秋の朝の陽射しは眩く、こころがあらわれた。
朝日を浴びながら数十メートル歩いただけ で鼻詰まりがすこしよくなった。鼻詰まりとその環境は関係なかったかもしれないけれど、そう思えてしまう。
ふとこのブログの存在を思い出して、ひらいた。2年ほったらされていたらしい。
そして、"わたしはバイトをバックれなくなった"とあるが、残念、わたしは先日お肉屋さんのバイトを無断欠勤して辞めた(つもりでいる)。一応その後2回ほど電話を入れてくれているけれど、出ていない。1度ならまだしも、2度も電話をくれるなんてこころ優しいなと思う。
一ヶ月くらいは働いた、といっても週に2〜3回しか入ってなかったけれど。別に人間関係が嫌だとか、はげしいお客さんがいたわけじゃないけれど、なんとなく、やめてしまった。牛丼屋の前を通った時に以前はいい匂いするなと思っていたけれど、もう肉の匂いがするなあとしか思わない。経験ってすごい。
明日、そのバイト代が入るはず。28000くらい?入るかな。入るはず。入らなかったらどうしよう。いまだに借金たんまりあるよ。かわらないねえ。
どうしてこのブログの存在を思い出せたのかわからない。
過去の自分が居て、今の私とは違う喋りかたをしていて、不思議だった。
書こう、と思ってパソコンを開き、Wi-Fiに繋ぐ間に書きたかったことを忘れてしまった。
こういうことはよくある。
今日は散歩から帰ってきて、17時になって気力があれば夕陽ヶ丘に行こうと思っていたのだけれど、ゴールデンバットを吸いながらELLEのレシピを見ていたら18時を過ぎていて外は暗かった。
ゴールデンバットは値上げしてからまだ買いに行っていない。けれど、買いだめして置いたぶんが今日とうとうなくなったから、買いに行きたい。と思うと、空気清浄機欲しいなあとか、散歩から帰ってきたら部屋煙草臭かったなあとか余計なことを考えてしまう。ホワイトニングしたいなあとか、親知らず抜きたいなあとか、金ないなあとか、保険料払ってなかったなあとか。
保険料払ってなかった。
そうだ。
書き留めておきたかったことは、保険料を払っていなかったことだった。
私は年金や住民税や諸々払っていない。水道代や電気代の払込用紙は1枚目は必ずゴミになっている。これは厳密にいうと環境破壊かもしれない・・・
借金もたんまりある。残念ながら、“たんまり”ある。
そういう自分がどうしようもなくダメなやつに思える時があって、ちゃんとしたいと思うのだけれど、すでに一朝一夕でどうにかできる金額ではなくなっている。計画的に返して行けば良いじゃん、と思うだろうが、そもそもそれができるなら借金があるわけない。
二進も三進も行かなくなったら死ねば良いんだから。
ただそれだけでやってきた。そう思っていないと生きられる気がしない。そう思わないと明日のバイトにすら行けない。
別に底辺でも良い。毎日ひとたま19円の焼きそばでも平気だし。
私は25になってようやく“バイトをバックれて辞める”ことをしなくなった。2週間で辞めたことはあるけれど、バックれはしなかった。でもたぶん、この逃げ癖は30になっても40になっても、というか死ぬまで治らない気がする。
パートをバックれる60歳とか、けっこう可愛いと思う。
そんな人間嫌だよ、ちゃんとしなよ、って大多数の人が思うだろうし、そんな人間とは生活できないよって思われるかもしれないけれど、それで良い。
全部愛して欲しいなんて思わないけど、ただ認識だけはしておいてくれたらと思う。
だめな人間なんですよ。ただそれだけ。
いつからだめになったかはわからない。
緩やかにだめになって行って、とうとう気がついたのかもしれない。
ティーンの頃は“良いじゃん”だった認識のものが“だめだ”になっていっただけで何も変わっていないのかもしれない。
言動を司る根底が変わっていないのに、物事の捉え方が変わってしまうのは苦しいことだなと思う。どことどこが分裂したらこういうことになるんだろう?
