孔雀明王という仏がいます。

 

明王というと、たいてい憤怒相ですが

こちらは憤怒相ではない明王です。

 

孔雀の上に乗ってる人物が

孔雀明王かというと、実は

孔雀明王の本体は孔雀の方らしいです。

 

<孔雀明王の掛軸>

 

 

孔雀明王(別府市/信貴山真言宗 宗園院)

 

 

 

ところでこの孔雀明王ですが

別府市の宗園院というお寺に護摩供で参拝した折

護摩供が終わった後、お坊さんに直接聞いてみました。

 

「孔雀明王の真言をネットで調べると

オン・マユラ・ギランイ・ソワカと

オン・マユラ・ギランィ・ソワカ、

二通りあるみたいなんですが

こちらのお寺では、どちらを唱えていますか?」

 

孔雀明王の真言は

実はもっと複雑で色々あるけど

この場合、質問を二者択一にしました。

 

するとお坊さんが

「うちではオン・マユラ・ギランイ・ソワカと

唱えています」と教えてくれました。

 

 

いきなり

真言ゲットだぜ!

(ポケモンか?)

 

 

実は以前、あるお寺で

不動明王の真言について

聞いたことがありました。

 

ご存じの方も多いと思いますが

不動明王の真言は初めて聞いて

一回で覚えられるような

短いものではありません。

 

 

私は桜井識子さんの本の読者なので

仏様の真言をゲットするには

(実際に効力を発揮させるには)

2つの方法しか知りません。

 

①お坊さんに直接教えてもらう

②仏像の横に掲示されている真言を

 声に出して唱えて覚える

 

なので、真言を掲示していないお寺では

お坊さんに聞くのが早いのです。

 

しかし、その寺のお坊さんは

なんとなくですが

教えるのが面倒くさそうな

感じを受けました。

(あくまで個人の感覚です)

それはつまり、そのお坊さんが

「不動明王の真言を初めて聞いて

一回で覚えられるものではない」

というのを知っているからでしょう。

 

 

ということがあったので

孔雀明王の真言をお坊さんに聞く場合

はじめから質問内容を二者択一にした訳です。

 

普通に聴くのとどう違うかというと

テストの答案用紙にたとえると

普通に聞くのが「記述式」で

2つに絞るのが「二者択一式」です。

 

 

「記述式」の質問だと

長い真言を教える場合

言い終わるまでに時間がかかるし

一度聞いただけでは覚えられません。

聞いた方も分からないのでまた質問します。

「すみません。もう一回言ってください」と。

しまいには「え?あんだって?あたしゃ神様だよ?」

とか言い出す人がいるかも(いねーよ)。

 

 

ところが「二者択一式」だと

チェックボックスを「✔」するだけ

ですので一瞬で終わります。

 

教える方にしてみれば

質問者が真言を2種類覚えているので

答えるのに手間がかかりません。

 

そういう訳で

長い真言に限らず

お坊さんに負担をかけずに

最短時間で真言をゲットできるのが

二者択一方式の質問にする方法です。

 

 

 

つまり、二者択一方式の質問は

 

真言ゲットの秘法

 

なんです。

(秘法というほどでもないけど)

 

 

とう訳でお坊さんに聞いて

真言をゲットする場合

「二者択一方式がええで」

というお話でした。

 

 

 

うすさま君「確かにお不動さんの真言は長いよね」

不動君「あんだって?あたしゃ明王だよ」

うすさま君「いやいや、そのボケはいいから」

 

<以下、参考記事>

 

孔雀は毒蛇やサソリを食べますが、

毒にやられることはありません。

 

人間は想念の中に毒を生じます。

これを貪瞋痴(とん・じん・ち)といい、

貪瞋痴とは仏教で「心の三毒」とも言われます。

 

斎藤一人さんは

心のうちに三毒が生じても

表に出さないようにと

説いています。

 

毒を食らえど色に表さず

 

