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日本内蒙古経済文化交流協会

日本内蒙古経済文化交流協会のブログとは、在日内蒙古人により発起し、日本の皆さんに内蒙古という地域の文化、民族風習を紹介する。在日内蒙古の人たちの活動、帰国後の活動を紹介したりするブログです。

お昼頃に外に出たら、通遼の文化祭に出会いました。しかも、遥々杭州のシルク・服装展のようです。

場所は、博物館の前の広い広場で行なっております。

中に入って見たら、実に様々なものが並べてあり、かなり壮大な物産展でした。新疆のナツメ、干し葡萄から大連の水産物、南は、杭州のシルクから北のキノコ、シイタケ、松の実など、非常に豊富な品揃いです。

通遼は、奥地で、色々開放されていないだろうというイメージもあったが、実にそうではなく、大都会並みのいろいろなイベントも開催しているし、立派な街になりました。

無論、これから夏に向かって、民族的な様々なイベントもあるので、大いに期待しています。

 

「新宿麺処」という看板を見たら、いかがでしょうか。

日本では、よく見られた麺のお店です。と思うでしょう。今、内蒙古通遼市に「新宿麺処」が花を咲かせています。

店長は、若い青年で名は、ホルチャといって、最初は、青森で留学し、のちに東京の学校に入り、留学を終えて帰国したのです。学生時代は、よく日本のラーメン屋で働いていたため、故郷の皆さんにも日本の味をぜひとの思いで開店しました。

お店の中の雰囲気も日本風そのものです。入って座り、非常に落ち着きがある感じです。

味噌ラーメンをいっぱい作ってもらいました。お味も濃厚で非常に美味しかったのです。彼に聞いて見ら、麺も彼が自分で作り、味噌とか、醤油などの食材にも非常にこだわっていて、立派な青年です。立派な日本根性を学んだ青年だと思います。

彼の家は、草原にあり、大草原の子です。日本の麺文化を吸収して、草原の地に花を咲かそうとしています。

店内にたくさんの日本酒を用意していて、全て日本の輸入品です。

 

通遼とは、名前は、あまり古くないですが、この地の歴史は、非常に長いです。歴史上科爾沁と言われたところです。近年、どうしてかは、知らないが、通遼という名で呼ぶようになって、実は、大きな反対もあります。それは、ともかくにしておき、通遼の変化は、この数十年、非常に大きいです。

これは、新開発した所の横断歩道です。道も非常に広く、空色も非常に綺麗です。日本で見ていたスモーク状態の中国のイメージとガラッと違って、素敵な街となっています。ここは、新区と言って、以前の通遼の街の北に位置します。通遼の北に遼河という河が流れています。遼河を挟んで北側に新区を開発しました。

今のは、旧通遼の街です。今でも街の中心ですが、明らかに新区に街の中心が移そうとしている段階です。

政府行政も新区に移っています。通遼の良いところは、四周が非常に広いため、いくらでも街を拡大できる点が良いです。数年と比べて経済成長が鈍くなっているせいで、新区の発展もこれからは、ゆっくりとなっていくだろうと思います。さまざまな産業がこれから大都会から地方に移行し、地方の発展が重要視になってくる点から見れば、通遼は、非常に未来性ある街に違いないです。

朝の散歩で通遼新城第一中学校の前にきました。非常に立派で大きな学校です。

丁度ラジオ体操の時間だったので、校舎外から撮した写真で、とにかくに人が多いです。グランドの前方に立っていますが、とてもカメラに入りきれないぐらい生徒数がいました。これは、通遼の未来を託したものでしょう。

街の団地の風景です。それも非常に澄んでいて、非常に気持ちいいです。春がきたなという、春風たっぷりの街を朝散歩しました。