昨日早朝のミサイル発射。

 
私は徹夜で資料をまとめていたので、朝とはいえ、ちょうど眠りにつくところでした。
 
携帯持ってベッド入った途端、あれ?っと。
 
アラートって...
 
この間のアラートテストでかなりうまくいってなかったみたいだから、これもテストか、もしくはミス送信?と最初は思いました。
 
が、しかしテレビをつけてみると一斉放送。
 
ひゃぁー。
 
なになに。
 
テレビのテロップがずっと同じで、発射された模様と告げたまま、具体的ではないのでしばし様子見。
 
サイレンが鳴り響いた地区はもっと驚いたでしょう。あとからネットで見ましたが。
 
これから通勤通学の時間。だけどやけに静かな朝だったので、ひとり胸がドキドキしました(家族は起こしてみたけど、ひとりは起きてきたけど、また眠りにつき、もうひとりは起きもせずぐっすり...)
 
今回は、まだ早朝で自宅だったから、まだよかったけど、これが外出先で、人混みの中、しかもサイレンが鳴ったら相当パニックになりますね。
 
頑丈な建物の中にというメッセージでは、頼りない。
 
以前、東日本震災の時は街中で一斉に携帯の地震速報のアラームが鳴って、それもパニックだったけど。
 
怖いですね。
 
ミサイル。核。爆撃。
まさか!の文字が心を駆け抜けました。
 
夜には少し考えたい気持ちもあり、ちょっと怖いし重いテーマだけど、録画してあったドキュメント「本土空襲 全記録」を思いきって渡邉くんと見ました。
 
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太平洋戦争中、戦闘機に装備され、機銃を撃つと自動的に作動する「ガンカメラ」の映像。
 
日本本土への空襲。
 
ほとんどの日本の都市が焼き尽くされた日本地図のデータと合わせて放映されました。
 
人はなんと愚かなものか。
 
戦争は、はじまれば止めることが出来ない。決して解決しないとわかっていても戦い続けるしかない....と他のニュースでつい最近聞いたことがあり、そんな言葉を思いながら、無残な映像を見ました。

72年前、終戦までに一体どれだけの爆弾が日本に落とされたか。
 
身近にある危機感。
 
心配し過ぎと思う人もいるのでしょうけれど、実際、自分たちの国の上空を飛んでいるのですから、心配します。

それに、日本の飛行機や船舶が被害にあわないとは絶対言えないでしょう。
 
ここで、またまた古い映画のことを言いますが、こんな時、いつも思い出されるのは黒澤明監督の「生きものの記録」
 
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この映画は、三船敏郎演ずる老人が日本の状況に危機感を持ち、行動を起こすのですが、日常の生活を優先する家族には理解されず次第に狂っていくというストーリー。
 

『あらかじめ分かっている問題にどうして対処しようとしないのか』というのがテーマ。

 

一貫して反戦を訴え続けた黒澤明監督が、過熱する米ソの核軍備競争や1954年に起きた“第五福竜丸事件”などで盛り上がる反核の世相に触発されて原水爆の恐怖を真正面から取り上げた異色のヒューマン・ドラマなのですが、私はいつもこの映画を幼き日に見たことを思い出すのですよ。

 

世間の思いはそれぞれ。

人の思いもそれぞれ。

 

平和ボケと言われる日本ですが(もちろん平和ならそれが一番なのですよ)危機感はかなりすぐ側にあるのに、どうしようも出来ない状況しかないもどかしさ。

 

私にとっても生まれて初めてのアラート。大人の自分でさえ戸惑っているのですから、子どもたちは昨日のアラートやサイレン、ましてや頭上をかすめるミサイルをどう理解するでしょう。

 

すごい経験だと思います。

私が幼き日にはなかったことです。

 

たくさんの方々が命を落とした戦争。武器は全てが非人道的ですが、あえていうなら非人道的兵器で殺しあう世界には決してなってはなりません。

 

政治がしっかりと機能してくれなければとも思います。

 

アラートから、あまりに早い官邸の動きには驚いていたのですが、今日のニュースで首脳陣は事前に知っていて官邸に泊まり込んでいたというニュースもありました。

 

そして日本と切っても切れない関係にあるアメリカも、プロの政治家ではない大統領の出現で、まったく力量の分からない権力と不穏さの中にあり、しっかりと外交の政治が出来ているのかもわからない状況があります。

 

私たちに結果として悪い状況が露呈する前に、政治でしっかりと外交をコントロールしていくのが政治家でしょう。

 

悪い時代に向かわないように、私たちが選んだ方々がしっかりと責務を命がけで果たすことを願います。

 

今日はいつもよりmaxな気分で書きました。

 

読んでくださる方がどう思うかわかりませんが、私にとってのブログはダイアリーでもあるので、昨日のことを忘れないためにも、ここはしっかりと記しておきたいと思いました。

 

かつて、国や政治を批判してはいけない時代が確かにありました。


そんな時代にはならないよう、重ねて願います。