然科学の中の一つです。
その法則の殆ど、あるいは、すべてと言っても過言ではありませんが、自然から発見したものです。
化学の世界では最も重要な法則の一つであるシュレジンガーの波動方程式マクスウェルの電磁方程式と殆ど同じと言って良い位似ています。
一方は原子や分子の世界の法則であり、他方はいわゆる電波の世界の法則です。
ニュートンの万有引力の法則もそうです。
ピタゴラスの定理もそうです。

古代ギリシャ人自然から学ぶと同時に人間の考えである「哲学」という思想も作り上げてしまいました
この「哲学」という思考形態が、ダーウィンのような思考を生み出したのです。

現代はこうしたことが入り乱れて、何がなんだか分からなくなっているのです。
むしろ、世界は人間の理屈を「最優先」にして考えていることは事実です。

こうした傾向「愚かであることに気が付く人」は余りいません

しかし、まもなく、愚かであったことをすべての人が認識させられるのです。

自然から学ぶ人間の理屈で考えるかの違いは大きいのです。

こうしたことは、政治の世界でも同じです。
その極端な例がトランプです。
自分の考えだけが正しく他の考えを受け入れず独断的な政治を行い世界を混乱に陥れています。
医療分野におけるワクチンのようなものです。
新しい感染症が出るとそのワクチンを作りますが、感染源であるウィルスの抵抗性が増すと初めのワクチンが効かなくなり、更に別のワクチンを作って対処しようとします。
つまり、人間の考えの愚かさは、その「場当たり的な思考と行動」によく現れているのです。

一方で、神の考えは「永久に普遍」です。
つまり、自然界から学ぶ数多くの法則は「すべて永久に普遍」なのです。

聖書の中でも「神を軽んじる者」たちのことを「ただの愚か者」と表現されています。
箴言
7 エホバへの恐れは知識の初めである。知恵と懲らしめをただの愚か者は軽んじた。-箴言1:7
15 愚かな者の道は自らの目には正しい。しかし助言に聴き従う者は賢い。-箴言12:15

さて、あなたはこうした点どのように考えますか?
無論、記事の中でも言っているように、わたしの考えが絶対正しいとは限りません
どのように考えるかは「あなた次第」です。
どのように考えてもそれはあなたの自由です。
しかし、その決定はあなたの命を長らえるものとはならないかも知れないのです。

このような言い方をすると、初めから正しいことが決まっているとか、あるいは「脅し」と捉える人もいますが、違います
間違った決定をすると「死ぬ」と言われたらそれは脅しでしょうか
むしろ、正しいことを認める謙虚さの必要を述べているのではないでしょうか
盲目的に認めろと言っているのではありません。
自分でこうしたことを調べて納得した上で決定すべきなのです。

わたしが言いたいのはこの点です

 

人は分かっていても自分の過ちを認めたくないのです。

過ちや失敗を「恥ずかしい」と思ったり自尊心が傷付くからです。

しかし、過ちや失敗をしない人がいるでしょうか、一人もいないのです。

問題は、それを認め考えや行いを改めることの方が重要なのです。

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:七つの災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いのこと 
 です。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えているのです。  
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません神についての知識を持たない人たちがいるからです
-コリント(一)15:33-34 
  
今回は、日本は本当に民主主義国家?という話です。

日本は民主主義国家かどうかを政治を中心に考えて見たいと思います。

政治の仕事主に問題解決にあたることです。
外交、防衛、経済、金融、災害、物価、生活保障、犯罪防止と懲戒及び規制、不動産・資産・財産・相続など、
様々な税金(国家、自治体の収入源など)、医療、健康・老後・介護など・・・

政治家がこうした問題を解決、判断するのを助けているのが、いわゆる様々な分野の専門家です。

従って、政治家の仕事は専門家から知識や情報や意見を聞き適切に判断」し法律を作ることです。

殆どは問題は起きてから行動を起こす、いわゆる「対処療法」的振る舞いです。
例えば、昨年の米価や備蓄米の放出の対処は分り易いです。

人間はどうすれば最も良いのかが分からないのです。
そのため、起きた事柄に対応する以外方法はないのです。

良くいわれることは「やってみなければ分からない」という言い方です。
多くの場合、試行錯誤しながら、さらに、繰り返し改善や変更することで少しずつ問題の核心に迫っていくことになります。
また、問題があっても「症状」として現れないこともあります
こうしたことは、問題が具現化するまで放置されることになります。

国はこうしたことに対応するために様々な省庁を設置して逐次対応しています。
そして、実際に問題を解決するために、トプダウン方式で下部組織や地方自治体に通達や指示や支援などを行っています。

政府がこうした点で常に主導的な役割を果たしており、議会はこれを制御したり正したりする役目をしています。

日本は議院内閣制ですから、全国の地方で選出された議員たちによって国会と政府が運営されているということです。
つまり、国民の意思が国会で発揮されるわけですが、
自民党のように多数の議員を保持している政党が政権を握ると、殆どが自民党の思うがままの政治となってしまいます。
しかし、議員は国民の総意であったとしても投票率から言えば、国民の半数以下の人々で選ばれた議員で政治が行われていることは事実です。

今でも行われているかどうかは知りませんが、スイスのように国民が直接政治に参加している訳ではないのです。

特に問題となる点は、国会議員がその地方の人々の代表なのですが、その国会議員はその地方の声に従うのではなく派閥や党の考えに従っているという点です
この考えがその議員の地方の人々の考えと一致していることは殆どないと思います。
実際、そのようなことは有り得ないからです。
また、その地方の人々の多数意見でもないと思います。

こうしたことを考えますと、政治は
一部の人間の考えで行われているということです。

これが、日本の民主主義の実態なのです。
これで、日本社会が国が平和で安全な、そして、安心して暮らせる状態になる訳がありません

あなたはどう思いますか。
これを変える方法はあるのでしょうか
あると言えばあるし、ないと言えばありません。
それは、どのように考え何を信じるかによって変わるからです。

こうした形態の最小単位は、例えば、部落の会合です。
その会合に出席する人は、大抵その家の当主です。
つまり、その家の事柄を決定する立場にある人です。
そして、そこでの話し合いの内容に賛否を行使する訳です。

このようにして、その部落の公の事柄が決められ、実際に行われていくわけです

  

もし、国会における多数決による決定が正しいのならなぜ反対運動が起こるのでしょうか

民主主義からすれば反対者たちはいつも「少数派」です。

では、その少数派の主張を無視しても民主主義だと主張するのでしょうか

  

ある出版物には、次のように書かれていました。

選挙で多数票を取った、つまり民意を得たからといって、何をやってもいいのかという問題がある。

民意と多数決は同じではない

多数派になったからこそ、少数派に配慮する義務が生じるはずだ。

多数派には多数派の責任がある。

近年は「選挙に勝ったらこっちのものだ」という開き直りが幅をきかせているが、少数派の権利が、多数派が許容している範囲内のものになってしまうのは明らかな間違いだ。

勝者総取り型の民主主義からどうやって脱却していくのか。

  

これは民主主義の問題点の核心部分です。

 

多数派が常に正しいことをしているならなぜ、社会が良くならないのでしょうか

特に、犯罪が増加しているのはなぜでしょうか。

空き家が増加しているのはなぜでしょうか。
物価が高騰しているのはなぜでしょうか。
貧困者が社会から見捨てられているのはなぜでしょうか。

  

つまり、民主主義と正義は別物だということです。  

別の言い方をすると、多数派がいつも正しいとは限らないということです。  

それは、単に賛成もしくは反対意見の人が多かったと言うだけのことです。

大勢の人が思う通りに物事を進めることが正しいという訳ではないのです。

 

例えば、最初に訴えを起こす人は少数派であることが多いものですが聖書には次のような格言があります。

訴訟において最初の者は義にかなっている」-箴言18:17

この良い例は、沖縄における訴訟です。

米兵の犯罪に対する訴え、基地問題に対する訴えなど。

 

しかし、国はこれに応じようとはしません

日米安保条約があるからです。

この条約の初めは吉田茂の国民に対する隠し事から始まり、岸信介の国民の反対を無視し強引に法案を可決させ今日に至っているのです。

その時、国民の大多数は反対していたのに国会では自民党は多数派だったのです。

これは、政治の大いなる矛盾であり恥です。

これでも、民主主義と言えますか?

主権は国民にあるのです。その国民の反対を無視し政治家が勝手に物事を推し進めて良いはずはありません

安倍晋三も祖父と同じことをしていたのです。

そして、今まさに高市も同じことをしようとしています

日本の、いや、自民党議員とその政治は「腐っているのです。

これで、日本が良くなるはずはありません。

先の選挙で国民の多くは馬鹿な選択をしたものです。

ある意味、小選挙区制の「災い」とも言える出来事となっています。

物価が安定するどころか益々高騰し、トランプのせいでもありますがガソリンが200円/ℓになろうとさえしています。

政府は3月23日から補助金を出しガソリン代を下げようとしていますが、焼け石に水でしょう。

トランプのイラン攻撃を阻止、あるいは批判しなかった反動とも言えるものです。

選挙期間中、高市の言った通りになる見通しは全くないのです。

嘘つき高市の自民党議員の投票した国民は責任を取れと言いたいものです。

更には、

日本を良くする、自民党を倒す「カリスマ野党の党首が出現しません」

一体、いつになったら出現するのでしょうか。

現実は、国会議員を目指す人の多くは自民党という大樹の下で楽をしたいのです。

本当に日本を良くしようなどとは露も思っていないのです。

政治家と言っても、単なる就職活動に過ぎないのです。

国民も哀れです。

バカな政治家しか立候補しないからです。

  

加えて、理想国家、本当に社会のためになる政治を訴え、また、能力も力もあったとしても国民の多くがその人やグループを選択するとは限りません。 

 

国民の一人として、ここが思案のしどころです。

そのような人材を育てる組織を作るか、あるいは、政治に対する関心を放棄するか、デモなどをして政府に抗議し続けるか、国家財政を左右する大企業を作り政治に物申すか、などなどいろいろ手段はあるかと思います。

 

さて、皆さんはどのような選択をしますか?  

