その他もろもろ、書きます。パー




今回、山田を訪問して、嬉しいことがありました。




それは、かき小屋の復活。クラッカー




JILCA ~東日本大震災 ボランティア~



復活、といっても、仮設店舗での営業です。


それでも、かきが特産品の山田町にとって、特産品での復活は、町民の方に勇気と元気を与えるのではないでしょうか。


私たちが訪問した、ちょうどその日、OPENでしたが、TV局なども来て、とても賑わっていました。


鉄板を目の前にして、


紙のエプロンをして、


殻付のカキを食すんだそうです。 おいしそうですね~恋の矢


JILCA ~東日本大震災 ボランティア~



食べ放題で、40分・2800円だそうです。


JILCAでも、冬の間に一度食べに行こうと、密かに狙っています。。。にひひ




ちなみに、左の青いコンテナは、JILCAの前身団体・日本ユニバが山田町の拠点として使っていたものです。


これは、キッチン(+倉庫)棟。


(なぜか、居住棟の方が小さかった。。。)

知っている方にとっては、ちょっと、懐かしいのではないでしょうか。得意げ




海を見渡すと、カキやホタテの養殖イカダがたくさん浮いていました。




JILCA ~東日本大震災 ボランティア~





数ヶ月前から浮き始めた気がしますが、行くたびに、増えている気がします。


復興の足音が聞こえてきますね。走る人


一方、仮設住宅の暮らしはラクではありません。


今回、談話室のないような、小さな仮設団地も回りました。




仮設団地は、たいてい、辺鄙な場所にあります。


当たり前と言えば当たり前ですよね、ある程度の土地があったにもかかわらず、これまで活用されていなかったからこそ仮設を立てることができたわけですから。




山田は山と海の町なので、山間に仮設があることが少なくありません。




JILCA ~東日本大震災 ボランティア~



こんなとこや、


JILCA ~東日本大震災 ボランティア~



こんなとこ。


写真が分かりにくくて申し訳ないのですがあせる、上の仮設は、坂道に建っているため、一番上の棟の方は、入口から自分の家にたどり着くまでに、とても急な坂を登らなければなりません。


しかも、仮設の入り口自体も山の中腹にあるので、そこまで上がってくるのも大変。


私たちでも、息が切れます。




下の写真は、別の仮設です。


仮設を背にして、下を向いています。


実は、これでも、まだ、仮設につづく道の中腹。


延々と階段が続き、道も細くてバスも入れない、という、大変な場所です。




今回、仮設の方から、「電動自転車があればねぇ。。。」というお話がありました。


たしかに、この場所まで、


荷物を持って歩いてあがること、


自転車で上がること、


は、かなりツライと思います。




「東北の人は、もともと、みんな、車を持ってるんでしょ」


と思いがちですが、私たちが仮設を回ってみてわかったことは、意外にそうでもない、ということでした。




周りの方に助けていただいたり、遠くに住む子供世代が週末に助けに来てくれたり、ということはあるのですが、


普段は徒歩生活で、バスも通らない不便な場所に移動させられては、自分ではどこにも行けない、という方がかなりいらっしゃるように感じます。


山を下りても津波で流された何もない場所だったりもしますので、はたして電動自転車がどの程度活躍できるのかもう少し冷静に考えてみたいとは思いますが、「電動自転車が欲しい」という気持ちは非常にたやすく理解できる状況です。




その他、今回、「思い出写真館」というイベントに出あいました。




JILCA ~東日本大震災 ボランティア~



旧・山田病院、という建物で、山田町の社協が開催したものでしたが、戦前の山田町の姿から、昭和初期、被災前 の写真を飾っていました。


そして、


いろんな方の結婚式の写真のコーナー、


生まれたての赤ちゃんの記念撮影のコーナー、

旅先での笑顔が並ぶコーナー、、、、




山田町で生活をしておられた方々の幸せそうな笑顔が額に入れられてキレイに並び、幸せな気持ちになると同時に、ついこの間までこんなに幸せな生活をしていた方々の現在の境遇を思うと、胸が詰まりました。




