二条マスターの料理と音楽と仲間(5)

二条マスターの料理と音楽と仲間(5)

とんかつ二条マスターのちょっとためになる話

とんかつ二条マスター古藤明博の、料理と音楽と仲間について語るブログです。

3日間限定メニューのスコッチエッグ、無事に終了しました。

足をお運びいただいた方々、ありがとうございました。次はまた5年後…なわけない笑



またご要望がありましたら検討しますので。来月はシーフード系にしようかと思っています。


さて、話は変わりますが、ここにきてまた食材の値が上がってきてます。


パン粉、かつお節が特に上がりましたね。

二条の味噌汁にはタップリのかつお節を使ってますからね。痛いなあ〜

もうこの1年で3回目の値上げですよ。


パン粉も食パンの耳を切り落とした真ん中の白い部分だけを砕いてパン粉にした最上級のものを使ってますからね、味わって食べていただけると嬉しいな。



ところで皆さん、辛いのは好きですか?

私は何でも辛くして食べたいほうなんですが、うちの奥さんはダメなんですよね〜


先日もイタリアンのお店に行ってペンネアラビアータを注文したんですが、辛味を抑えて作ってもらったら、やっぱり物足りないんですよ。

キムチにしても辛いほうが美味しいですもんね。


あそう、キムチで思い出しましたが、韓国でキムチが作られるようになったのは豊臣秀吉のおかげって知ってました?


今大河ドラマで秀吉兄弟をやってますが、その秀吉が朝鮮出兵の際、朝鮮半島に唐辛子を持ち込んだのが始まりなんですよ。


ほら、朝鮮半島って寒いじゃないですか。

だから兵士の足が冷えないように唐辛子を塗らせていたみたいですね。あとは戦った際、相手の目潰しにも使っていたみたいです。そう、武器としてですね。

これはやられたらたまったもんじゃないなぁ😅


それで秀吉の軍が去ったあと、彼らが残していった唐辛子を漬物に入れたら思いのほか美味しくなることに気づき、そこから韓国のキムチ文化が始まったみたいです。



朝鮮出兵がもたらしたもので今でも続いているものがもう一つあります。

朝鮮出兵の引き揚げの時、現地の捕虜も相当数連れてきたらしいですが、その中に腕のいい陶器の職人もいたみたいですね。


それで、そんな技術があるならと、彼らに陶器を作らせたのが佐賀県の有田焼とか伊万里焼とか唐津焼とかになり、現在でも続いているというわけですね。



私の故郷の対馬は江戸時代は対馬藩と言われてましたが、実は飛び地として今の佐賀県内にも対馬藩の領地があったんですよ。

確か鳥栖辺りだったかな?🤔


逆に明治になると廃藩置県により対馬は佐賀県に組み込まれたり福岡県に入ったりしたのかな?

それで最後に長崎県に落ち着いたと 笑


この辺りの話もおもしろいんですけどね。


いつかこの鳥栖とか久留米の話もしましょうかね。この辺りは若き日に料理の修行をさせていたたいた所ですからね。

語ると長くなりそうだな〜笑


とんかつ二条、今日も営業していまーす!


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