アルバム「鏡花水月」について
発売からかれこれ五年近く経つので記憶が曖昧になる前に「鏡花水月」の解説を今更ながら記述しておこうかなと。
発売直後に一年近く活動休止、活動再開から二年程でまた休止。
そこから更に二年経過して現在に至っており実際の活動期間は大した年月には至らなかったソロ活動だった。
このアルバム後に書いた曲だけでもアルバムもう一枚分以上あったりして結局その作品達はどーするのかも未定のままだけど。
今頃になっても時折通販でアルバム購入してくださる方がいらっしゃったりする中で、個人的に振り返れば「あのミックス、マスタリングはこうしておけよかったな…」「ここのアレンジはあっちのほうが良かった」等々、音の処理に関して多かれ少なかれ思う所はあるけれど。
当時の上田仁というアーティストを収めたものが読んで字の如く【アルバム】なんだよね。
楽曲そのものの質としては悔いのない作品になったかなとおもってます。
今回は半ば自分の記録として書き留めておく部分もあるけれど作品をお手持ちの方、お時間が許すならアルバム聴きながらでも読んでやってくださいね。
2011年発売
上田仁フルアルバム「鏡花水月」解説
「夢紅葉」
2008年秋頃制作。
ソロ活動して間もなく創り、制作当初からイントロダクション的な位置づけだった曲。
アルバム一曲目にするにあたってアコースティックギターワンコーラスのみだった尺をピアノメインのフルコーラスに変更。
イントロを追加したことで重々しくなったけれどアルバム全体の幕を開ける意味で適切なアレンジに変更できた。
後にYouTube限定でストリングスを足した音を一部公開。
「KUROFUNE~江戸浪漫~」
2010年の年始あたりに制作。
ライブ活動していくにあたり必要となったアップテンポのナンバー。
両手が塞がらざるを得なかった「螺旋かたつむり」に代わるものがこの曲だった。
掛け声等は全て後付けのもので母体となるメロディーはなぜか鍵盤で作った。
イントロリズムはハノイロックス「マリブビーチの誘惑」のオマージュ。
わかる人は少ないかもだけど「ライクアエンジェル」だとおもっていた人は掘り下げが浅いです。たぶんそっちと同じネタの出所なんだろうけど(笑)
この曲を期にハンドマイクで唄うスタイルを併用することにした。
ライブでも同期で薄くアコースティックギターを入れているのが自分らしさ。
扇子を振るパフォーマンスもこの曲から始まったけれど最終的には番傘も振り回したりする形に収まってしまったので唄の力より運動能力が必要となる曲になってしまった。
アレンジはこの後に全編四つ打ちにリズム変更したり、結果的に「セイヤ!」と「百花繚乱」の掛け声は知らず知らず自分のライブスタイルの代名詞となっていた。
「修羅」
当時のサポートメンバーから「仁さん、某剣客マンガのイメージで曲書いてみたらどうですか?」なんてことを言われた事を発端に創ったミドルテンポの曲。
過去にハロウィンイベントでもコスプレなるものをして優勝できた某少年誌の漫画。
個人的には後日談となる星霜編は好きという程度なので書き始めると当初の思惑はどこへやら、結局別の物語を書いた感じになった。
この時期になると浮かんできたフレーズを自分で弾けないものが生まれてきたりしていて、腕のあるサポートメンバーにフレーズを唄って再現してもらったりするようになる。
スラップベース中心の難解な造りになったが歌詞も含め今でも気に入っている曲。
「想ひ人」
アルバムに先駆けて映像音源として発売していた曲。
撮影は群馬県のとある田舎町。
人気のない寺で撮影しており撮影時は蚊に刺されまくる。
歩くだけの予定だった川辺のシーンに物足りなさを感じてザブンと浸かってしまったけれど完成した映像を見ると自分の直感を信じて正解だったかなとはおもう。
当初は夏に発売する予定だったが撮影の関係で秋口の発売に延期してしまった。
この曲に関してはバンド編成で唄うよりも全編オケで唄った方が気持ちを込めやすかったな。
「蜻蛉の羽根」
歌詞の題材は思春期の頃の自分。
同期と生演奏のバランスをとってアレンジした。
