通遼とは、名前は、あまり古くないですが、この地の歴史は、非常に長いです。歴史上科爾沁と言われたところです。近年、どうしてかは、知らないが、通遼という名で呼ぶようになって、実は、大きな反対もあります。それは、ともかくにしておき、通遼の変化は、この数十年、非常に大きいです。


これは、新開発した所の横断歩道です。道も非常に広く、空色も非常に綺麗です。日本で見ていたスモーク状態の中国のイメージとガラッと違って、素敵な街となっています。ここは、新区と言って、以前の通遼の街の北に位置します。通遼の北に遼河という河が流れています。遼河を挟んで北側に新区を開発しました。


今のは、旧通遼の街です。今でも街の中心ですが、明らかに新区に街の中心が移そうとしている段階です。

政府行政も新区に移っています。通遼の良いところは、四周が非常に広いため、いくらでも街を拡大できる点が良いです。数年と比べて経済成長が鈍くなっているせいで、新区の発展もこれからは、ゆっくりとなっていくだろうと思います。さまざまな産業がこれから大都会から地方に移行し、地方の発展が重要視になってくる点から見れば、通遼は、非常に未来性ある街に違いないです。

朝の散歩で通遼新城第一中学校の前にきました。非常に立派で大きな学校です。

丁度ラジオ体操の時間だったので、校舎外から撮した写真で、とにかくに人が多いです。グランドの前方に立っていますが、とてもカメラに入りきれないぐらい生徒数がいました。これは、通遼の未来を託したものでしょう。





街の団地の風景です。それも非常に澄んでいて、非常に気持ちいいです。春がきたなという、春風たっぷりの街を朝散歩しました。