少なくともわたしは今の政府、政治を支持しません

 

人々は、日常の仕事やすべき事柄だけをすることではなく、娯楽やレクレーションや旅行やスポーツなどをして気分をリフレッシュする必要があります。

こうしたことは、人間だけなのですが、人間には不可欠な要素でもあります。

人間の精神、気持ち、感情はあたかも体の新陳代謝のように、常に新鮮な気持ちを抱くことは「生きることにおいては重要」であることは誰でも理解しています。

そして、人は常に身勝手なものでもあります。  

  

どうしたら、政治を含めこうした複雑な人間社会を平和で安全なところに出来るでしょうか。

少なくとも、人間には「不可能」であることは既に証明されています。

それゆえ、多くの人々は日常に「何らかの楽しみだけを追求するようになってしまう」のです。

政治を、社会を変えようとする人がいないのです。

人々は、今の政治に「期待」をしていても「希望」を持っている訳ではありません。

  

国民の民意や国会の多数決が「正しいわけではありません

それでも、常に、正義、正しいことは存在します。

どちらに付くかという問題でもありません、つまり、賛否で決まるものでもありません。 

 

現代の政治は一つには「その決め方に問題がある」のです。

次に、それが正しいかどうかを決定する部分が欠如しています。

多数決により法律が制定してもその法律が正しいわけでもありません

ただ、多数決で決まっただけのものでしかないのです。

そして、国民生活はその法律によって規制されていくことになります。

その法律によって国民生活が酷いもの、苦しいもの、困難なものにもなることもあるのです。

 

主権は国民にあるというのが日本国憲法の三大原則の一つです。

しかし、これは権利であって「物事の是非」ではありません

丁度、一人の人間に権利があっても「その行使が常に正しいとは限らない」のと同じです。

一人ひとりには物事を決定する権利がありますが「その決定に対する責任」も当然ある訳です。

もし、間違った決定をし犯罪や問題を生じさせれば当然罰を受けることになります。  

  

問題の焦点何が絶対に正しいのかという点とその正義を全員に徹底させる力があるかということです。
ある意味、独裁政権のようでもありますが、その独裁者が「絶対正しいことを常に行う」のであれば何も問題はないのではありませんか。

 

現代の政治家では、不完全ではありますがマレーシアのマハテールが行ったような政治かも知れません。

あるいは、ブータン王国のような国の政治かも知れません。

 

ランプの政治は「狂気の沙汰」です、「悪魔の仕業」と言っても過言ではありません。

  

今の日本の政治は「間違いだらけ」です。

 

それでも、人類に希望がないわけでもありません

あなたはどこにその希望を見い出し、それを捉えることが出来ますか?

それが出来なければただ無益に死んで行くだけです。

聖書には「世の終わり」の時に、

13 しかし,見よ,歓喜と歓び,牛を殺すことと羊をほふること,肉を食べることとぶどう酒を飲むことがあり,『食べたり飲んだりせよ。わたしたちは明日は死ぬのだから』と」。-イザヤ22:13

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:七つの災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いのこと 
 です。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えているのです。  
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)
今回の話は、アメリカの本性は野獣という話です。

初めに、この野獣は神により裁きを受け、生きたまま火と硫黄とで燃える湖に投げ込まれることになっています。
その野獣の正体についての話です。

わたしは非常に不思議に思います。

ロシアがウクライナ信仰を始めた時、アメリカを始め世界各国はロシアを非難し、国連決議でもロシアを非難し、ロシアにアメリカとEUと日本も経済制裁まで行ったのに、

アメリカがイスラエルと共にイランを攻撃したことに世界は沈黙しています

アメリカを非難せず経済制裁もしていません

なぜですか?

アメリカを非難することがそれ程恐ろしいことですか

もし、山から熊が里に下りてきたら、これを見つけて駆除するのではありませんか。

アメリカは駆除されるべき野獣なのです。


アメリカは破壊者、人類の最大の敵であることは明白です。
例えば、第二次世界大戦の時、ドイツを破壊し、日本を破壊しました。
特に、日本には原爆を投下し人類史上最も残虐なことをしました
その後、朝鮮戦争ではマッカーサーの失脚から北朝鮮を倒すことが出来ませんでした。
それは、日本を攻撃した時のような攻撃が出来なかったからです。
その後、ベトナム戦争を始め、ベトナムを破壊し枯れ葉剤の使用
戦争犯罪を犯しました。
湾岸戦争(1900年)に始まり、9.11(2001年)の報復としてイラク(2003年)を言いがかりをつけて破壊しました。

これら二つの戦争で国際法上禁止されている化学兵器を使ったのです。

そのため、米兵の中にその害を発症したものが少なくなかったのです。

その後プーチンがウクライナに侵攻(2022年)し世界を混乱に陥れたのに乗じて、ハマスがイスラエルを攻撃し、その反撃としてイスラエルがイランなど周辺の敵対国に攻撃を始め、それが高じて、今イランを破壊しています。

イスラエルとイランは、いわばユダヤ教徒とイスラム教徒の戦いであり、イスラエル建国の1948年以降今日まで78年間戦い続けて来ています。

イラクにしてもイランにしても、国を破壊される程のどんな悪事を行ったというのか
どちらも、いわば冤罪であり、アメリカの凶悪犯罪なのです。
アメリカはネタニヤフの思惑に乗せられている理由は、自分の娘婿がユダヤ教徒のユダヤ人であることと深い関わりがあります。

どの戦争を見てもアメリカに戦争をする正当な根拠は一つのなかったのです。
アメリカは無分別な野獣のような存在なのです。

アメリカは野獣のように周囲を食い荒らしただ自分の縄張りを持ち思い通りにしたいだけなのです。
アメリカのすることに「大義」はありません

すべてはアメリカの振る舞いや行動がイスラム圏の国々、共産主義の国々敵対視し実際に攻撃して来たことが原因であることは誰の目から見ても明らかです。

ヒトラーは大量のユダヤ人を殺害したことで最悪の人間であるかのように言われていますが、ヒトラーよりもスターリンの方が悪党です。
極東軍事裁判でA級戦犯とされた人たちの殆どは死刑にされましたが、日本に原爆投下を命じたトルーマンの方がはるかに重罪です。
太平洋戦争は日本がハワイを攻撃したことに始まりましたが、アメリカは日本全国を破壊したのです。
アメリカはヨーロッパでも太平洋でも破壊の限りを尽くして来ました
アメリカ本土つまり北米は一度も攻撃されていません9.11は報復であり戦争ではありません
ベトナム戦争枯れ葉剤を散布させたりナパーム弾などを使用させたアメリカ軍司令官も重罪です。
ちなみに、この時の大統領はケネディでしたが戦争を始めたのはアイゼンハワー(マッカーサーのライバル)です。
ケネディは議会を完全に自分の下に置くことが出来ていなかったのです。
プーチンもスターリンと同じ類の悪党です。
ちなみに、金正恩の思考は子供です。
習近平は忍耐強く、冷静な大人です。
高市早苗は飼い主に尻尾を振るスピッツのような存在です。
高市は世界に憎まれるトランプアメリカに日本を加担させようとしている日本人の敵です。
アメリカのイランの攻撃に対して「歯切れの悪い答弁」を国会の予算委員会でしていました。
もし、言葉を間違えると「即、政治生命を失う」ことを良く分かっているのです。
しかし、大勢としてはアメリカ追従の方向は間違いありません。
こうして日本は最悪の方向へと向かっているのです。
そうしようとしているのは高市なのです。

この前の記事でも、アメリカもしくはトランプを野獣として説明しましたが、この記事でよりはっきりしたと思います。

今の日本経済が悪いのは、すべてコロナとトランプのせいであることは明白です。
コロナは自然現象ですから、時が経てば収まります。
トランプは後3年近くも任期がある野獣です。
野獣の方が質(たち)が悪いのです。

後数㎝ずれていれば、トランプは死んでいて大統領にはなれなかったのです。
そうすれば今のような世界にはならなかったと思います。

トランプは口から出まかせを言って、周囲を攪乱し、そして、自分が優位に立つ方法を模索しながら物事を「場当たり的に」行っているのです。
アメリカ国民は「目先の事」しか考えていない上に「言葉により騙される」人々なのでトランプのような悪党を大統領に選ぶのです。
実に愚かな国民です。

自分の国の大統領が世界を敵にしているのです。
アメリカが始めたイランへの攻撃を国際法違反としてどの国も認めていませんし反対もしています。
それゆえ、アメリカに加担することを拒んでいます
どの国もアメリカの尻拭いをしたくないのです。
高市早苗は状況から判断し日本にとって最善と思われる方法を自らの判断で行っていますが、これは自分でも言っているように「姑息な手段」であり、ある意味、自立した国としての自尊心を蔑ろにした振る舞いなのです。

悪いものは悪いと、日本は今のアメリカに賛同しないハッキリと言わない限り、日本には「日本人としての誇り、自尊心」を見い出すことも確立することも出来ないのです。


アフガニスタンの現状の責任はソ連とアメリカにあるのに、その復興の手伝いをなぜ日本がしなければならないのか、なぜするのか、第一には責任ある当事者がするべきではありませんか。

戦争にしても、経済にしても、為替や金融にしても、環境破壊にしても、石油にしても、希少金属にしても、自動車にしても、宇宙開発にしても、医療にしても、すべての「悪のシナリオ」はアメリカ発なのです。

世界はその煽りを受けているのに、当のアメリカは世界の懸念を無視するだけではなくその責任も取らず恥知らずにも悪い方へ舵を切っているのです。

これ程の身勝手があるでしょうか。

 

正に、アメリカは全人類の敵、あるいは、平和で穏やかに暮らそうとする人たちの敵であり悪魔であることは歴史が物語っています。

あなたもそのように思いませんか?

 

追加 

全人類の敵と書きましたが、トランプは中国や日本を名指しすることはあっても、オーストラリアや東南アジアに言及することは殆どありません。

加えて、アフリカにも言及することもありません。

おそらく、これらの国を取るに足らない国と見ているということです。 

イランはイスラエルの敵なので支援をし、中東は石油やガスなどにおいてアメリカの利権、エネルギーなどの確保のために積極的に関与しています。

アメリカが日本に言及するのは極東地域における軍事拠点として重視しているからです。

特に、対中国と対北朝鮮のためには重要なのです。

ウクライナはアメリカにとってメリットがありませんからトランプも余り乗り気ではないのです。

つまり、ウクライナの地下資源以外関心はないのです。

支援を条件にこれらの資源を確保しようとしているのです。

トランプの次の関心は、中南米です。

イランが片付けば公言通り中南米に軍事作戦を行うでしょう。

 

プーチンの誤算はEUなどがウクライナへの軍事支援をしたことです。

当初はしないだろうと考えていて、直ぐにキーウイを占領し国ごと支配下に置けると目論んでいたことは明らかです。

しかし、ウクライナは事前にロシアの軍事侵攻を予期しその備えをしていたのでキーウイを占領されることを何とか防いだのです。

長期化することでロシアの兵力は間違いなく低下しており、これ以上占領地を拡大出来ないところまで来ています。

つまり、進軍しても占領を維持出来ないのです。

従って、ウクライナはこれ以上侵略されることはないということです。

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:七つの災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いのこと  です。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えているのです。   参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 
テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます

 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)
今回は、神の考えは計り知れない-大いなるバビロンと野獣の正体現れたりという話です。