ライブ映えする曲調ではないのでアルバム発売以降は演奏する機会もなくなっていったけれど音源としては悪くない出来だとおもう。
二番終わりからのギターソロは隼君の秀逸なテイク。
音源発売後に作家佐藤青南さんのデビュー作「ある少女にまつわる殺人の告白」CMに楽曲を提供。
撮影は身近な人脈のみで行った。
「影法師」
ソロ活動開始から間もない時期に制作した曲だがアルバム製作を期にJazz的なリズム変更とブラス系アレンジをした。
元々7thコードだった曲だけどこの形のほうがテンポ良く聴けるようになったのではないかとおもう。
ベースから始まるイントロはお気に入り。
ギターが主張しないアンチROCKmusicなアレンジにしようとしてデモを作る上で苦労した思い出がある。
「祈り唄」
書いたのは2009年の3月9日。
前後にライブを挟んでいたので誕生日翌日のライブに新曲としてワンコーラスだけ仕上げて演奏した。
沖縄もかれこれ10年ほど通っている慣れ親しんだ土地。
この年の夏、沖縄北谷町の海岸を訪れ残りの歌詞を描き上げた全編アコースティックの島唄。
ワンマンライブのラストは必ずこの曲だった。
「明日天気になれ」
昔やっていたパンクバンドの名残(癖かな)で基本半音下げチューニングにしていた自分の楽曲達。
昭和歌謡曲的なメロディーとメロディックパンク定番のコード進行を一体化させた底抜けに明るい曲調の実験作だったが初披露したのは何故か弾き語りアコースティックライブだった…(笑)
対バン形式のイベントではこの曲で締めることが多かった。
国内レゲエアーティストがよくやるタオル回しだが上田仁のライブでは「手ぬぐい」を回すのがしきたりでライブならではの曲だったとおもう。
これも作家佐藤青南さんの「消防女子」CMに提供。
「惜春」
ライブではほぼ演る機会のなかったアコースティック曲。
地元を離れたことのない自分が望郷するというのは少しおかしな話しかもしれないけれど、今も帰りたいと思う心の故郷は誰にしも存在するのではないかとおもう。
後半のコーラス多重録音は深夜から朝までかかった。
「紅椿」
冬嫌いな自分が書いた冬舞台の曲(笑)
曲調自体はアップテンポなのでサラッと聴こえてしまうとおもうけれど、当時身近に起きたとある揉め事に対して皮肉を込めて書いた詞だった。
知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。と漱石は言う。
だから唄にしていた訳で、要はそういうことです。
「龍が如く」
早めのテンポにことわざをひたすら並べ続けるお説教ナンバー。
今も昔も賭け事は一切しないけれど音楽生活そのものが博打だったりしていたので、そういった意味ではリアルな心境を歌詞に描いていたのかもしれない。
意外に自分の適性キーに対してサビに高い音が続くメロディー。
ライブ演奏においてアプローチが明確だったのか、この曲に関しては自分よりもサポートメンバー達のほうが気に入ってくれていたような気がする。
「人魚の雫」
世界各地にある人魚伝説。
日本国内においても有名なのは八百比丘尼の物語だが、この曲においての人魚は実は男側であり、人魚に例えていたはず恋人を年月を経て失ってからも未だ己の命に終わりが無い事を悟れず永久に恋人を待ち続けている心模様を唄にした。
それは夢十夜、第一夜のように。
「鏡花水月」
このブログのタイトルであり自主イベントのタイトルでもあった曲名先行だった楽曲。
自分の創作においてテーマとしていた言葉でもあったのでアルバムの中で一番想い入れの強い曲。
この曲に関してだけは当時の流行的なアレンジ、メロディー構成、コード進行諸々は一切無視して創った。
曇りなく己のおもうがままに描けたとおもう。
移りゆく時代の流れにも変わらないものがあると信じたい、けれどそれが叶わぬものと知りながら、願いを込めて散りばめた四つの文字の物語。
上田仁とはどんなアーティストだったのかと問われたのなら、この一曲に尽きるのではないかなと自負している。
ライブでも和太鼓が一番映える曲だったととおもう。
とまぁこんな感じで。
回想しただけで疲れました(笑)
読んでくれた皆様、長々しい説明文にお付き合い頂きありがとうございました。
