小さな絵本 -13ページ目

小さな絵本

皇室(天皇ご一家、秋篠宮ご一家が中心)、世界の王室について公務やプライベートなど沢山載せています。是非見ていってください!!



秋篠宮家の次女佳子さまは28日、中東やアフリカ諸国の女性・子どもへの寄付を目的とし、東京都中央区で開催されたチャリティーバザーに足を運ばれました。これまで、皇后さまや上皇后美智子さまをはじめとする女性皇族方が度々足を運んできた催し。今回は25の国と地域の在京大使館やNGOが伝統衣装や工芸品、名物料理などを紹介するブースを出した。佳子さまは、トーゴやマラウイなど各ブースで、すすめられた品物を中心に買い求めました。







































笑顔で話される佳子さま、ここぞとばかりに買ったんてしょうね。



天皇陛下と長女愛子さまは26日、皇居内の宮内庁楽部で行われた秋季雅楽演奏会を鑑賞されました。日本で最古の歌舞とされる「久米舞」や、舞楽「甘州」など計4曲が披露され、盛んに拍手を送られました。愛子さまは舞楽では眼鏡を掛け、舞の所作などを確認していました。


説明役を務めた楽部技術指導員の多忠輝さんによると、陛下は即位に伴う大嘗祭後の「大饗の儀」で演じられた久米舞について「即位の時以来ですね」と述べられました。愛子さま「私は初めてです」と述べ、「楽しませていただきました」と感想を語られました。













































仲睦まじく、真剣にご覧になるお2人。素敵な父娘のお姿です。




秋篠宮ご夫妻の次女佳子さまが、25日〜26日に滋賀県を訪問されました。


















笑顔の佳子さま。今月2度目の滋賀県訪問ですが、そんなに必要ですか?秋篠宮ご夫妻も同県を訪問していますが、どちらかでいいのでは。服装も場に合ってないですし、本当に見直しが必要ですね。





天皇皇后両陛下と長女愛子さまは23日、東京大空襲などの犠牲者が眠る東京都慰霊堂(東京都墨田区)を訪問されました。戦後80年にあたる戦没者慰霊の一環で、ご一家が慰霊堂を訪れるのは初めて。白い花束を供えて深々と拝礼し、犠牲者の遺族と懇談もされました。慰霊堂の納骨堂には関東大震災や東京大空襲などの犠牲者の遺骨が納められています。太平洋戦争末期、1945年3月の東京大空襲では、一夜で約10万人が犠牲となったとされています。


両陛下は戦後80年の今年、4月から硫黄島、沖縄、広島、長崎と地上戦や原爆で多数の犠牲者が出た地を訪ね、生存者や遺族、語り部などとして活動する若い世代と交流してきたました。このうち、沖縄と長崎にも愛子さまが同行。宮内庁幹部によると、戦争を体験した世代が減っていく中、戦争の悲惨さを後世に語り継いでいくことが重要だという両陛下の考えに基づいてのことだといいます。





























   


















天皇ご一家の寄り添う心、戦争を風化させないという強い想いを感じます。私自身も広島、長崎、沖縄に行ったことがあり、戦争の爪痕の残る場所や資料館などをこの目で見ました。実際にその場所に行ったり、体験した方から話を聞くことの大事さを知りました。私たち国民もしっかり考えていかなくてはいけないことです。




秋篠宮ご夫妻の次女佳子さまは19日、東京都内で、ガールスカウトの活動を紹介する「ガールズメッセ2025」に出席されました。ガールスカウトは、すべての少女と女性が自分らしく生きられる社会構築のための活動。今年は「わたしの声から広がる世界」をテーマに開催。コミュニティーに変化をもたらしたプロジェクトとして、災害時にできることを子どもらに広める防災イベントを企画した岡山県総社市のグループなどが表彰されました。


 佳子さまは表彰式であいさつし、「より良い社会を目指して真摯に考え、声をあげ、行動を続けることは、エネルギーを要し、勇気がいること」「頑張る姿に励まされる人が大勢いるはずです」と述べそのうえで、「異なる背景や状況への理解が深まり、誰もがより幅広い選択肢を持てる社会になることを、心から願っています」と呼びかけました。式典後は、受賞グループによる活動報告に耳を傾けた後、メンバーの大学生や高校生と懇談。「大事な取り組みをされていると感じました」などと伝えていました。































 









拍手をされる佳子さま。「誰もがより幅広い選択肢を持てる社会になることを、心から願っています」ってまたこの言葉。ご自身がもっと幅広く選択できて自由にしたいという願望を言っているように聞こえますよ。懇談の時のコメントもやっぱり具体性がなく「それだけ?」ってなるようなものでしたね。