この写真展、恐らく、持ち主探しの意味も込められているのだと感じました。




写真はどれもキレイにされていますが、


端が欠けたり、


写っていない箇所があったり、


津波に流された写真を修復したものなんだろうな~、ということが容易に想像できました。




被災地に行かなくてもできるボランティアがあります。


写真を洗浄する、「あらいぐま隊」です。


http://risukai.blog90.fc2.com/


写真展には多くの町民の方が駆けつけておられ、遠く離れた地で一生懸命作業をされるボランティアさんの気持ちと成果は、たしかに、被災地に届いていました。




・・・と、しんみりしたところで、宴会の様子を。




JILCA ~東日本大震災 ボランティア~



JILCA山田ツアーの楽しみは、なんといっても、この、宴会です。


温泉+食事、で、なんと、1000円という、嬉しい宴会。


初日の集合直後から、「最後の温泉が楽しみ恋の矢」と、公言(?)する方もおられるほどです。


はい、よく働いたあとの温泉とビールは、格別ですね!ビール




そんな中、1滴のお酒も飲まずに頑張ってくれるのが、ドライバー部隊。バス




JILCA ~東日本大震災 ボランティア~



JILCAのドライバー部隊は、実は、ものすご~くハードです。


もしかすると、一番ハードな部隊かもしれません。




ただ、中型バスを運転できる、だけではダメなのです。


20~30人の命を預かるわけですから、


そして、往復のバスは参加者にとって貴重な休息の場であるわけですから、


安全で、丁寧な運転ができないとダメです。




と、ここまでなら「普通のドライバーでもそうだよ」という感じなのですが、スケジュールが、これまたハードなのです。


往復の道中は、片道、7~10時間かかります。


しかも、深夜、です。


みんながぐぅぐぅ寝ている深夜、黙々と運転しなければなりません。あせる




そしてなんと、現地に着いてからも寝れません。叫び


ガレキ部隊だけなら、現地に預けて「あとは睡眠!」とできるのですが、JILCAの場合は、マッサージ部隊やアクセサリー部隊など、仮設団地をあちこち回る部隊がいます。


そのため、ドライバー部隊は一睡もしないまま、あちこち、メンバーを運んで回らなければならないのです。


しかも、時間もタイトだったりしますし、道も、舗装されていない、細い道だったりします。


心身共に、相当タフでないと、持ちません。




こんな、メンバーが寝てる時も起きてる時も働き続け、


命を預かる重要な責務を負いながら、


ドライバー部隊も、実は、ボランティア、です。ショック!




しかも、現在JILCAのドライバー部隊のメンバーは、なぜか、都内・神奈川の人がいません。えっ


埼玉、千葉、山梨、神戸など、、、 遠方から駆けつけてくれています。


本当にありがたいことです。


JILCAが毎回無事に、安全に、精力的に活動で来ているのには、ドライバー部隊のありがたい協力があってこそ、です。


いつも登場しませんが、この場をお借りしてお礼をしたいと思います。 どうもありがとうございます。恋の矢




こんな、いろいろな方に支えられ、細々と活動を続けているJILCAですが、根性だけは座っています。


冬に入り、ボランティアセンターを閉めてしまう場所も増えてきました。雪


活動を中止・撤退する団体も増えてきました。


しかし、そんな、被災地の方にとって寂しさを感じる季節だからこそ、「孤独死対策」を活動目的に掲げるJILCAのがんばりどころだと思っています。メラメラ




雪の問題や道路凍結の問題などもあり、正直、ラクではありません。


無料宿泊所が閉鎖になると、資金的な問題もでてきます。


それでもJILCAは、できる限り、一人でも多くの方に前向きに生きていただけるきっかけを作れるよう、がんばっていきたいと思っています。




今後ともご支援・ご協力を賜りますよう、よろしくお願いいたします。




最後になりましたが、今回もご協力くださったすべてのみなさまに感謝申し上げます。


どうもありがとうございました。




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