また犬ブログでお会いしましょう(笑)
発売直後に一年近く活動休止、活動再開から二年程でまた休止。
そこから更に二年経過して現在に至っており実際の活動期間は大した年月には至らなかったソロ活動だった。
このアルバム後に書いた曲だけでもアルバムもう一枚分以上あったりして結局その作品達はどーするのかも未定のままだけど。
今頃になっても時折通販でアルバム購入してくださる方がいらっしゃったりする中で、個人的に振り返れば「あのミックス、マスタリングはこうしておけよかったな…」「ここのアレンジはあっちのほうが良かった」等々、音の処理に関して多かれ少なかれ思う所はあるけれど。
当時の上田仁というアーティストを収めたものが読んで字の如く【アルバム】なんだよね。
楽曲そのものの質としては悔いのない作品になったかなとおもってます。
今回は半ば自分の記録として書き留めておく部分もあるけれど作品をお手持ちの方、お時間が許すならアルバム聴きながらでも読んでやってくださいね。
2011年発売
上田仁フルアルバム「鏡花水月」解説
「夢紅葉」
2008年秋頃制作。
ソロ活動して間もなく創り、制作当初からイントロダクション的な位置づけだった曲。
アルバム一曲目にするにあたってアコースティックギターワンコーラスのみだった尺をピアノメインのフルコーラスに変更。
イントロを追加したことで重々しくなったけれどアルバム全体の幕を開ける意味で適切なアレンジに変更できた。
後にYouTube限定でストリングスを足した音を一部公開。
「KUROFUNE~江戸浪漫~」
2010年の年始あたりに制作。
ライブ活動していくにあたり必要となったアップテンポのナンバー。
両手が塞がらざるを得なかった「螺旋かたつむり」に代わるものがこの曲だった。
掛け声等は全て後付けのもので母体となるメロディーはなぜか鍵盤で作った。
イントロリズムはハノイロックス「マリブビーチの誘惑」のオマージュ。
わかる人は少ないかもだけど「ライクアエンジェル」だとおもっていた人は掘り下げが浅いです。たぶんそっちと同じネタの出所なんだろうけど(笑)
この曲を期にハンドマイクで唄うスタイルを併用することにした。
ライブでも同期で薄くアコースティックギターを入れているのが自分らしさ。
扇子を振るパフォーマンスもこの曲から始まったけれど最終的には番傘も振り回したりする形に収まってしまったので唄の力より運動能力が必要となる曲になってしまった。
アレンジはこの後に全編四つ打ちにリズム変更したり、結果的に「セイヤ!」と「百花繚乱」の掛け声は知らず知らず自分のライブスタイルの代名詞となっていた。
「修羅」
当時のサポートメンバーから「仁さん、某剣客マンガのイメージで曲書いてみたらどうですか?」なんてことを言われた事を発端に創ったミドルテンポの曲。
過去にハロウィンイベントでもコスプレなるものをして優勝できた某少年誌の漫画。
個人的には後日談となる星霜編は好きという程度なので書き始めると当初の思惑はどこへやら、結局別の物語を書いた感じになった。
この時期になると浮かんできたフレーズを自分で弾けないものが生まれてきたりしていて、腕のあるサポートメンバーにフレーズを唄って再現してもらったりするようになる。
スラップベース中心の難解な造りになったが歌詞も含め今でも気に入っている曲。
「想ひ人」
アルバムに先駆けて映像音源として発売していた曲。
撮影は群馬県のとある田舎町。
人気のない寺で撮影しており撮影時は蚊に刺されまくる。
歩くだけの予定だった川辺のシーンに物足りなさを感じてザブンと浸かってしまったけれど完成した映像を見ると自分の直感を信じて正解だったかなとはおもう。
当初は夏に発売する予定だったが撮影の関係で秋口の発売に延期してしまった。
この曲に関してはバンド編成で唄うよりも全編オケで唄った方が気持ちを込めやすかったな。
「蜻蛉の羽根」
歌詞の題材は思春期の頃の自分。
同期と生演奏のバランスをとってアレンジした。
ライブ映えする曲調ではないのでアルバム発売以降は演奏する機会もなくなっていったけれど音源としては悪くない出来だとおもう。