神の考えは計り知れない

つまり、神がどのような考えを持っているかを推し量ることは出来ないということですが、

というより「人間の想像や予想をはるかに超えている」のです。


トランプは世界の平和を乱していることは事実です。
彼の思いは独善的であり利己的なもので、敵対する国だけに留まらず、いわゆる同盟国に対しても、ある意味攻撃をしています。

トランプと言うよりアメリカの政治家の特徴ですが、いわゆる「悪魔の顔と天使の顔」の両方を持っています。

例えば、

日本に大規模空襲を行ったり原爆を投下したりと悪魔の残虐性を表すと思えば、占領統治では日本に食料支援を行ったり戦争孤児を養子に迎えたり日本女性をアメリカ本土に連れて行き妻にしたりソ連に日本の本土侵攻をさせなかったりアメリカの民主主義を日本でも行わせようとしました。

その陰で、原爆被害を特に本国アメリカに隠したり、日本軍の財産を盗み取ってもいたのです。

トランプはイランに対しても強硬な姿勢を取る正当な根拠がないにも拘らず内政に干渉し、イスラエルと共に攻撃をしかけ、イランの最高指導者を殺害し「悪魔の顔」を出しました。
もし、逆のことが起きたらどうだろうか。
当然、イランでも同じ考えをし、報復するでしょう。

 

トランプはイランの政治体制を崩壊させ、軍事施設、原子力や油田関連施設を破壊しています。

このようにしてイランを壊滅状態に追い込む目的はイスラエルをイランの攻撃から守ることです。

トランプは更にイランの石油をも手に入れようと目論んでいることも明らかになっています。

トランプはこのためにアメリカの軍事費をかなり使いました

  

イランはアメリカに対して一体何をしたというのでこのような攻撃に遭っているのでしょうか。

このようにされる理由は全くないにも拘らずトランプはイランの攻撃を命じたのです。

   

イランを攻撃する前までは世界中の国に関税をかけて、赤字続きで負債が増大しているアメリカの国家予算を補填しようとし、世界中の反発だけではなく自国の最高裁から違法である判決を受けています。

 

普通、賢明な政治家ならこのようなことはしません

大義名分を必要とするからです。

トランプはこの大義名分なしにやったのです。

 

このようなことは誰にも許されるはずはなく、もし同じことを行えば自国の存続が危ぶまれます。

しかし、アメリカに軍事力で勝る国は1っ国もありません。

もし、力のある国があればこうしたアメリカに宣戦布告するでしょう。

 

ところが、そのロシアは核ミサイルを持っていても、アメリカ同様違法にもウクライナに侵攻したため軍事力が低下しています。

例え、ロシアに軍事力があったとしてもアメリカを攻撃することはありません、できないのです。

それは、アメリカとて同じです。

 

世界の二大大国がこのように身勝手な振る舞いをする目的は一体なんなのでしょうか

 

単に、世界を混乱させたい訳ではないはずです。

ロシアもアメリカも自国の利益のためだけにやったのです。

共に、強力な軍事力を使ってです。

世界はロシアとアメリカのために無法地帯」となったのです。

ロシアやアメリカと同じことを他のどこかの国がやったとしても、これを責めることは出来なくしたのです。

その発端はプーチンにあることは明白です。

科学技術の粋を尽くした軍事力でこうしたことを行っているのです。

科学技術は平和のために、人々の幸せのために進歩・開発したはずなのに、戦争に悪用しているのです。

その最たる者はトランプです。

それ以前には、単にアメリカにやられたから報復しただけなのに、テロ組織としてイスラム過激派を攻撃し、核開発でイランに言いがかりをつけ攻撃し、大量破壊兵器で言いがかりをつけて同じようにイラクを攻撃しイラクを破壊し、オサマ・ビン・ラディンを殺害したのはブッシュでありオバマだったのです。

 

そもそも第一次世界大戦の時からアメリカが参戦する理由は何処にもなかったのです。

ですから、歴史上、最も罪があるのはアメリカであることは明白です。

 

わたしがアメリカを憎む理由の一つです。

ロシアは悪党です、アメリカ同様憎んでいます

 

こうした状態にも拘らず国連は何の役にも立っていません

ロシアとアメリカを止める力がないのです。
国連は単なる烏合の衆にされてしまったのです。  

国連は野獣的存在ではないことは明白です。

  
トランプはあたかも西部劇にヒーロー気取りでいることは間違いありません。

トランプは、17歳で初めて人を殺し21歳で殺される迄21人を殺したビリー・ザ・キッドのような存在だと言っても否定出来る人がいるでしょうか。

 

高市早苗はこうしたトランプに「尻尾を振っている」のです。

本性ではトランプのやっていることを間違いだと思っていながら、日米安保が日本の国益だと考えアメリカを批判しないこと自体高市にも罪の責任があるのです。


問題は、他のアラブ諸国(イスラム教諸国)がこれにどのように反応するかです。
それによって「大いなるバビロン」の正体が「尚一層はっきりします」

自国にあるアメリカ軍施設の攻撃を、これらの国がどのように考えているかです。

表向きは、アメリカを敵に回したくないのでイランを批判していますが、本心は違うと思います。

悪魔のような存在であるトランプは、まさしく「聖書の野獣そのもの」だということです。

 

神のことを知る由もないトランプの行動により、聖書の「大いなるバビロン」の正体がはっきり見える(理解出来る)ようになったのです。

その顛末に関して聖書(ヨハネへの啓示の書から)述べることにします。
八人目の王の正体がアメリカだったということです。
六人目の王がローマ帝国として、七人目の王は少しの間留まると示されています。
これが、国連なのか英米とロシアなのかは分りませんでした。
しかし、第二次世界大戦の戦勝国の内、イギリスとアメリカとソ連はヤルタ会談その後の世界の趨勢を決定しました。
1945年2月にアメリカのルーズベルト大統領、ソ連のスターリン書記長で秘密会談を行い、その後イギリスのチャーチル首相との間で交わされた秘密協定のことです。
八人目の王はこの七人目から出るとも示されていることから、七人目の王は英米とロシアかも知れません。
そしてこ七人目から出た八人目の王も滅びに至ると示されています。

9 「ここが知恵の伴うそう明さの関係してくるところである。七つの頭は七つの山を表わしており,その上にこの女が座っている。
10 そして七人の王がいる。五人はすでに倒れ,一人は今おり,他の一人はまだ到来していない。しかし到来したなら,少しの間とどまらなければならない。
(ヨハネへの啓示がヨハネに与えられたのはAD96年ですから、その当時の世界強国はその後も長く続

 くローマ帝国でした。それが六人目の王です。七人目の王はまだ登場していませんでした)

11 そして,かつていたが今はいない野獣,それ自身は八人目[の王]でもあるが,その七つから出,去って滅びに至る。-啓示17:9-11

(最後の、かつていたが今はいない野獣という意味はハッキリしませんが、それ自身が八人目の王で 

 あることから、大統領を退いたトランプの事であるとするとつじつまが合います。

 これは、世の終わりが、トランプが政権から退いた2029年1月20日以降ということを示していま 

 す)

しかし、もしこうしたトランプの行い「神によるものだ」としたら、イランあるいはイスラム教が「聖書の言う大いなるバビロン」の正体かも知れないと考えられます。
大いなるバビロンを滅ぼすのは野獣であり、そのように仕向けたのは神だからです。
15 また彼はわたしに言う,「あなたの見た水,娼婦が座っているところは,[もろもろの]民と群衆と国民と国語を表わしている。

(参考:世界の総人口73億人のうち23億人(人口比で32%)をキリスト教徒が占め、次いでイスラム 

 教徒が18億人(25%)、ヒンズー教徒が11億人(15%)、仏教徒が5億人(7%)、民族信仰が4億人 

 (5%)と言われています)


16 そして,あなたの見た十本の角,また野獣,これらは娼婦を憎み,荒れ廃れさせて裸にし,その肉を食いつくし,彼女を火で焼き尽くすであろう。
17 神は,ご自分の考えを遂行することを彼らの心の中に入れたからである。すなわち,彼らの王国を野獣に与えて[彼らの]一つの考えを遂行し,神の言葉の成し遂げられるに至ることである。
18 そして,あなたの見た女は,地の王たちの上に王国を持つ大いなる都市を表わしている」。-啓示17章15-18

キリスト教を国教とする国はイギリス、フランス、ドイツ、ロシア、アメリカなどいわゆる先進国であり、イスラム教を国教とするくにはいわゆるアラブ諸国であり、中東の列強、イラン、東南アジアなどです。
キリスト教を国教とする国では宗教的理念を持っていても支配しているのは政府であり議会です。
これに対して、イスラム教を国教としている国では、宗教の教えが絶対でありいわゆる憲法の上にあります。
こうした点を考えると、野獣の上に座っている「大娼婦、大いなるバビロン」はイスラム教のように思えます。
(参考までに、インドはヒンズー教が主であり、日本では仏教と神道が主となっています。
 植民地化されたアフリカなどの多くはキリスト教もしくは地元の宗教です)

 

大いなるバビロン」に関して次のように記されています。

最後まで読まれた方は、ここに再び目を留めて頂ければ、一層ハッキリとすると思います。

啓示17章
また,七つの鉢を持つ七人のみ使いの一人が来て,わたしと話してこう言った。「さあ,多くの水の上に座る大娼婦に対する裁きをあなたに見せよう。

(これは、イスラム教徒の人口が非常に多いことを示しています)

 

2 地の王たちは彼女と淫行を犯し,地に住む者たちは彼女の淫行のぶどう酒に酔わされた」。
3 そして彼は,霊[の力]のうちにわたしを荒野に運んで行った。そこでわたしは,冒とく的な名で満ちた,七つの頭と十本の角を持つ緋色の野獣の上に,ひとりの女が座っているのを目にした。

4 また,その女は紫と緋で装い,金と宝石と真珠で身を飾り,手には,嫌悪すべきものと彼女の淫行の汚れたものとで満ちた黄金の杯を持っていた。

5 そして,額にはひとつの名が書いてあった。それは秘義であって,「大いなるバビロン,娼婦たちと地の嫌悪すべきものとの母」というものであった。

(これは、娼婦たちとはイスラム教以外の宗教であり、地の嫌悪すべきものとは偶像崇拝や偶像礼拝の 

 ことです)

 

6 またわたしは,その女が聖なる者たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。

聖なる者たちとイエスの証人たちとは、もしかすると、ユダヤ教徒とキリスト教徒を指しているのか

 も知れません)

  

更に、「大いなるバビロン」である「大娼婦」が滅ぼされた後、それを嘆くのが地の王たちや旅商人や船長と示されています。-啓示18章

 

