私の実家は小さな食堂をしており、
店の奥の居間には薬師如来の立像があります。
薬師如来が我が家に来てから
かれこれ40年以上になります。
誰からもらったものかは不明です。
薬師如来像には祖母や母が毎日水を供えて来ました。
祖母も母も亡くなった今は私が水を供えています。
水を供えて合掌し、薬師如来の真言を唱えます。
薬師如来の真言:
オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ
真言を唱えた後、以下のようにつぶやきます。
「薬師如来様、お守り頂き、ありがとうございます」
実は先日亡くなった私の母は
ステージ3の肺がんでした。
正確には肺腺がんと言う病名です。
しかし、当の本人は至って元気で、
亡くなる2日前まで普通に食堂の仕事を
していました。
もしかしたら人知れず痛みを我慢していたかも
知れませんが
それでも食堂の仕事が出来る程度は元気でした。
ステージ3のがんで元気なんて、ちょっと不思議です。
それというのも、実は薬師如来と不動明王の
ダブルパワーのお陰なのではと考えています。
どういうことか。
まず薬師如来は昔から実家の居間で大事にされて
来ましたので、ご縁はありました。
不動明王の方はというと、母の病気がガンであると
母本人から聞かされた3日後に大分市臨済寺の
不動護摩供に参加して病気平癒を祈念しました。
その時に買い求めた翡翠のブレスレットを母に渡すと
付けていた水晶のブレスレットをサッと外して
嬉しそうに翡翠のブレスレットを付けてくれました。
その後、精密検査をしたところステージ3の
肺腺がんというのが判明しました。
結果として翡翠のブレスレットを右手首に付けたまま
母は亡くなり、食堂も閉店となりました。
思うに、自宅居間の薬師如来と不動明王のご利益
というのは、母の病気が完治するのではなく、
短い余生の中、あまり痛みや苦しみを
感じることなく、感じたとしても最小限に
とどめてくれたのが
最大のご利益だったのではなかろうかと思います。
「そんなのは気休めだ」とか「単なるこじつけだ」
というご意見もあるかと思いますが、私はやはり
仏様のご利益があったのだと考えます。
そういう意味で、母の命が尽きる瞬間まで
痛みや苦しみを最小限におさえてくれたのが
薬師如来であり、不動明王なのだと考えると
もう本当にありがたく、感謝しかありません。
という訳で、今回は私の実体験を元にした
仏様のご利益についてのお話でした〜。
薬師如来(大分県豊後大野市・蓮城寺/真言宗)
真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
不動明王(大分市・臨済寺/天台宗)
真言 なあまく さんまんだ はざらだん せんだ
まかろしゃやな そわたや うんたらた かんまん
五大明王(大分市・臨済寺/天台宗)
不動君「不動明王はあなたの心の中にいますよん」
うすさま君「衆生心想の中(うち)に住したまう、ですね」