実は私、この間、間一髪で命が助かったんです。
どういうことか。
青信号の横断歩道を渡り終えようとした時、
私の左側で突然、急ブレーキの音が❗️
振り向くと軽トラック🛻が私の左側
約1メールのところで停止しており
運転席に高齢男性が座っています。
交差点を右折して来た車でした。
顔の表情は一瞬のことでよく分かりませんが
「急ブレーキを踏んで事故を回避したような顔」
をしていたような気がします。(どんな顔やねん)
私は何事も無かったように顔を戻すと
スタコラサッサと横断歩道を渡り終えました。
特に文句を言うとか、そういう意識は無かったです。
さて、横断歩道を渡り終えたところで
自分の身に降りかかった事を
改めて考えてみたんですが
まぁ、これが世に言う
「間一髪で助かった」「九死に一生を得た」
「命拾いした」とかいうやつではないかと。
そこで考えたのは
一歩間違えたら車に轢かれて
場合によっては命が無かったかも知れない
ということです。
では、何故私は助かったのか。
少し時間を遡って考えてみると
思い当たるフシがありました。
私は今年、還暦なので、お正月に大分市の
春日神社で厄祓いの祈祷をしてもらい、
背広の内ポケットにお守りを入れていました。
春日神社のお守り
もしかしたら、そのお守りが効力を発揮したのか、
春日神社の神様か眷属が助けてくれたのか、
あるいは私のご先祖様や守護霊など目に見えない存在が
守ってくれたのか。
実際のところ、どんな存在が、どんな働きをして
助けてくれたのか、さっぱり分からないのですが、
とにかく命を助けてもらった訳です。
私は誰に感謝すべきなのか分からないまま
改めて感謝の気持ちを伝えました。
私の命を助けてくれた全ての存在に
心より感謝します。
助けていただき、ありがとうございます。
ありがとうございます
ありがとうございます・・・
この言葉を何度も何度も心を込めて
小さな声で唱えました。
家に帰ったら仏壇にも手を合わせて
ご先祖様にお礼をしました。
そしてその週の週末には
大分市の春日神社にもお礼参りに行きました。
何と言っても命を助けてもらったのですから
最大限の礼を尽くしておこうと思った訳です。
実は私の妻が3年前に
横断歩道を渡り終える間際で
右折して来た車にはねられました。
何とか一命は取り留めたものの
脳の硬膜下出血により味覚障害が残りました。
まさにその時と同じシチュエーションでした。
時間にして、ほんの数秒タイミングがズレたら
交通事故は起きません。
事故が起きるか、間一髪で回避するか。
その差はまさに紙一重ですが、
私はそこに、見えない存在の働きを見ます。
自分の経験にどんな意味づけをするかは自分次第です。
他人から見れば「単なる偶然だろ」という事でも
それをどうとらえるか、どの解釈を採用するかは
自分が決めることです。
神様仏様ご先祖様が守ってくれた。
守護霊や天使など見えない存在が助けてくれた。
お陰で厄祓いが出来た。負のカルマが清算された。
想像もつかないぐらいツイてる。
自分はもの凄い強運の持ち主だ。
などなど、色んな解釈ができます。
今回の件は気が付いたら目の前で車が停まっていた訳で
特に「助けてください」などのSOSを発信していない
にもかかわらず、私が知らないうちに助けて(守って)
くださったというのがポイントです。
目に見えない存在が物理法則に介入して
自動車を緊急停止させるというのは
大きなパワーが必要になると思います。
かなり高いハードルですが
そのハードルを超えて私を守ってくれた訳です。
そのように考えると
私はやはり、どの存在かは特定出来ませんが、
見えない存在のご加護があったと結論づけました。
特に私のような、ぼーっとした人間を守るのは
大変だろうなと思いつつ感謝しかないです。
(心筋梗塞も2回やってるし)
神様仏様ご先祖様、あるいは眷属や天使など
私達が意識を向けてお願いしたり頼ったりすれば
応えて下さる存在が確かにいるのだということを
今回の出来事を通じて改めて考えた次第です。
春日神社のお札(自宅の部屋の壁)
穴をあけないようにピンで押しています。