これは私が作った言葉ですが、

 

「毒を食らえど」、

心に三毒が生じても、

「色に表さず」

色(表情、言葉、態度)に出さない。

そういう風に心がけるということです。

 

日常の中で知らず知らずのうちに

周囲に毒をまき散らしていないか

よくよく注意したいと思います。

 

 

<以下引用>

 

~運がよくなる覚悟の話し~

 

人間というのは、

悩みは実は無くならないんです。

はっきり、言うと、
お釈迦様っていうのは、
ものすごい、大天才で、

すごい頭のいい人で、
心も最高の人なの。

その人が

『悩みというものを無くそう』

っていうんで
滝にも、うたれたの。
ものすごい断食もしたの。

難行苦行、ホントに

死ぬ寸前まで

自分を追いつめたの。

それでも、

実は悩みというのは

無くならなかったの。

お釈迦様が難行苦行の後に

言った言葉が

『無駄である』

人間の悩みっていうのは

難行苦行をしようが
無くならないんだよ。
っていうことがわかったのね。

私が、何を言いたいのかと言うと、
お釈迦様もそうなんだよ。

『仏の顔』ってあるよね。
阿弥陀さんでも、

何でもみんないい顔してるよね。


それはどういうことですか?

っていうと、

悩みがあってもいいんです。
悩みが無いような顔をしてください。

悩みがあってもいいから
言葉から天国言葉を喋ってください。
いつも幸せそうにしててください。


そうすると、あなたのまわりの人が
『ああ!あなた幸せなんだ!』
良かったねってまわりがみんな安心します。

どんなストレスがあっても、
例えば、部長から言われようが、
まわりから嫌なこと言われようが
自分で受け止めて、
自分は絶対に外に

嫌な顔は出さないでください。
地獄言葉を吐かないでください。


よく、そういうことすると
ストレスが貯まるって

言う人がいるんだけど。

貯めといてください。

よく、ストレスを貯めると、
早死にするって言う人がいるんだけど。

死んじゃってください。

何を言いたいかというと

ダラダラ、ダラダラ、

長生きしながら
地獄言葉をまわりに

蒔き散らすと迷惑なんです。

徳を積むっていうのは
嫌なことがあっても

自分から絶対外にはださない。
どんな嫌なことも

自分で受け止めて
人に出す時はいい言葉、

良い笑顔でしか絶対に出さない。
っていう覚悟なの。

その覚悟をすると、
はじめてその人に奇跡が起きるの。


みんなに奇跡が起きないのは
あまりにも覚悟が足りないの。

その覚悟で奇跡を

起こしたいって言っても
起きないよ。

今日から、

自分は絶対に
嫌なことがあっても

人に出さないんだ。

 

孔雀明王っていうのが

いるんだけど、
孔雀って、サソリだとか、

毒虫だとか、毒蛇なんか
みんなたべちゃうの。

だけど、その毒にあたることがなく、
鳥の中でいちばん綺麗なの。

今、私が言ってるのは

孔雀明王の修行なの。
このことだけ、

しっかり!わかって!

絶対に今日から何があっても
私は幸せそうな顔をするんだ。
幸せな言葉を話すんだ。


まわりの人から
『あなた苦労したこと無いでしょう』

って言われたら
あなたの勝ちなの。

なぜかというと
顔とか、言う言葉が

苦労に負けてないの。
だから、まず覚悟

しなくちゃだめなの。

そして、やるぞと思って

腹を決めた人に
必ず奇跡が起きるの。

だから、
幸せになる覚悟を

しなくちゃいけないよ。

そして、この覚悟が

決まったとき
明日からでも

奇跡が起き出すから。

 

 

 音声はこちらから

 

 

 

<引用元>

 

 

※過去記事に真言ゲットの秘法を加筆しました。

 

 

真言宗の開祖 弘法大師

 

天台宗の開祖 伝教大師

修験道の開祖 役行者像(高住神社)