こうした点については、
地の王たち、つまり、世界中の国々は中東やイランから石油を輸入し多くの富を得ていることは紛れもない事実です。
つまり、イスラム教の諸国から輸入しているのです。
地の旅商人たちは「金・銀・宝石・真珠・上等の亜麻布・紫[布]・絹・緋[の布]などの品,そして,香木類のすべてのもの,あらゆる種類の象牙細工,きわめて高価な木材や銅・鉄・大理石などでできたあらゆる種類の品物,また,肉桂・インド産の香料・香・香油・乳香・ぶどう酒・オリーブ油・上等の麦粉・小麦・牛・羊,そして馬・車・奴隷・人間の魂」を買ってくれるイスラム教の国々が荒れ廃れるので商売が立ち行かなくなるということです。
船長、つまり、石油を始めこれらのものを輸送する者たちも仕事を失うことになります。
大いなるバビロンが野獣によって滅ぼされることでこれらの者たちは大いに嘆くことになります。
啓示18章

 

イスラム教が滅んでも国自体は存続しますからしばらくの間は「混乱」が続くと予想されます。
古代バビロンはまさしくこのような商業都市でし、現在は廃墟となっています。

興味深いのは、続く19章です。
大いなるバビロンの裁きに続いて、時を置かずに地に対する「神の裁きが始まる」という点です。

世界の趨勢から野獣とはアメリカだと断定できそうな情勢となっています。
そして、その定めは次の通りです。
17 わたしはまた,ひとりのみ使いが太陽の中に立っているのを見た。彼は大声で叫び,中天を飛ぶすべての鳥に言った,「さあ,来なさい,神の大きな晩さんに集まれ。
18 王たちの肉,軍司令官たちの肉,強い者たちの肉,馬とそれに乗る者たちの肉,そしてすべての者,すなわち自由人ならびに奴隷および小なる者と大なる者の肉を食べるためである」。
19 そしてわたしは,野獣と地の王たちとその軍勢が,馬に乗っている方とその軍勢に対して戦いをするために集まっているのを見た。
20 そして,野獣は捕らえられ,それと共に,[野獣]の前でしるしを行ない,それによって,野獣の印を受けた者とその像に崇拝をささげる者とを惑わした偽預言者も[捕らえられた]彼らは両方とも生きたまま,硫黄で燃える火の湖に投げ込まれた
21 しかし,そのほかの者たちは,馬に乗っている者の長い剣で殺された。その[剣]は彼の口から出ているものであった。そして,すべての鳥は,彼らの肉[を食べて]満ち足りた。-啓示19:17-21

聖書の中の「大いなるバビロン」がイスラム教を表しているならすべてが合致するように思えます
しかし、「大いなるバビロンである大娼婦が七つの頭と十本の角を持つ緋色の野獣」の上に座って聖なる者たちの血で酔っていると示されている点については「はっきりしません」-啓示17:3-6

ただ、はっきりしている点は、
七つの頭と十本の角を持つ野獣」とあるように、野獣と七つの頭は同一であるという点です。
つまり、八人目の王と大いなるバビロンを滅ぼす野獣とは同一であるということです。
大いなるバビロンの滅び他の十本の角も加わることも示されています。
分り易く言えば、
野獣であり八人目の王であるトランプに代表されるアメリカが、十本の角である他の国々と共に「大いなるバビロン」であるイスラム教を滅ぼすというものです。

これがその通りになるかどうかは分かりません

また、緋色の野獣は戦争を連想させます。
従って、第一次と第二次世界大戦が考えられます。
十本の角がそれを更に意味付けています。
しかし、この戦争は主にキリスト教国内のいわば内戦です。

ソ連によるポーランド人虐殺やヒトラーによるホロコーストなどは「聖なる者たち、イエスの証人たち」に該当するとは考えにくいです。

中世のヨーロッパにおける宗教弾圧もこれに該当するとも考えにくいです。
 

この二つの世界大戦にイスラム教がどの程度関与したかは分りませんが、主たるものではなかったことは確かです。
イスラム教過激派などが台頭してきたのはソ連によるアフガニスタン侵攻以降のことです。

更に興味深いのは、
イスラム教の誕生キリスト教がローマ帝国の国教となりその姿がはっきりして来たのはほぼ同じ時期だという点です。
現在のキリスト教が形成されほぼ固まったのが4世紀にはじまり11世紀ごろであり、7世紀に完成したイスラム教と合わせて、キリスト教ユダヤ教イスラム教の対立がはっきりして来たのです。

そして、いわゆる十字軍を派遣しエルサレムを奪還しようとしたヨーロッパのキリスト教国は約200年の間に9回も試みましたがすべて失敗に終わっています(1096年-1303年)
十字軍の失敗により、ローマ教皇や教会の権威は衰退した一方で、ヨーロッパはイスラム文化やビザンツ文化の影響を受け、香辛料や絹織物、医学や数学などの学問がもたらされ、中世ヨーロッパ社会に大きな変化をもたらしましたとされています。

 

その後、オスマン帝国が登場しますが、14-20世紀初頭まで存在したイスラム教スンナ派の大帝国と言われています。

アフリカ北部の地中海沿岸、イスラエル、シリア、トルコ、イラクの西側半分、イラク北部、トルコ、

ギリシャとその北の地域など広範な地域を支配していました。

ですから、これらの国では今でもイスラム教です。

旧ソ連だった国にもイスラム教徒がいるのもこのためです。

これに、東南アジアの国々が加わります。

 

ちなみに、イギリスの委任統治が満期終了後パレスチナ問題を国連に委任し、その国連がパレスチナ人(イスラム教教徒)を分割させイスラエルの建国をさせたのは「十字軍の報復」と言えるかも知れません。
しかし、双方の争いは現在まで続いています

つまり、世界は未だにキリスト教国(ユダヤ教の人々を含め)とイスラム教国の対立が続いているということです。
そして、そのキリスト教国の中に野獣的存在や十人の王たちがいるのです。

これらはルーツを同じにする兄弟なので、いわば、兄弟ゲンカのようなものです。

もしかすると、大いなるバビロンが緋色の野獣の上に座っているというのは、7世紀以降エルサレムを占拠しそこにイスラム教の象徴とも言えるドームを建設し、かつ、その土地にイスラム教徒が住み続けて来たことを示しているかも知れません

つまり、ユダヤ教徒キリスト教のいわば聖地イスラム教が「重石のように居座っている」様を表現したものかも知れません。
その間に「聖なる者たちの殺害」もして来たのかも知れません。-啓示17:3-6

歴史や証拠が明らかになっていませんので確かなことは分りません。

このように考えると、「大いなるバビロン」は古代の都市バビロンと似た様相を呈しており現代のイスラム教を表していると考えることは妥当と判断されます

 

ただ、このヨハネへの啓示がイエスからみ使いを通してヨハネに与えられたのはAD96年とされています。

イスラム教が誕生したのはAD7世紀です。

聖書の編纂はAD4世には構成がほぼ決まり16世紀になって現在の構成に決定しています。

この間、いろいろ議論されていたのです。
その一つが有名なマルティン・ルターの宗教改革です。 

  

それゆえ、大いなるバビロンをイスラム教に適用出来るはずがないと考える人もいるかも知れません。

しかし、聖書の預言では過去にもこのようなことはありました

その典型的な例は、イエスについてです。

インマヌエルという名で預言されていました。-イザヤ7:14、マタイ1:18-23

神は時にまだ存在もしていないものを預言に含めることは過去にも少なくとも二度はあったと記憶しています。

加えて、古代においてバビロンはイスラエル国民と敵対関係にありました。

7世紀にイスラム教が誕生するとキリスト教やユダヤ教と対立関係になりました。

このように考えても、今日のイスラム教は古代のバビロンと似ている点が多いのです。

それゆえ、今日のイスラム教の国や集団を大いなるバビロン」と呼ぶにふさわしいと言えます。

 

この点、ものみの塔は大いなるバビロンを「偽りの宗教の世界帝国」などと説明しています。
これは、自分たち「ものみの塔以外のすべての宗教」のことを指しています。

 

さらに、野獣の正体を国連であるとも述べています。

わたしもこの点に関して、以前は確信がありませんでした

疑問点が沢山あったからです。

しかし、今となっては、これら点に関しても、ものみの塔の見解はハッキリ間違いだということです。

最初も二度目も国連は「野獣としての力」を持っていないのです。
ものみの塔は、預言の解釈でも間違っており、組織化及び活動や振る舞いの点でも多くの罪や間違いを犯している偽預言者」そのものを露呈しています。

 

あなたにはこうした点が分かりますか、見えていますか?
更に言えば、
ものみの塔は大いなるバビロンの一部ではないことがハッキリした今、「彼女から出なさい」という神による「警告」についてもはっきりしました。

それは、イスラム教から離れることです。

古代イスラエルにおいて、神に従わなかった人々の多くは近隣の諸国の偶像崇拝もしくは偶像礼拝を行い「神の不興」を買い、度々滅ぼされています

彼女から出なさい」とはこうしたイスラム教に代表される「偶像崇拝」から「出る」ようにという命令と考えることが出来ます。


ものみの塔は「精神的偶像礼拝者」であり「偽預言者」であり「イエスに退けられた書士やパリサイ人の現代版」であることは、もはやハッキリしています。
したがって、ものみの塔もその信者も「神の裁き」を受け「滅ぼされる」組織そして人のグループの一つであることに変わりはありません

こういう意味では、ものみの塔から脱退すること「命に係わる」問題です。

世の終わりを生き残りたければ、ものみの塔から脱退すべきです。

 

以前のわたしのブログの中での、こうした事柄に関する見解の中で、ハッキリしない部分は「・・・かも知れません」などと述べて来たつもりです。

もし、間違っていたら「訂正し、お詫びします」

 

故に、
今の体制を生き残る人々の中には「思いがけない人々」もいる可能性があります。

冒頭述べましたように、
神は考えは計り知れないのです。
その行動は更に思いがけない、また、信じられない程の事なのです。
この点は「誰にも分らない」のです。
起きて見ないとはっきりしないことです。

しかし、出来事を見てもこれを理解しない人がいることも明らかです
実際、神の行われたことを目の当たりにした古代イスラエル人たちの多くはそのようでした
神の業そのものを見ても尚信じず従わなかったのです。

それゆえ、イスラエル人は諸国民に対して王たる国民の立場という特権を失いました
4 『あなた方は,わたしがエジプト人に対して行なった事柄を見た。それは,あなた方を鷲の翼に乗せてわたしのところに連れて来るためであった。
5 それで今,もしわたしの声に固く従い,わたしとの契約をほんとうに守るなら,あなた方はあらゆる民の中にあって必ずわたしの特別な所有物となる。全地はわたしのものだからである。
6 そしてあなた方は,わたしに対して祭司の王国,聖なる国民となる』。
-出エジプト記19:4-6

イスラエル人はこの特権を失いました

そのため、神は新しい契約をイエス・キリストと締結し「神の王国」となる人材を集めることになったのです。
9 しかしあなた方は,「選ばれた種族,王なる祭司,聖なる国民,特別な所有物となる民」であり,それは,闇からご自分の驚くべき光の中に呼び入れてくださった方の「卓越性を広く宣明するため」なのです。
-ペテロ(一)2:9

