Echo de chouette

Echo de chouette

横山仁子の徒然日記です。
音楽の話・日々の気持ちを気ままに綴っていきます。



木曜日、チェコ共和国大使館内の映写室にて、12/12の全国上映前に、"プラハの春 不屈のラジオ報道"を鑑賞してきました。


チェコスロバキア(当時の国)では、共産主義に反感を抱く若者達の熱き結集が民主化運動を引き起こし、1968年、遂に"プラハの春"が訪れました。しかし、自由を得た民衆の歓喜の中、ソ連がワルシャワ機構軍を率いて侵攻。放送局を制圧して「ソ連がチェコスロバキア国民を救出に来た」というプロパガンダを強いる。その緊迫した状況下で、命がけで真実の報道を続けたラジオ局員達がいました。この映画はその実話に基づき制作され、監督は1986年生まれのイジー・マードル (Jiří Mádl )。


"もしこれを放送できたら、世界が変わる"

"誰もいなくなったら何も変わらない"

報道とは?
周りの力に屈する事なく自分の気持ちに忠実に生きるとは?
誠実に生きるとは?
真摯に生きるとは?…等々、問われた深い作品でした。

お若いイジー監督がこの史実を映画化したことは、情報過多、増幅するフェイク情報への大きなメッセージにも思えます。

12日からロードショー。
掬えなかった言葉を拾いながら、もう一度映画館にて多角的に作品を見つめたいと思ってます。

ぜひみなさんにも観て欲しい作品です。

2025.12.9







昨日の9/9 は.重陽の節句でした。

恥ずかしながら、長年9/9 が節句ということを知らずに歳を重ねてきてしまいましたが、神道を少し学んだことで、この日の意味深さも知りました。


去年は慌てて3つの大きなデパートへ食用の菊の花を探しに行ったものの、完売。

「普段あんまり売れないのに、今日はなんだか直ぐに菊の花が全部売れちゃってねー。」と、話してくれた店員さんはおそらく重陽の節句をご存知なかったのでしょう。


今年は、早めに買いに行くつもりが、やはり夕方になってしまった。

半ば諦めつつ店員さんに尋ねると、「そちらにたくさんありますよ」と教えてくださった。いつも売り場の端にひっそりと並べられているはずの菊の花は、目立つ場所に山積みになっていて、"重陽の節句"と太文字で書かれた立札まで置かれていた。

私だけでなく、世の中も日本の伝統行事へ意識を向け、その想いを取り戻しているのかもしれません。


今年は栗ご飯も炊くことにして、ずっしりとした栗を選んだ。

先日手に入れた銀杏の木のまな板と鋼の包丁で、栗の皮むきを楽しむ。

聞き逃していた名演奏ライブラリー番組、"若き日のギドン・クレーメル"の回を流しながら、お気に入りの物云に囲まれて、なんだか妙に幸せな気持ちになる。


「あの子には漆のお重に入れ、菊の花を添えて縮緬の風呂敷で包んで届けてあげよう。」「いつの日か、お重に入った私の味が恋しくなるのかなぁ」などと、あの子の未来の時に自分を重ねた。



満月の余韻が残る夜空の下で、餅米を少し加え、伊勢の岩戸の塩で味をつけた栗ご飯と日本酒に菊の花びらを浮かべて、重陽の節句のお祝いができました。


私も先人の叡智を紡ぐ1人になれたらと願います。


2025.9.10














光陰矢の如し。

既に1週間前のこととなってしまいましたが、素敵な事はシェアしたく、綴ろうと思います。

6/28、弘道お兄さんのご長男の結婚式で音楽担当をさせて頂きました。
佐藤家とは、ご長男と次女が同級生だったことから、PTAの執行部でご一緒したのがご縁の始まりでした。考えてみたら、2人は9年間で一度も同じクラスにはならなかったのですが、嬉しいことに家族ぐるみのおつきあいとなりました。




この度は、身に余るお話しを頂戴したものの、さてどんな形で演奏をすべきか悩みました。しかし、いつも笑顔がシンボルの家族仲良し・佐藤家。
あったかさと、爽やかさの雰囲気を奏でられたら…と願い、娘2人、そして幼い頃からよく知っている、感心するほど身も心も美しいヴァイリニスとの安田沙織さん、そして沙織ちゃんが見つけてくださった、これまた所作も綺麗で誠実なチェリストの丸山悦未子さんのお力を借りて、それぞれの場面に音楽を奏でさせて頂きました。

ちょうど一年前のこと。
弘道さんは脊椎梗塞を発症されました。当初、私はヨーロッパへ出発したところで、本来なら意気揚々と各地の写真をアップしていたことと思いますが、あの時はあまりのショックで、旅先もひたすら祈り続けた自分がいました。
しかし、さすが弘道さん!諦めずに熱心なリハビリを重ねて、奇跡的なご回復と芸能界へも復帰されています。それでも障害が残っており、どんなにかご不自由であろうかと想像をしていたのですが、そんな心配を吹き飛ばすほどの明るいお出迎え。驚嘆と嬉しさが入り混じり、一層心を込めて弾かせて頂こうと思いました。

演奏者の特権で、披露宴の全てをご一緒させて頂いたわけですが、最初から最後まで佐藤家ならではの、笑いいっぱいの明るい雰囲気、みんなが楽しく過ごしている様子に、我々音楽隊もすっかり惹き込まれて、爆笑してしまうことも度々でした。佐藤家のお3人は、写真にお喋りに、たぶん着席していたお時間は皆無ではなかったかと思います。
弘道さんも上着を脱いで踊った、日体大の名物踊り「エッサッサッ」❗️、速水けんたろうさん、茂森あゆみさんのお祝い演奏🎶
間近で味わえて贅沢なことでした。

歓談の時間では、娘2人との6手連弾を入れて、密かに寿ぐ❤️ができました。



弘道さんのご挨拶の際は、ピアノソロでどうしても寿ぎたく、選曲をしました。練習中にも、復活した弘道さんの父としての思いを重ねると胸がいっぱいになってしまい、泣かずに弾けるかどうかと思うほど。
しかし、私の想像とは異なり、どこまでも明るく、私も含めてのお一人一人のお名前を誦じて、スタッフの皆さんにも心が行き届いた感謝の言の葉を述べられました。弘道さんの人に対する確固たる思いを感じるご挨拶にただただ敬服。
まるで、皆さんを繋ぐあったかな愛の大きなリボンで会場全体を結んでくれたかの様。
こんな素敵なご挨拶に合わせて弾いていることに私も感謝の思いしかありませんでした。
ご長男のご挨拶はご両親の姿勢を受け継ぎ、御両家のご両親への感謝を見事に爽やかな言の葉で閉じられました。




昨今の社会は問題のニュースばかりで希望の光が薄くなっていますが、こんなに明るい佐藤家がいるなら、大丈夫🙆‍♀️ と思えるほど、愛と勇気と元気を頂戴した素敵な素敵な披露宴でした。

愛溢れるご家族と出会えた奇跡と巡り合わせに感謝しながら、拙い文章ですが、皆さんにもこの人間味あふれる素敵なものが繋がっていったら幸いです🤗

2025.7.5