何人ものスタッフが会社を通り過ぎて行ったけど、人を宝と思ったのは彼がはじめてだった。
会社にいる頃の彼は礼儀正しく、身の周りの整理を欠かさない男だった。
グラフィックデザイナーなのだが、とにかく仕事が早く、仕事が早い分、力を入れるととんでもないレベルのものを仕上げてくる。
ある時期から、うちの会社が急激に伸びたのも彼がいたからだ。
しかし、力のあるデザイナーは独立に向け転職していく。さらに上に進む彼を止めることなどできなかった。
いつでも帰ってきてくれ。
そんな言葉で見送ったのは、後にも先にも彼ひとり。
その彼が一年ぶりに会社に現れた。
新聞に折り込まれた焼肉店のちらしを見て、新事業の開業を知り、お祝いを包んできたのだ。
もちろん断った。
ただの社交辞令ではない。
彼の家は決して裕福ではない。親の商売失敗で多額の借金がある。そんな事情を知っていて、現金を受け取れるわけがない。
しかし、何度断っても、世話になったからと頑として動かない。
妻も、あなた受け取ったら絶対ダメよ。
お中元、お歳暮、年賀状を欠かさない男だったけど、断ってもまたなのかよ!
30すぎでそんな律儀なやつはいないよ!
ちょっとした押し問答の末、思わず僕は泣き出してしまった。
懐かしさと、人の義理と、この人財を失った喪失感と、とても複雑な涙だった。
お祝いは受け取らなかったけど、彼の気持ちが最高の祝いとなった。
人は、大事にしなければならないとつくづく思った。
大事にしていれば、またこんな感動が味わえるかもしれない。
仕事の醍醐味というのは、金ではないんだよね。
お客様、スタッフ、業者、その繋がり。そして、喜びをわかち合える感動。
明日から、またいい仕事をしよう!