ここで、気になる宿泊情報をお伝えしようと思います。


気仙沼号(行先:気仙沼+気仙沼大島+陸前高田)では、現地の方のご厚意により、とあるコミュニティセンターに宿泊させていただいております。


寝るお部屋はこちら。



約50畳の、畳の広いお部屋です。

間を天井まである壁のようなもので区切ることができ、男女それぞれ25畳づつを使用します。




こちらは、各自寝具セッティングを始める前の状態。


お座布団が相当数あるので、一人3枚程度をお借りすることができます。

通常は、そのお座布団の上に、自分の寝袋などを敷いて寝るので、ふわふわ状態で眠ることができます。

広々しているので、ぎゅうぎゅう詰めにもなりません♪

外には緑が広がり、夏過ぎからはコスモスが揺れてほっとする景色を楽しむことができます。


冬はストーブが入るので暖かく、

夏は外の空気が涼しいのでクーラーいらず。

快適に過ごすことができますニコニコ



ちなみに、宴会室はこちらとは別に、おなじく畳のお部屋があります。

寝室としてつかうこちらのお部屋とは少し離れていますので、

早く寝たい方も静かに眠ることができます。


宴会を楽しむ方も、消灯時間には時間を守るようにしてくださいね。



キッチンはこちら。



東北のコミュニティセンターはお祭りなどの準備にも使えるよう、学校の調理室のようなキッチンが併設されていることが多いです。


こちらも、冷蔵庫、電子レンジ、ポットは完備されています。

お皿・コップ等も使わせていただいても構いませんが、キレイに洗って、元の位置に戻しておいてくださいね。

また、冷蔵庫の中に入れたものをお忘れのないように・・・♪




女性ならチェックが欠かせない、トイレはこちら。



和式・洋式、どちらも後準備があります。

洋式は便座があたたかくなるので、寒い東北の冬でも安心です♪


洗面所はこちらになりますが、あまり広くないので、洗顔・歯磨きなどはキッチンをお借りする人が多いです。



お借りしたコミュニティーセンターは、朝、一通り掃除をしてから退出させていただきます。


私達の活動は、現地の方のこうしたご協力にも支えられているのですね。

ありがたいことですラブラブ





627日発、JILCA気仙沼・大島号の活動報告を、今回もトルシエが担当させていただきます。

今回は土曜日はマッサージ&カフェとガテンの活動が有り、マッサージ&カフェ班は大島の「休暇村」「親王平」「大島中学校」の各仮設住宅で、ガテンは陸前高田での活動となりました


日曜日はガテン班もマッサージ&カフェ班に加わり、気仙沼本土の「条南中学校」「面瀬」の仮設住宅と、本吉の「松尾コミュニティーセンター」での3カ所での活動をしました

今回、以前にも同じ仮設での活動経験のあるメンバーを配置したこともあり、住民の方と久しぶりの再会を果たし、和気あいあいとした雰囲気の中での活動をすることができました

 マッサージ班は、住民の身体の声をききながら、じっくりともみほぐしています

カフェ班は、マッサージ待ちの人、マッサージの終わった人と語り合います 住民の皆さん、結構手先が器用なので、折り紙を教えてもらったりしながら、まったりとした時間を共有しています




ガテン班は、草刈りに向かいます
8月の七夕祭りにそなえて、草に覆われた街を綺麗にすることと、花で飾る準備のために、時折ざーっと雨の降る中、モクモクと活動をしました




草刈りの後、花壇をつくれるように準備してきました

今回の気仙沼号、土曜日の活動後、「語り部」として気仙沼に住んでいる方の震災当時の話しを聞く機会をいただきました。

そのお話について簡単にまとめさせていただきました。

 

 

バス車内より気仙沼安波山→気仙沼市街→階上→気仙沼エースポートの景色を見ながら

大島

大島は震災でライフラインが全て止まった 若い人は「陸側(気仙沼本土)」に、島には小さい子供、高齢者がいて、何日もの間暗くて水の出ない中、不安で寂しかったのでは

5月末~6月に島に渡ったとき、リフトのあったところにフェリーが3艘綺麗に並んでいて、津波のすごさを感じた

陸側から大島を見る度、あの島があったから気仙沼はこのくらいの被害で済んだ 島が無ければもっと山の手まで津波が襲ったんだろうなと思うと涙が出た

 