二番終わりからのギターソロは隼君の秀逸なテイク。
音源発売後に作家佐藤青南さんのデビュー作「ある少女にまつわる殺人の告白」CMに楽曲を提供。
撮影は身近な人脈のみで行った。
「影法師」
ソロ活動開始から間もない時期に制作した曲だがアルバム製作を期にJazz的なリズム変更とブラス系アレンジをした。
元々7thコードだった曲だけどこの形のほうがテンポ良く聴けるようになったのではないかとおもう。
ベースから始まるイントロはお気に入り。
ギターが主張しないアンチROCKmusicなアレンジにしようとしてデモを作る上で苦労した思い出がある。
「祈り唄」
書いたのは2009年の3月9日。
前後にライブを挟んでいたので誕生日翌日のライブに新曲としてワンコーラスだけ仕上げて演奏した。
沖縄もかれこれ10年ほど通っている慣れ親しんだ土地。
この年の夏、沖縄北谷町の海岸を訪れ残りの歌詞を描き上げた全編アコースティックの島唄。
ワンマンライブのラストは必ずこの曲だった。
「明日天気になれ」
昔やっていたパンクバンドの名残(癖かな)で基本半音下げチューニングにしていた自分の楽曲達。
昭和歌謡曲的なメロディーとメロディックパンク定番のコード進行を一体化させた底抜けに明るい曲調の実験作だったが初披露したのは何故か弾き語りアコースティックライブだった…(笑)
対バン形式のイベントではこの曲で締めることが多かった。
国内レゲエアーティストがよくやるタオル回しだが上田仁のライブでは「手ぬぐい」を回すのがしきたりでライブならではの曲だったとおもう。
これも作家佐藤青南さんの「消防女子」CMに提供。
「惜春」
ライブではほぼ演る機会のなかったアコースティック曲。
地元を離れたことのない自分が望郷するというのは少しおかしな話しかもしれないけれど、今も帰りたいと思う心の故郷は誰にしも存在するのではないかとおもう。
後半のコーラス多重録音は深夜から朝までかかった。
「紅椿」
冬嫌いな自分が書いた冬舞台の曲(笑)
曲調自体はアップテンポなのでサラッと聴こえてしまうとおもうけれど、当時身近に起きたとある揉め事に対して皮肉を込めて書いた詞だった。
知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。と漱石は言う。
だから唄にしていた訳で、要はそういうことです。
「龍が如く」
早めのテンポにことわざをひたすら並べ続けるお説教ナンバー。
今も昔も賭け事は一切しないけれど音楽生活そのものが博打だったりしていたので、そういった意味ではリアルな心境を歌詞に描いていたのかもしれない。
意外に自分の適性キーに対してサビに高い音が続くメロディー。
ライブ演奏においてアプローチが明確だったのか、この曲に関しては自分よりもサポートメンバー達のほうが気に入ってくれていたような気がする。
「人魚の雫」
世界各地にある人魚伝説。
日本国内においても有名なのは八百比丘尼の物語だが、この曲においての人魚は実は男側であり、人魚に例えていたはず恋人を年月を経て失ってからも未だ己の命に終わりが無い事を悟れず永久に恋人を待ち続けている心模様を唄にした。
それは夢十夜、第一夜のように。
「鏡花水月」
このブログのタイトルであり自主イベントのタイトルでもあった曲名先行だった楽曲。
自分の創作においてテーマとしていた言葉でもあったのでアルバムの中で一番想い入れの強い曲。
この曲に関してだけは当時の流行的なアレンジ、メロディー構成、コード進行諸々は一切無視して創った。
曇りなく己のおもうがままに描けたとおもう。
移りゆく時代の流れにも変わらないものがあると信じたい、けれどそれが叶わぬものと知りながら、願いを込めて散りばめた四つの文字の物語。
上田仁とはどんなアーティストだったのかと問われたのなら、この一曲に尽きるのではないかなと自負している。
ライブでも和太鼓が一番映える曲だったととおもう。
とまぁこんな感じで。
回想しただけで疲れました(笑)
読んでくれた皆様、長々しい説明文にお付き合い頂きありがとうございました。
また犬ブログでお会いしましょう(笑)