 

この集める業は既に終了しています。

しかし、地に住む者たちを集めることは「まだ、続いています」


地に対する神の事柄は、霊的天だけでは完成しないのです。

地上に実際に住む人間がいて、初めて完成を見るのです。

その完成形が神による、いわゆる再創造です。

新しい天と新しい地、新しいエルサレム、聖なる都市です。

啓示21章
それからわたしは,新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去っており,海はもはやない。

2 また,聖なる都市,新しいエルサレムが,天から,神のもとから下って来るのを,そして自分の夫のために飾った花嫁のように支度を整えたのを見た。

3 それと共に,わたしはみ座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ! 神の天幕が人と共にあり,[神]は彼らと共に住み,彼らはその民となるであろう。そして神みずから彼らと共におられるであろう。

4 また[神]は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」。

(これは、神の王国の人々のことです)

  

啓示22章
また彼は,水晶のように澄みきった,命の水の川をわたしに見せてくれた。それは神と子羊とのみ座から出て,

2 その大通りの中央を流れていた。そして,川のこちら側と向こう側には,月ごとに実を生じ,実を十二回生み出す,命の木が[あった]。そして,その木の葉諸国民をいやすためのもの[であった]。

(これは、地上の人々のことです)


3 そして,もはや何ののろいもない。神と子羊とのみ座が[その都市]の中にあり,その奴隷たちは[神]に神聖な奉仕をささげるのである。

4 彼らは[神]の顔を見,そのみ名が彼らの額にあるであろう。

5 また,夜はもうない。それで彼らはともしびの光を必要とせず,太陽の光も[持た]ない。エホバ神が彼らに光を与えるからである。そして彼らは限りなく永久に王として支配するであろう。

(これは、神の王国のその後の状態のことです)

 

あなたはどのように思いますか。

神の言葉は着実に進展しており間もなくすべてのことが明らかになります
悪魔が底知れぬ深みに闇に閉じ込められるのも、もう直ぐだということです。

そして、キリストと神の王国によるの千年統治が始まるのです。

そして、その統治が終わると新しい地とあるように、神がアダムを創造しノアの大洪水の時までのような地球、あるいは、今のような地球ではない新しい環境や状態の地球となるのです。

それは、ものみの塔の挿絵にあるような地球ではありません

ものみの塔の挿絵では「有り得ないことが沢山描かれている」からです。

ものみの塔の挿絵は「単なる希望、あるいは、願望」に過ぎません。

あなたには挿絵を見てそれが分かりますか?

分からなければ、ものみの塔に騙されているのです。

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:七つの災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いのこと 
 です。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えているのです。  
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)
今回は、人にとって自由を求めることは本当に善いことでしょうかという話です。

以下は、戦争などをしていない比較的平和な国、日本のような社会での話です。

 

誰しもが求める自由ですが、
自由は他人との関係では迷惑を生み出す場合が多いものです。
「自分の自由は誰かの迷惑を生み、誰かの自由は自分の迷惑を生む」となることがあるのです。
ですから、自由は人にとっても平和にとっても迷惑なのです。

いわゆる道徳的な自由は良いと言えるかも知れません。
なぜなら、道徳は善を勧め悪を規制するからです。

誰かの自由は他人の迷惑となると、その人々の間では対立が生まれ、争いや犯罪に発展することは良くあることです。

こうしたことは誰もが分かっていながら、自由に振る舞い、自由に活動することを追い求めているのです。
人に迷惑を掛けなけば何をしても良いと考える人も多いと思います。

社会の中で自由に振る舞って誰かの迷惑にならないことがあるでしょうか。
殆ど有り得ないことです。

世の中はこうして次第に険悪になって行くのです。

人は自分の欲望のままに自由に振る舞っても何でも思い通りに出来る訳でもなる訳でもありません。
それが自分の能力によるものなら誰にも文句は言えませんが、誰かのせいだと思うようになればこれは遺恨となって暴力や犯罪の原因となります。

それでも人は自由な活動を、自由な振る舞いを求めるものです。
では、どうすれば他人に迷惑を及ぼさない自由な活動や振る舞いが出来るでしょうか。
社会では道徳的振る舞いが求められるということです。
それは、ある意味法律を超えた「善悪の規制」とも言うべきものです。

法律は、いわば世の中の「最低限のルール」だという考えです。
現実に法律はすべてを網羅している訳ではありません。
そのため、ことあるごとに法律の必要性が訴えられ国会で審議されやっと法律になって行くのです。
個人情報や様々なハラスメントなどに関する法律は最近できた法律です。
ストーカー規制法もそうです。
こうした法律はいわば迷惑を防止する法律です。
逆に言えば自由を規制する法律だということです。
しかし、こうした法律が出来たとしても、犯罪は無くなりません。
つまり、法律による規制だけでは人の自由を抑えることは出来ないのです。

今現在の世の中の人々の振る舞いなどを良く観察していると、昔皆が抱いていた道徳、あるいは道徳心というものが殆ど失われていることが分かります。
その原因は、犯罪が多く人を信用出来なくなったからです。
正直者は馬鹿を見る、損をする、騙されるということは道徳心によって抑えられていましたが、今はその言葉通りの世の中になってしまったのです。

ところが、犯罪を更に増加させる原因ともなっているのが、昔のような商店街が随所にあり、いわば、世の中まだ捨てたものではないと思わせる場所があるということです。
つまり、人を油断させる場所が各地にあるということです。
こうした場所が悪いと言っているのではありません。
悪事を働く人にとっての「格好の餌」となっているということです。

疑い深い人や警戒心の強い人は犯罪被害者になる確率は低いですが、まだ、人をあまり疑わない人も少なくないのです。

実際人は、誰かに騙されない限り、殆ど人を疑わないものです。
誰かとの約束が守られるので社会活動が出来ているのです。

つまり、世の中の大半の人々は善い人で悪事を働く人は少数なのですが、その僅かな人々が犯した犯罪が大々的に報道されることであたかも世の中全体が悪くなったかのような印象を与えているということです。

おそらく、心で「悪いことを考えたりしたことのある人」は100%でしょう。
その悪いことをしないように心を抑える人は90%はいると思います。
心を抑えられない10%の人が犯罪を犯す訳です。

そして、その10%の人々の内実際に捕まるのは10~20%と考えることが出来ます。
つまり、犯罪を犯して捕まる人は全体の1~2%だと思います。

逆に言えば、世の中の90%は外見上は善い人なのです。
これは犯罪の場合ですが、
犯罪にならない「迷惑」は、おそらく100%です。
つまり、誰でも人の迷惑なことをしているのです。

しかし、これを完全に抑えると人は何も活動出来ないことになってしまいます。
そこで求められるのが道徳心なのです。
つまり、悪いことをしないで、人に迷惑を掛けないように気を遣いながら自分のやりたいことをするという「気持ち」が大事だということです。

更に必要なことは、迷惑をかけた人はその人に謝りその迷惑行為をし続けないことであり、迷惑を掛けられた人は迷惑をかけた人に寛容さを示し感情的になったり怒ったり怒鳴ったりしないことです。
自分もいつかは誰かの迷惑になるかも、あるいは、既になっているかも知れないからです。

話は変わりますが、
最近は余り聞かなくなりましたが熟年離婚ということが言われた時期がありました。
ドラマにもなったこともあります。
大抵は、夫は家族のために定年まで働いて来たと思います。
妻も、子育てをし家事をし、場合のよっては自分も働きこうして家庭を支えて来たと思います。
今迄、夫は仕事で留守にしていたのが定年と同時に1日中家にいると妻は夫を煩わしく思うものです。
放って置けば良いのですが、夫もあれこれ家の中でやり出し、それまで妻が一人でやって来たことを掻き乱す場合もあります。
こうなると妻もやりきれなくなり、以前一人で家の中を切り盛りしていた時の自由を求めて離婚を切り出す訳です。
だからと言って、こうした夫婦がすべて離婚する訳ではありません。
むしろ、一緒にいる方が何かと都合が良い場合も多いのです。
とりわけ、生活に十分な年金を貰うことが出来る人はゆっくりとした自由な、いわば、第二の人生を満喫することも出来るのです。
十分な年金を貰うことが出来ない人は更に働き続ける必要があります。
中には、十分な年金を貰っていても仕事が好きで働いている人も良く見かけます。
近年は医療費の高騰ため個人の保険料の負担が大きくなっています。
こうしたことも仕事を続ける理由の一つとなる場合もあります。
あるいは、自分で畑などをする人もいます。
どのように生きてもその人の人生ですが、幸せを感じ満足の行く人生を送れるかどうかはその人次第であることは言うまでもないことです。

おそらく、ゆっくり生きて来た人は長生きをし、急いで生きて来た人は短命かも知れません。
人と張り合い競争を、あるいは人生の成功を追いかけて、いわば、身を削って生きて来た人は短命で、欲も持たず我も張らず穏やかに生きて来た人は長生きかも知れません。

人間は人との関わり合いで生きていますから、どのように人と関わるかで自分の人生も寿命も決まると言っても過言ではありません。

話は最初に戻りまして、自由と迷惑それを規制する道徳心これがその人の人生を決定づけるのです。
若い人には理解出来ないかも知れませんが、人生とはそうしたものなのです。
年取ってから分かる人も多いですが、若いうちからこうした考えで生きることは良い人生を送ることに繋がるのです。
誰しもが苦難に喘ぐ人生を送りたいとは思わないものですが、人は、自分の欲望のままに生きているとその先には苦難が待っているものです。

犯罪を犯し刑務所で刑に服すると、あらゆることが規制されます。
そこには殆ど自由はないのです。
加えて、刑務官に逆らうことさえ出来ません。
美味しいものも食べたいものも食べられず、入浴も毎日出来ず、歩く時も列を乱してはならず、誰かと自由に話すことも出来ず、大声を出すことも出来ず、妻あるいは夫そして子供たちにも会えず寂しい思いをすることになります。
自分の犯した犯罪を自覚し刑務所での生活を止むを得ないと思う人もいるかも知れません。
懲役刑なら毎日のように仕事などがありますが、禁固刑だと何もすることがなく、ただ狭い部屋に閉じ込められるのです。
刑務所の食事がどのようなものかは知りませんが、それ程まずくも美味しくもないのではないでしょうか。
食べられるだけましかも知れません。

人は他人の迷惑を考えずに自分の思うように自由に生きていると、おそらく、その人の人生は悲惨なものとなる場合が多いと思います。
生まれた家が裕福でなければ当然働くことになりますから、自由な生き方は出来なくなります。
それでも1日の内三分の二は自分の時間である人が多いと思います。
その自分の時間や休日に、自由に思い思いに過ごすことになりますが、いわゆる羽目を外しやりたい放題のことをすると、誰かの迷惑となったり人と争いとなったり犯罪を犯すこともあるのです。

人は生まれたままの本能のままでは幸福で満足の行く人生は送れないのです。
社会で生きて行くにはルールを守る必要がありますが、法律は最低限のルールでしかないのです。
法律にないから何をしても良いわけではないことは周知の事実です。
ですから、道徳心が必要なのです。

あなたはこの道徳心を持っていますか、そして、それを実践していますか?
道徳心とは善悪を判断し悪を行わず善を行うための動機です。

同じようなことですが、
義と不義ということもあります。
簡単に言えば、義とは正義、正しいことであり、不義とは義に欠けること、悪いことということです。

道徳心を持ち義を行う人を「神は喜びます」
つまり、神はそのような人を是認するのです。
神の是認を受けた人には神からの最高の賜物(自分の能力を十分に発揮すること)を受けられます。
ちなみに、この場合の義とは神の義」つまり、神から見て正しいことという意味です。

例えば、悪を憎むことは「神の義」となります。

難しい言葉を用いず分り易く説明したつもりですが、如何だったでしょうか。
あなたはどう思いますか?