銭湯 亀の湯のあたり

大きな商店街や舟の卸問屋で賑わっていた 今は堤防やかさ上げの問題で町づくりが進められていない

階上・本吉のあたりと街中では産業が違うため、生活形態も違うので、復興に対しても意識が違いがあり、復興への持って行き方に差がある これが復興が立ちゆかない理由なのでは

 

プラザホテル

当時ホテルにいた人は、フロントの高さまで波が来るのではという勢いの津波が渦巻いていた

 

3年前、黒焦げになった船が、幽霊船のようにあった

今でもテレビで津波の映像を見ると、何度見ても情けない、涙が出る風景

 

海の市

水産加工業者の踏ん張りがあって、よくこんなに早く再開することができたなと、住民のひとりとして嬉しい

以前の景色と全く様変わりしていて、どこで道を曲がって良いかわからず(特に夜)住民でも道に迷う でも、3年も見続けていると、元々こんな景色だったのかなと変な気持ちになることも

 

東浜街道 ゲオの辺り

道には加工市場に会った鮮魚や加工した魚などが散乱していて、ものすごいにおいを発していた

川の中にはタンクローリーや大型トラックがあって、信じられない光景だった

川の中に遺体があったようで、カラスや海鳥がそのポイントに入っていて、地獄絵のようだった

 

想定外

住民の方から見ても、今回の津波は想定外だった

海を抱える気仙沼では地震=津波に用心と小さい頃から意識付け、避難訓練をしていた が今回はその避難所そのものが被災した

 

杉の下地区(陸前階上 岩井崎の近く、今回の語り部さんが震災前住んでいた地区)

18mの高さの津波が襲ってきた

10年くらい前から、宮城県沖、三陸沖の地震が懸念されていて、30年以内に90%の確率で発生すると言われ、津波も懸念していた。

今回の語り部さんに家でも水、薬、衣類などを備蓄、大切なものも家の2階にあげていた

この地区では6月、8月、9月と年3回避難訓練をしていた 市が指定した避難場所もあった(が今回はそこも被災した)


避難所

震災当日、一度腰を上げてしまうと、もう後から座れないだろうと思えるくらいギュウギュウだった

トイレはスゴい状況だった おやつや飲み物を持ってはいたが、トイレのことを考えると、震災当日は食べられなかった


仮設住宅

仮設住宅へ入る抽選会で、語り部さんのお母さんが高齢と言うこともあって、一番先に当選した しかし「良かったね」と言ってくれる人はいなかった その代わりに「どんな色目を使ったんだ」「市会議員にいくら包んだんだ」と言われた 先に避難所から仮設住宅へ宇着くことのできるねたみもあり、抽選に当選した人たちは周りの人からしばらく口を利いてもらえなかった

4畳半二間の仮設住宅は、大人4人クラスには、空気が薄くなるというか、大変な環境
娘さんが看護師の国家資格の受験勉強をするため、夜中2段ベッドの上で腰を掲げて勉強していた姿に涙が出る想いだった 受験生を抱えた家族は皆同じ状況だったんだろうと思う

学校の校庭にある仮設住宅は、27年度3月までにすべて撤去することになっているとのこと 公営住宅や新居へ移り住めない人はまた別の仮設住宅へ移ることになるが、どこまでも被災者には、行政は冷たいというかやさしくないんだなと感じる

また3年間かけて作ってきたコミュニティも、移り住むことで、また人間関係を作り直さなければならない 高齢者に撮っては、新しい環境に慣れることができるのだろうかと考えるとどうなのかなと思う



ほかにも、自分自身の体験、見聞きした様々なお話を約2時間聞くことが出来ました

その最後に、このような言葉をいただきました

「自分が体験しなくても、想像をする力を持って下さい」
「あの日、こういうことがあったんだということを忘れないでいただきたい」





 




