「バーニング」2018年、韓国映画、
イ・チャンドン監督。
昨年にNHK版を観てからの鑑賞。
劇場版には、主人公を理解する上で大事なシークエンスがいくつも追加されていました。
イ・チャンドン監督はいつも私の泣きのツボをトーンと突いてきます。
ソウルの街や国境近くの小さな村、はためくビニールハウス、夕焼け、寂寥感に満ちた画面と、謎が散りばめられた物語。
広がるその世界は何もかもが私には魅力的でした、
証拠のない失踪事件や存在不明の猫や井戸までも。
何か靄のかかった遠くの世界に誘われているような感覚。
しかし、何よりも強く惹き付けられたのは、
ユ・アイン演じる主人公ジョンスの、
おそらく自分でも明確には認知していないに違いない、けれど確実な渇望。
何も持たないジョンスの前に突然現れたヘミとベン、
二人の存在は彼を高揚させると同時に、
置かれた現実をはっきりと浮き彫りにします。
加えて幼い頃家を出た母との再会。
全てを持っているベンに貧しい自分の暮らしを見せてしまうこと、ベンの友達と飲み、自分を捨てた母に会うこと、
彼は拒まむこともせず普段と同じテンションを保ちます。
穏やかな笑みさえ浮かべるその心の奥底に嫉妬や絶望が微塵もないわけがなく、拒まないことが彼なりのプライドだったのではないかと思うと、小説を書くという夢や村長に頼まれた文筆の仕事までが切なく見えてくるのです。
結局劇場版でも、へミの真実やベンの正体、ジョンスの行く末、全てはっきりとせず、ベンのバスルームのコレクションや名前を呼ばれて反応する猫などから、想像をめぐらせるしかないのですが、そんなことはどうでもよくなるほど、私はジョンスという青年に心を寄せてしまったのでした。
ラストの彼の行動は必然でもあり、予見出来ていたもの。
今の彼が解き放たれるにはこうするしかなかった。
それでも、へミやベンに会わなかったら彼はどう生きていたのか、事件の後どうなってしまったのか。
私はジョンスのことを今でも考えるのです。
イ・チャンドン作品の主人公に出会ったとき、いつも私は彼らのことを引きずってしまいます。
「オアシス」の二人も、「ペパーミントキャンディ」のヨンホも、「冬の小鳥」のジニも。
そんな気持ちにさせてもらえることが癖になり、私はこの監督の作品を観ずにはいられません。
ベンを演じたスティーヴン・ユアン、「ウォーキング・デッド」のグレン以来、別の役を演じる彼を観たのは初めてですが、とらえどころなく不穏なベンのキャラクターを見事に演じていたように思えます。
彼はとても好きな役者です。
韓国の誇る若き名優、ジョンスことユ・アインはもちろんのことです。
私の満足度 85点