人は自由を求める生き物です。
ですから、自由を求めること自体は善いものです。
しかし、そこにはルールもあるということです。
悪いことをしないで、人に迷惑を掛けないように気を遣いながら自分のやりたいことをするという「気持ち」が大事ということです。
道徳心と義の心を持ち実践することです。
法律は最低限のルールでしかなく、法律に無いから何をしても良いということではないということです。
もっとも、人は法律のすべてを知っている訳ではありませんから、あまり、法律のことは意識していないと思います。
人が知っているのは基本的人権や刑法に関する「大雑把な事柄」だけです。
人は法律を守っても人に迷惑をかけ、また、悪事も行うのです。
ですから、人に迷惑を掛けずに自分の自由な思いを実現するためには法律以上のことが求められるのです。

 

あなたは自分の自由をどのように考えますか?

箸休め-2回目です。

少し早かったかも知れませんが、ま、善いでしょう。
この記事は、いつもの聖書の考えを元にした[善悪]などの記事を離れ「一服」しましょうという内容のものです。
分かってはいても、少し興味深いかも知れません。

気楽に読んで下さい

もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

不定期投稿です。

第2回は栄養バランスは本当に大事かというものです。  

世の中では栄養バランスが大事だと毎日テレビやネットで言われています。
サプリメントにおいては、これが最も重要だなどと言って観ている人に自社のサプリを売り込もうとしています。
これにつられて購入した人も非常に多いと思います。
しかし、現実に本当にそうでしょうか
サプリメントは健康補助食品つまり食べ物です。
確かに食べ物で体調が変化したり悪くなるということはあります。

個人的には、サプリメントで善くなったことも悪くなったこともありません

つまり、効果があるのかないのかはっきりしません。

ある意味、無害ではあるが不要のものかも知れません。

実際、飲まなくてもその後何の変化もありません。

食事の現実を良く見て見ますと、
野菜中心だけの人もいます、肉中心だけの人もいます。
しかし、これらの人々は必ずしも健康を害している訳でもなく、むしろ健康な場合が多いものです。
これは、必ずしも「栄養バランスが悪いと
健康を害する」ということが正しい訳ではないことを証明しているのではありませんか

人間の体は良く出来ています
人間は絶えず新陳代謝を繰り返しているので常に体がリフレッシュされ健康で生きていられるものです。
例えば、新陳代謝にはコレステロールが必要であり、コルステロールの大部分は肝臓で作られています。
不足分を食物で補っている訳です。

そして、使用されず余ったコレステロールは再び肝臓の戻って来ます。

このようにして、コレステロールは肝臓を通していわば循環しており、常に必要なコレステロール値を維持しているのです。

これは痛風の原因でもある血中尿酸の量に関しても同様です。

大部分は肝臓で作られています。

このため、食事では血中尿酸値をコントロールすることは「不可能」に近いです。

わたしは長年に渉って尿酸値を下げるよう様々な方法を試しましたどれも効果がありませんでした

ついに、意を決して薬を服用することにしたところ、たちどころに治りました

その後、尿酸が原因の関節の痛み、痛風は一切でなくなり快適な毎日を過ごしています。

畑の重労働での筋肉痛や疲労以外は関節を含め全く問題ありません。
 

健康診断を受けますと、尿酸値やコレステロール値の問題を指摘する医師などが大部分ですが、その指摘は必ずしも正しいとは限らないのです。
新陳代謝量には個人差があります。
これを無視した医師の助言ナンセンスなのです。
とわたしは考えてコレステロール値を下げる薬の処方には同意しませんし、一度医師の処方に従って服用したことがありますが、2、3日で調子が悪くなったので中止し、それ以降は一度も服用していません。
コレステロールというと直ぐに脂肪(筋肉や骨の間に蓄積されている黄色のゼラチン質のようなもの)と結びつけますが、これさえも適度に必要なのです。
人間は脂肪がなければ、おそらく直ぐに死んでしまいます。
体を維持出来なくなるからです。

人間の、いや、すべての動物の消化器官は、毒以外の何を食べても大抵は消化し、体内に吸収しやすい形に分解します。
そして、その分解されたものが肝臓などで体に蓄積しやすいように変化させ溜めて置き、エネルギーや栄養素が必要な時にこれらを用いることが出来るようにしているのです。
それゆえ、野菜中心の食事でも健康でいられるし、適度な運動をすると筋肉質の体にすることも出来るのです。
肉中心の食事でも同様です。

例えば、牛や豚や鶏は草や穀物や飼料しか食べておらず、肉などは一切食べてはいません
なのに体中が筋肉の塊のようです。
人間はその肉を食べているのです。
牛の乳を飲み、鶏の卵を食べているのです。

神は初め人間の食物として果物と種を結ぶ草木を与えました。-創世記1章を見て下さい。
基本的に人間はこれだけで十分なのです。
しかし、ノアの大洪水の後、地球の環境が変わり、直射日光が地面にまで到達するようになりました。
当然、人間にも大きな影響を与えました。
神はその時以降人間に肉を食べることを許しました
おそらく、直射日光に当たることは人間のエネルギーの消費をそれまでよりも多くするので、野菜だけではエネルギーを補うには不足だったのです。

それゆえ、神は人間が肉や油を食べることを許したのです。
肉や油はエネルギー源としては余り効果的ではありません。

糖質には即効性がありますので取り過ぎには注意が必要です。

つまり、肉や油はいわば「車の潤滑剤、グリース」のようなもので、糖質は「車のガソリン」のようなものです。
直射日光に当たらなければ野菜と果物だけで十分なエネルギーなのです。

また、糖質は余ると、いわゆる、牛などの霜降りとまでは行きませんが内臓や肉の周囲の脂肪として体内に蓄積され、必要に応じてこれらは消費されますが、消費よりも蓄積が勝ると太る訳です。

そして、蓄積された脂肪は血管や神経や臓器を圧迫したり機能を疎外することがあるので健康被害をもたらします。(グルコースの働きを参照してください)
したがって、
人間は甘いものは極力控えるべきだと考えています。
食べ過ぎは、間違いなく寿命を縮めます

医学的にも、長寿遺伝子「サーチュイン遺伝子」に大きな影響があることが分かっています。

これは果物の食べ過ぎでも同様です。
特に人工甘味料はおそらく「毒」の一種と見なしても良いとさえ考えています

人間は雑食ですから何でも食べますが、必要な食べ物の種類は僅かなのです。
今や、食べ物が豊かにあり飽食の時代でもあります。
人々は美味しいものを求め続けています

しかし、
ある意味、ラーメンなどは幾ら美味しくても健康を考えると「最悪の食物」かも知れません。
他にも、様々なケーキの類や甘いお菓子やアイスクリームやこういったものは、たまには食べても良いとしてもいつも食べるのは命を縮めるのです。
もしかすると、人生でこうした甘味料の食べる限界量が決まっているのかも知れません
例えば、人間生涯に渉って甘味料の食べる量が甘味料の量だけで10㎏を超えると「必ず病気になり死に至る」と。
何となくそのように思います。

 

(追記)

が、あながち根拠のない話ではありません。

食べ過ぎと関係ありますが、例えばすい臓のインシュリンの生成量もしくは消費量に限界があり、あるいは、すい臓に負担がかかり過ぎるとすい臓に炎症あるいはガンが生じるかも知れません。

すい臓は肝臓と同じく「沈黙」の臓器に近い所があり、長年違和感や痛みなどがあっても、専門医でもこれを発見出来ず、分かった時には手遅れということがしばしば起きています。

すい臓が悪くなり、糖尿病になったりすい臓がんになってしまう人は少なくありません。

すい臓がんは最も致死率の高い病気の一つと言われています。

(追記-終わり)  

 

わたしも甘いものは嫌いではありませんが、例えば、コーヒーにオリゴ糖や砂糖を入れることがありますが、1杯目でも既に兆候が出て来ます。

2杯目になるとてき面に体に変調を、特に、胃の調子が悪くなりなんとなく体に異変を感じます
以前、胃や腸の動きが悪い時に甘いコーヒーを飲むと胃が落ち着きやすくなるためよく飲んでいましたが、2杯飲んだだけでそれ以上に胃の調子が悪くなるのです。
これは、体自身がわたしに教えているのです。
ですから、基本的に甘いものはあまり食べなくなりました
最近では塩味も感じやすくなり、飲食店で食べても家で食べてもしょっぱく感じています
こうしたことは年のせいかも知れません。
若い時ほどエネルギーを使っていませんから

人間「塩分」も適量必要なことも分かっています。
畑仕事は重労働でエネルギーを沢山使い汗も沢山かきますが、年寄りの肉体ではそれ程多くはないということでしょう。

そのため、少量の塩とビタミンCをスポーツ飲料水(電解質で体内に吸収し易い)に混ぜたものを作業の合間に飲んでいます。

風邪を引かないための予防効果は十分あり、昔から実証されていることでもあります。
従って、今では、体の要求や指示[反応]に逆らわずにいます
それが健康の秘訣かも知れません。
今でも、畑で作業をする日は基本1食で済ませています。

ある意味、毎日短時間の断食をしているということです。
疲れてはいますが、健康そのものです。
持病がありますが今のところ悪くなっていないようです。

 

(追記)

ちなみに、わたしの家系の遺伝では、発症はしませんが糖尿病の疑いが祖父や父にあり、また、高血圧の部類に入ります。

若い時から糖尿病には最も気を遣っていました。

しかし、痛風は聞いたことがありませんし、わたしも飲酒は殆どしませんし飽食は一度もしたことが無いのに痛風になってしまいました

もしかすると、母親の家系の遺伝かも知れません。

母が存命の時にこうした話をしたことが無いので分かりません。
(追記―終わり)