さて、話しはガラッと変わりますが。。。

今回はドライバーと引率した我々にもミッションが。。。

それは、次回以降にランチ場所として有望な唐桑半島にあるかき小屋「唐桑番屋」の下見です

ここ、冬期は牡蠣が食べられるお店なんですが、5月に牡蠣のシーズンが終わったのち、7月から(今年は7月5日から)ウニ丼の提供が始まるとのことで、今回は特別にそのウニ丼をいただきました

朝、採れたばかりのウニを豪勢にご飯にのせたウニ丼、大変美味しくて、醤油とかの味付けもいらずそのまま十分いただけます

また、このウニの瓶詰めの発売予定とのこと

ウニ丼は土日、予約した50名限定の提供とのことですので、是非食べに行ってみて下さい



(活動写真については、住民の方の撮影許可を撮ったものを掲載しましたが、二次使用については配慮していただけますよう、お願いいたします)

★南相馬号参加者・ Mさま ----------

すてきなボラ仲間に出会えて、楽しく有意義な時間を過ごすことができました。

語り部のKさんのガイドで、津波の被害を受けたままの家屋や更地を見て、いろいろと考えさせられました。
そして、他県に比べても「時間が止まってる」感を強く感じました。

磨崖仏を見ることができたのも幸甚でした。

超おすすめスポットとして予定になかった悲山の石仏を見せてく下さって、なんというか、Kさんの南相馬が大好きな気持ちが伝わってきました。

自分の生まれ育った土地を被災地としてではなく、すてきな場所として紹介したい当たり前の気持ちに気づかされました。


★南相馬号参加者・ Tさま ----------



のどかな南相馬の風景の中で、この地を離れざるを得なかった人々の悲しみを思いやるせなくなりました。

経済を優先させるあまり技術を過信しすぎた結果の惨状、、、。

山積みの黒い袋を何処へ持って行くのでしょう。
核廃棄物の処理はどうするのでしょう。

オリンピックに浮かれてばかりいてはダメよ !! と政府や経済界の人達のお尻をひっぱたきたく成りました。

この自然さえも息をひそめてるような風景、、、 絶対に忘れられない。

柏崎刈羽原発の向かいに故郷を持つ私の恐れでも有ります。

岩手県・山田号参加者 Hさま
被災地の方々のコミュニティ形成、会話を生み出す手助けに貢献できたことは大変嬉しかったです。

自分としても、よい経験となりました! ボランティア活動はもちろんですが、その後のミーティングで意見を交換したり、スタッフの方のお話を聞けたことも自分にとってとても印象深かったです。


宮城県・牡鹿号参加者・ Sさま
今回参加できて、本当に良かったと思います。

被災地を見るのも、仮設住宅に入るのも、現地の方とお話しすることも初めてで、まず今を知ることができたことが自分の中で大きいことでした。

家の基礎だけが残っているところ、新しい家が建っているところ、工事が途中まで進んでいるところ。
自分の目で見て、自分の足で歩いてみて、今の私には何ができるのかと、けっこう呆然とした瞬間もありました。

また、継続して現地に入られている方が多く、一緒に参加させていただいたボランティアの方からいろいろとお話を伺って学ぶ事も多かったです。

初めて被災者の方とお話しするので、わからないことや迷うことがたくさんありましたが、相談すると「それで大丈夫だよ」とか「ここはこうするといいよ」など言っていただけて、みなさんと参加できて本当に良かったなと思います。


(FBからの引用:くにさん)
1/31~2/3 岩手県・山田 Oさま
今回初めてボランティアに参加して印象に残ったことは、住民の方々の笑顔です。

私が初めに想像していたよりとても気さくで明るい方々ばかりで少し驚きました。
しかし、笑顔のうらで悲しんでいる方もたくさんいらっしゃると思うので、まだまだボランティアによる心のケアは必要であると思いました。


4/4~4/6 宮城県・気仙沼 Kさま

とにかくお客さんが多かったこと。
JILCAの訪問を心待ちにしていた人が多かったこと。
長年のJILCAの活動が認められていると思う。

子供が加わると話の場が明るくなる。うまく連れてこれるとよいのですが、、、、

語り部はよかったです。ほかの方の話も聞いてみたい。
気仙沼の商店街やみやげ物店でお金を落とせたのでとてもうれしい。"