昔良く、癇に障る疳の虫あるいは癇の虫という表現を聞いたことがあります。
つまり、怒り易い、あるいは、怒ること、怒りを表現した言葉です。
小さい時甘いものを食べると良く言われたものです。
癇とは癇癪の癇のことです。
そのため、今でも甘いものを避ける人がいます。

 

興味深いのは、細菌や虫や動物も「甘いものによく寄ってきます

これは、臭いが原因かも知れません。

甘いものにカビは生えやすく、虫は甘いものに寄って来ますし、動物も好んで食べます。

正し、濃度の濃いものにはこれらのようにはならないものもあります

 

人間に必要なのは体が必要なものを作るための「要素=必要なものを作るための分子」だと考えています。

医師や栄養士などはこれを「栄養」という言葉で済ませていることが多いです。

つまり、三大栄養素やミネラルやビタミンなどのことを「一括り」で言っているのです。

 

この点、わたしの考えは少し違います。

野菜を食べても肉を食べても消化され分解されれば肝臓で蓄積される時の分子や分子構造に、あるいは、化学的には大きな違いはないのではないかと思います。

つまり、栄養素ではなく、それらが分解された後の成分の事を言っています。

同じではないかと言う人もいるかも知れませんが、そうではありません。

肉にしても野菜にしてもタンパク質、炭水化物、脂肪という要因で考えるのではなく、例えば、たんぱく質であれば、アミノ酸かそれを更に分解した物質の単位の事を言っているのです。

 

ある意味、iPS細胞の如く、食物が「再生できる最小単位(分子)に分解」され、それを用いて体に必要な様々な物質や酵素やホルモンなどを生成しているのです。

更には、血液やリンパ液などのように脊髄や臓器によって造られる様々な物質もあります。

また、様々な免疫細胞によって不要な細胞や細菌やウィルスや物質などを除去することで健康が維持されています。

このために最も重要な働きをするのが、ホメオスタシス(生体恒常性)で身体の外から受ける環境や体内部の変化にかかわらず、身体の状態(体温・血糖・免疫)などを一定に保つことです。

何らかの原因でこれが乱れると人間は「病気」になり易くなるのです。

 

話を食べ物に戻しますと、内臓は外部から取り入れたものを体に必要なものに変える「変換装置」のようなものです。

 

人間が生き続けるために必要なものの殆どは肝臓で作られています

しかし、人間が生きるために必要ではありますが肝臓で作れないものも存在します。

そうしたものは食べて補うしかありません

良く必須アミノ酸という言葉を聞いたことがあると思います。

たんぱく質を構成している20種類のアミノ酸のうち9種類のアミノ酸は、体内で合成することができません。 これを必須アミノ酸と呼び、食物から摂取する必要があります。

  

L-イソロイシン、L-スレオニン(トレオニン)、L-トリプトファン、L-バリン、L-ヒスチジン、L-フェニルアラニン、L-メチオニン、リシン(リジン)、L-ロイシンの9種類です。

アミノ酸にはL体とD体という2種類の立体異性体が存在し、生体を構成するタンパク質のアミノ酸はほとんどがL体です。
L体とはアミノ酸は、中心となる炭素原子にアミノ基、カルボキシル基、水素原子、そして側鎖が結合しています。これらの配置の違いによって、L体とD体という鏡像異性体が生じます。

L体は、アミノ基が左側に配置されている構造を指します。

必須アミノ酸のリシン以外はすべてL体という構造をしています。

 

こうしたことを知っている人は多いと思います。

これらすべてを摂取出来る食物は、肉だけでも可能ですし、3種類を除いて野菜だけでも可能です。

更に人間に必要な要素はビタミン類です。
例えば、ビタミンB が欠乏すると脚気になり、最悪死に至ります。
かつての日本陸軍は白いご飯だけを主食としていたので脚気で死ぬ人が多かったと言われています。
それに対して海軍は米に麦を混ぜたりパン食だったので脚気に罹る人はいなかったと言われています。
有名な話しです。

兵士になる前は殆ど食べられなかった「白米=銀シャリ」を食べさせることで兵士の徴用と兵士に満足感を与えたことは間違いありません。

これは、それぞれの軍医の考え方の影響であったことも分かっています。
そこで、登場してくるのが北里柴三郎(細菌学者)や森鴎外(後に作家となりました)です。

参考までに、現在、自衛隊では米と麦(昭和50年代でも米3分に麦7分と言われたものです。米も古古古米という古いお米と聞いています)を混ぜたご飯を食べさせています。

わたしは50代のころは、麦飯(ビタバレー100%麦)だけを食べていました


以下を参考にしてみて下さい。 

  

体内で作れない上に蓄えることの出来ないのがビタミンです。  

このビタミンは体の機能を正常に働かせるためには必要不可欠なものです。

このビタミンが欠乏すると体の調子が悪くなります。

  

更に必要なのがミネラル成分です。  

体内でのミネラルの働きは大きく分けて3つにまとめられます。
①身体の構成材料として働く・・・骨、歯などの身体の構成成分になる。
②生体機能の調整を行う・・・体液に溶けてph・浸透圧を調整する。神経・筋肉の興奮性の調整をする。
③タンパク質などと結合して働く・・・酵素の構成成分となる

と言われています。

  

ビタミンやミネラルの多くは野菜に含まれています。

ですから、一部のアミノ酸を除けばすべて野菜だけで十分健康でいられることが分かります。

必ずしも、三大、いや、五大栄養素をバランスよく摂る必要はないと考えています。

 

私自身は小さい時から肉や魚が好きではなく殆ど食べませんでした

大人になって「宴会」などの時にはわざわざ私のために野菜中心の料理にしてくれたこともありました。

今でも、野菜中心の食事です。

ちなみに、ある時からご飯を殆ど食べないようにもしています。

お腹の調子が悪くなるからです。

理由は分かりません

おそらく、小腸か大腸の働きが弱くなったからかも知れません

更に、最近では蕎麦やうどんやスパゲッティさえも余り食べなくなりました

当然、ラーメンやピザなども余り食べません

ケーキやクリスピスやアイスなどのお菓子も殆ど食べません

というより、あると食べたくなるので買わないようにしています

食べない自制心は弱いですが、買わない自制心は強いのです。

これは意図的にコントロールしているのです。

蕎麦やうどんやスパゲッティは「腹持ち」はいいのですが「食べ過ぎ」になってしまうからです。

つまり、太り過ぎる原因になっているからです。

60㎏前後の体重を維持していますが、これを超えると体が重く感じます。

体重が増えると肉体労働では体の負担が大きくなってしまうのです。

それでも、体は元気ですが体力が著しく落ちています

年のせいです。

かつて、三日間ぐらいの絶食=断食を何度もしたことがありますが、その時の爽快さは「最高の気分」でした。

加えて、宿便まで出るので内臓のすべても生き返ったようになったものです。

当然、頭もスッキリとしました。

残念ながら今では出来ません、なぜなら、命に関わるからです。

年と共に体力がなくなったからです。

断食には基礎的な体力が必要なのです。

 

みなさんも健康と食事について、少し深く考えて見るのはどうですか?

もしかすると、健康寿命が長くなるかも知れませんよ。

前文です。
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネへの啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18 
神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適 用されます したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです) 

今回は、ものみの塔の集会や活動や行い神とキリストに是認されたものではないという話です。

ものみの塔聖書などの個人研究を勧めておきながら研究をさせる時間を奪っています
それは、週ごとの様々な集会でのプログラムやいわゆる伝道活動など個人でじっくり聖書の内容やものみの塔の述べる事柄などに関してより深く調べる時間を妨げていると言うことです。

 

具体的には、ものみの塔の研究記事の討議と予習、書籍の討議と予習、神権宣教学校の割り当てとその準備、日々の聖句の討議と予習、週ごとの聖句の朗読、個人による聖書通読、奉仕会による伝道活道の指示を行うこと、伝道活動、関心ある人との討議、関心ある人への再訪問、巡回大会と地域大会への準備と参加、記念式への出席、公開講演への出席などなどやるべきことが沢山あり、とてもじゃないが個人的な疑問や知らないことなどを調べたり研究したりする時間を取ることを難しくしているのです。-マタイ23:13

 

疑問な点を調べたり研究するには「集中した多くの時間」を必要とするものです。

毎日少しの時間を継続するという方法では「無理」なのです。

 

ものみの塔は意図的に忙しくさせることで、いわゆる「霊的な事柄で心を満たす」ことで「世のものとならない」ことが出来ると主張していた時期もありました

しかし、このことで逆に信者は自分の時間を持てず疑問があっても十分に調べることも出来ず「盲目的にされている」ことは事実です。

つまり、他のことを考える「いとま」を与えず、また、ものみの塔の言うことや見解はすべて正しいと思い込ませているということは、そうすることでいわば「洗脳している」のです。

ある意味、幼い子供を「騙す時のようにしている」のです。

幼い子供は知らないことが多いので大人の言うことを「真に受ける」ものです。

ものみの塔の信者はまさしくこの状態なのです。

 

その「罠」に捕まった多くの人他の人の意見も考えも聞かず考えることもしない盲目的な信者」となっています
初めに述べたようなものみの塔による信者の活動や振る舞いなどは、すべてものみの塔の指示であり、必ずしも聖書に根拠のある事柄ではないのです。

すべて「ものみの塔がある意図を持ってそのようにさせている」のです。

こうしたことは、「人間の考え」です。
こうした点でも、ものみの塔は人間の命令をおきてとして教えていることは明白です。-マタイ15:8、9

 

こうした行為は、つまり、個人や組織としての信者の振る舞いや活動に関して「助言、指図、指導」を行うことは、ペテロやパウロなどの「使徒」と「自分たちを同列に置いている振る舞いです。

現実には、ものみの塔はそうした「権限」「権威」を誰からも受けてはいないのです。

従って、

こうした行為や信者の活動神とキリストの命令や指示によるものではなく「自発的な宗教集団、あるいは、団体としての活動」ということなのです。

発言や振る舞いや教えや活動などは、ある意味、カルト集団と同じということです。

 

それでも、個人的に聖書について話したり聖書の教えに従ったり守ったりすことは「誰にも止められてはいません

ものみの塔に限らず誰にでも「許されている」のです。

ものみの塔の「助言や指図や指導」推奨であって強制や規則ではないので従わないことも休むことも本人の自由です。

それなのに、ものみの塔も信者もものみの塔の聖書の解釈による「助言や指図や指導」に「従ったり守る」ことを、あたかも、神とキリストの命令であるかのように考え、また、教えて、いわば、他の信者を「牛耳って来た、そして、いる」のです。
 

例えば、会衆の長老たちは信者が集会や大会などを休むことを快く思いません
それゆえ、度々集会を休んだりすると長老たちは「その人に探りを入れつつ、助言を与える」のです。
ものみの塔も会衆の長老たちも信者全員がすべてに出席し「学ぶこと」を期待しているのです。
その期待のそぐわないと助言が[剣やこん棒]のように「飛んで来て」信者を痛めつけるのです。