4/4~4/6 宮城県・気仙沼 Kさま
とにかくお客さんが多かったこと。
JILCAの訪問を心待ちにしていた人が多かったこと。
長年のJILCAの活動が認められていると思う。

子供が加わると話の場が明るくなる。うまく連れてこれるとよいのですが、、、、
語り部はよかったです。ほかの方の話も聞いてみたい。
気仙沼の商店街やみやげ物店でお金を落とせたのでとてもうれしい。


4/4~4/6 気仙沼+気仙沼大島 Aさま
今回、初参加のボランティアが、JILCAさんで本当に心から良かった。
と、感じています。

志しの高さが滲み出ていて、それも、きちんと初めての方への説明として、対面を取っていることの誠実さなど。それによって、共に行動するメンバーとのやりとりが、ブレないという面で表れているのではないかと、今回感じました。
マッサージ部隊として、気をつけるべきこと。とても、大事なことを伝えてくださり、出発前に肩の力が丁度よいくらいに抜けて、心構えとしてのイイ緊張感が持てて、少しほっとできました。
現地の方の協力を得て、参加できたこと、また素晴らしい体験ができ、ありがとうございました。
また参加できる際は、よろしくお願いします。


4/18~4/20 宮城県・牡鹿(石巻)
JILCAボランティアバスツアーに参加してきました。

3年ぶりの被災地ボランティアで、3年前にも視察した女川の沿岸部もまた見に行くことが出来ました。
道路の方は綺麗になっていて、ガレキ撤去もかなり進んでいました。でも、正直な感想は「3年でこれだけなのか…」復興のペースが早いのか、どのように進めていくのかはわかりませんが、私の記憶にある3年前に見た景色と重なる部分が多すぎた気がします。
これも来なきゃわからなかったことです。テレビの印象だけで勝手に、もう大丈夫なのかな?とか思ってたけど、そうではなかった。
こうやって伝えることしか出来ませんが、本当に実際に被災地に来て欲しいです。来てみて、色々感じてから被災地のことをちゃんと考えてほしい。

そして、今回は初めて現地の人達と関わることが出来ました。
マッサージ部隊とカフェ部隊ということで、カフェ部隊の方で、現地の人と会話したり遊んだりしたのですが、元気をあげるどころか、元気をいっぱい頂きました。一緒に歌を歌う機会もあり、こんなに楽しんでいいのかってくらい一緒に楽しませて頂きました(^^)
狭い閉鎖空間の中で、ボランティアの人たちと話したりすることは、とても新鮮みたいです。話すだけでも、小さいながら力になれた気がしました。

仮設住宅も真近に見て、東京での生活で不満を言ってる自分がちっぽけに思えます。寒さや騒音対策なんて何もできてないんじゃないかって…そんな感じです。東京での生活が、決して当たり前ではないと思い知らされました。
3年前もそうでしたが、被災地に来ると全ての考えを改められます。そして元気をもらい、学ぶことがおおいです。これも訪れてみて初めて感じることです。

今回参加したボランティアメンバーは16人で、皆さん本当に暖かい、信頼できる、素晴らしい方々でした。この出会いにも本当に感謝です(^^)食事も本当に美味しかった!
いつも思いますが、ボランティアに来る人たちは、みんな気遣いレベルが本当に高くて甘えてしまいます(^_^;)笑 だからまた参加したいというところもあります。笑 本当にありがとうございました(^^)
写真に全員のがなくて申し訳ない。笑

まだまだたくさん言いたいこと、伝えたいことはあります!尽きません。ですが、興味があるなら是非現地を訪れて欲しいです。
これからも絶対また被災地に行こうと思います。忘れずに最後まで関わりたいです。そしてもっと多くの人に関わって欲しい。
少しでも気になるなら、是非一歩踏み出して。


4/18~4/20 宮城県・牡鹿(石巻) Hさま

初めて現地の人と関わりをもちました。
普段は元気でも、時折こぼす「仮設は暇だよ。」などの言葉は印象に残っています。
カフェ部隊としてお話相手になるだけでも、すごく現地の人にとっては新鮮なのだと実感しました。


(FBからの引用:くにさん)