まるで、キリストが活動していた時代の書士やパリサイ人のようです。

 

ものみの塔とその信者は「神とキリスト」に対する期待を「余りにも大きく持ち過ぎて」常軌を逸しているとさえ言えるのです。

こうしたことは
背教の兆候の一つです。
わたしには、イエスの時代
書士やパリサイ人たちがユダヤ人たちの間で、いわば律法を司っているかのように振る舞っていたであろう様子が目に見えるようです。

あたかも、現代の警察官が市中を見回り監視しているようなものです。
殆どのユダヤ人たちは律法に関して彼らの言うことを聞いたに違いありません。
彼らはユダ人の最高法廷であるサンヘドリンに出席出来る人の一人でもあったからです。-使徒4:5、6、23:6

おそらく、そこではユダヤ人たちを如何に律法に従わさせるかが議論されたに違いありません。

実際、イエスもこの場で「詰問」されています
ユダヤ人たちにとって律法は神からのおきてであり命令だからです。

 

ユダ人であれば誰か一人の[神に対する罪]のせいで全体が神の災いを被ることを何度も教えられいたに違いありません。
ですから、律法の内容に通じている彼らは、事あるごとに律法を持ち出し、律法に従うよう求めたのです。

こうして、約束のメシアが登場するのを今か今かと待ちわびていました。
今で言うならことあるごとに聖書を持ち出したということです。
実際、彼らはイエスに対しても律法の内容に関して、何度も質問をし「イエスを試して」いました

しかし、彼らは律法に通じていても、活動に熱心であっても「目の前にいるメシア」に気が付かないか、認めようとはしませんでした

現代には四福音書があり、書士やパリサイ人たちがイエスに退けられたことを知っていますが、当時のユダヤ人の大多数は知らず、イエスの側にいた弟子たちやイエスの話を聴いた群衆位しか知らなかったし、イエスを「メシア、神の子」として殆どのユダヤ人人たちは認めていなかったのです。

その証拠として、パウロ自身、サウロと呼ばれていた時イエスの弟子たちを探し出し捕まえて投獄することに熱心でした。

神に対する強い信仰がそのようにさせたのです。

おそらく、サウロ(パウロ)は自分では「罰を与える」ことはしていません

自分の立場を良く理解していたからです。
ステファノはそんな彼らに殺されたのです。
サウロもその場にいて、それを良しと思っていました。-使徒6:1-8:3、9:1、2

律法に通じていて熱心に活動していても、パウロの活動は「間違いだった」のです。

(この点も、ものみの塔も「サウロ」に似ています

 しかし、改宗する以前のサウロ律法に通じていて、しかも、熱心に活動していました神にもキリ

 ストにも「受け入れられてはいなかった」のです)

 

後にサウロは[昇天]したイエスにより「改宗」させられて、諸国民への使徒として任命されています

それは、律法に通じていたからであり、サウロの「神に対する精神態度」をイエスが認めたからであり、書士やパリサイ人のような「邪悪な精神」を持っていなかったからです。

サウロの知識の不足や思い違いを正すだけで良かったのです。

今日、書士とパリサイ人と同じ精神態度を示しているのがものみの塔という組織であり会衆の長老たちです。
彼らは何かあると神とキリストに任命された裁き人でもないのに聖書を持ち出し信者たちを裁いています。
一体誰が彼らにその権限を与えたのでしょうか

特に、年若い「経験も知識も理解も少ない長老」と呼ばれる人たちは、その立場により「驕りと傲慢と思い違いと思い込み」により、まるで、神から裁き人に任命されたかのように振る舞っているのです。
ものみの塔や会衆の長老たちにその権限もなければ、権限を与える資格もないのです。
実際、彼らはその権限がないにも拘らずそうしたことをしているのです。
正に、当時の書士やパリサイ人と「瓜二つ」ではありませんか。

ユダヤ人の社会には会堂と呼ばれる場所があり、そこでは週ごとに、おそらく、安息日である日曜日にヘブライ語聖書、つまり、旧約聖書の巻き物の一部の朗読が行われていました。
人々は
[自発的に]その朗読や聖書に関する話を聴くために集まっていました。
勿論、完成された聖書はなく、イザヤ書など預言の書と呼ばれるものなどがあっただけだと思います。-マタイ4:16-21
当時は、聖書の巻き物が手元になかったので週ごとに会堂に集まって話を聴いていたのです。

そして、イエスもパウロも会堂で教えることが多かったのです。マタイ4:23、使徒13:13-52
そこには聖書、つまり、神の言葉を聞きたいと思う人が大勢集まるからです。

イエスは神殿内で教えていた時、群衆と弟子たちに彼ら(書士やパリサイ人)の告げることはみな行ない、また、守りなさい、しかし、その行ないに倣ってはなりませんと言ったのです。-マタイ23:1-12
その後イエスは彼らを大きな声を上げて非難しています。-マタイ23:13-36

このイエスの彼らに対する非難そのままものみの塔に当てはまると考えるのは妥当なことです。
なぜなら、ものみの塔は書士とパリサイ人と同じことをしているからです。

あなたには「こうしたことが見えていますか?

さて、ものみの塔の信者であるあなたはどう思いますか?

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネへの啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18  

今回は、今日のものみの塔は創設者ラッセルの考えとは異なるという話です。

ものみの塔は創設者のラッセルの時代1800年代後半では、特に、カトリックやプロテスタントなどの教会の教えと自分たちの考えと異なることを強調していました。
つまり、自分たちが聖書に忠実で他のキリスト教は間違っているという点を大々的に宣伝したのです。
加えて、天的な希望と地的な希望の2種類があること、今の事物の体制が滅びることとこの滅びを生き残る人々がいること、キリストの千年支配が行われること、そこでは犯罪も苦しみも悲しみの死も無くなり地上は楽園のような場所になるということを宣伝することに全精力を使っていました。
更には、死者の復活の希望についても宣伝していました。
そして、1914年のその時を待っていました
ところが、何も起きませんでした
しかし、宣伝活動はその後も続けられ、1916年にラッセル自身はその最中に列車の中で亡くなっています
おそらく、ラッセルは今のような大々的な組織は全く考えていなかったと思いますが、ラザフォード、ノアと会長が変わる度により組織化と効率化を図って今日があるのは歴然としています。
ラッセルの始めたことは他のキリスト教の牧師や僧侶の怒りを買い、時には、彼らは政治的な手段を講じて弾圧をしました。
後に、ものみの塔はこの弾圧を聖書の預言に適用させ、あたかも自分たちが神の導きを受けている「唯一の組織」であることを強調してきたとは明らかです。
特に、試練や弾圧に関することと神の導きとを結びつけることものみの塔が良く用いる手段です。

 

しかし、良く考えると「もし、神の導き」で助けられたり高官などに対する良い証言となったというのであれば、
その後の彼らは一体どうなったのでしょうか。
なぜ、その時「神の導きがあった」と言えるのか、現代における神の関与の仕方と導きに関する神の目的と一致していたかの検証がなされてはいません
単に、苦難から助けられたとか高官に証言できたというだけのことであれば、余り意味のないことです。
既に、そうしたことはイエスや使徒たちの時代に生じており改めてそのような出来事に「神が関与する理由」はないのです。
終わりの時には多くの試練が臨むと預言されていたのです。

ものみの塔は自分たちのしていることや自分たちに起きていることがらに対して、明らかに「人間の考え」を抱いており、人間の考えで行動しており、そのため、多くの間違いを犯して来たのです。
彼らの言うことは、初めはもっともらしく聞こえますが、よくよく確かめてみると疑問が噴出するのです。
加えて、何かあるとすぐに「神とキリスト」の名を持ち出し、信仰や忠実を訴えるのです。

よくある例は、

何か良いことがあると「エホバのお陰だ」と言い、悪いことが起きたりすると「悪魔のせいだ」などと身勝手な言い方をすることです。

また、自分たちの伝道に対する反応が悪いと、その家の人やその地域を「山羊」とか「山羊村」などと言う人さえいます。

明らかにこうしたことは「間違い」であり、「神を愚弄しているとは露程も考えないのです。

実に愚かな人たちです。

神もキリストもそのような方ではないことを理解していません
しかも、その実態は「神とキリスト」に従うのではなく、自分たちに従わせるように画策して来たのです。

その理由は、人間の組織だからです。

人間の組織では、どの組織でも組織内での混乱や分裂や争い、また、犯罪などが行われないように「多くの規則」を作ります。

 

ものみの塔も「多くの規則」を作って来たのです。

そして、その組織に忠実であるように「画策」し続けているのです、現在も。

創設者のラッセルにこのような考えはありませんでした

後代のものみの塔の会長が今の組織を作って来たのです。

人間の法律のように、今でさえ「新たな規則」を作り続けています。

それは、今の世の中と同じように、ものみの塔の信者も多種多様、複雑になって、以前の規則では解決出来ない問題が山積しているからです。

すべて、ものみの塔の「人間の考え」が原因なのです。-マタイ15:9

 

もし、ものみの塔やその信者のある者が規則的な内容ではイスラエル国民に与えた律法」も同じではないかと言う人がいるとすれば、その人は「自分を神に等しいとする傲慢な人」です。

そもそも律法が与えられた理由を理解していないのです。

今のものみの塔の規則と律法とはその目的においても価値においても全く異なるものです。

あなたには「それが見えますか?

ちなみに、律法はおよそ1600年間全く変わってはいません

 
ものみの塔も「バカではありませんから物事を抜け目なく行っています」
つまり、ずる賢いのです。
狡猾とも言います。
ものみの塔やその信者が最も嫌う言葉の一つですが、彼らが行っていることは 正に狡猾そのものです。
もっとも、純粋に信じている信者にとっては、ものみの塔は「神」のような存在です。

あたかも、解散命令を出された旧統一教会とその信者のようです。

結論は、現在のものみの塔創設者ラッセルの時とは全く異なる組織に発展してしまったということです。
それでも、これまで聖書に関して調べて来た事柄に関しては「特段の偏見」が見られないように感じます。
しかし、その解釈には「人間の思い込みと偏見」が含まれていることと信者全体の「世の影響と淫行」には甚だしいものがあり「神とキリストに見捨てられている」ことは明らかです。

 

啓示の書の冒頭の七つの手紙を参照してください。

例えイエスに褒められることをしても「悔い改めなければ、報いは得られない」のです。

 

ものみの塔の新しい信者ではこうしたことは分からないでしょう。

なぜなら、ものみの塔を信じ切って、活動や振る舞いにおいて従い続けているからです。

正に、イエスが言われたように「盲目の案内人」であり、共に穴に落ちるのです。-マタイ15:14