平成21年5月3日
時効制度撤廃に関する嘆願書
親のない子はおりません。どのような環境であれ、親にあやされているひと時は、満面の笑みで子は応えていると思います。そして、その子の笑みにまた親は微笑み返しながら、健やかな成長を願っていると思います。
しかし、その笑みが、ある日消えました。
その日から私たちは、遺族になりました。遺族・・遺された家族です。
遺された私たちに、親子で触れ合うあの満面の笑みに包まれた情景はもうありません。春になれば「花」に親しみ、夏になれば「水」に親しみ、秋になれば「紅葉」に親しみ、冬になれば「雪」に親しんだあの季節は返ってきません。
なぜ、こうなってしまったのか? 毎日が思い出を追う日々です。
夢でもいいからずっと傍にいて欲しいと願います。そして夢の世界が現実となるような逆転の世界にならないかと心から願ったりもします。
時計はあの日に止まったままなのです。時の経過によって思いが薄れるとは、為政者の言葉だと思います。何よりも理不尽にして殺害された被害者の殺害される一瞬の思いは「驚きと恐怖」「助けの請願」「憎しみと絶望」・・「なぜ殺されなければならないのか?」という薄れる意識の中で命を落として逝ったと思います。その一瞬から私たち遺族の「なぜ?」という意識が強く、そして大きく、そして時間とともに増しているのです。
この世に生を受け、生きるという最も尊い「生命の尊厳」を奪われた無念を、時とともに薄れるなどと誰が考えたのでしょうか。生命に替わる大切なものがあるでしょうか。最も大切なものを奪われて、時の経過で忘れなさいという「時効制度」とは何ですか?
無念の中に逝った被害者、そして最も大切なものを奪われた私たち遺族が、「なぜ」この上お願いしなければならないのか。大きな矛盾を抱えながら、それでも国会にお願いしなければ、同じような被害者そして遺族をつくってしまうのではないか。そのような断腸の思いからここに「時効制度の撤廃」をこぶしを強く握りしめて、ひたすらお願い申し上げる次第です。
具体的には、平成21年4月3日森法務大臣が公表致しました「法務省勉強会」の公訴時効見直し4案(①時効制度の廃止、②時効期間の延長、③DNA型情報などを被告として起訴し時効を停止、④「確実な証拠」がある場合検察官の請求で裁判所が時効の停止か延長を決定)について、可及的速やかな「時効制度の撤廃」に至る結論を導いていただき、法案の成立をお願い致します。
「宙の会」としては、上記4案検討の中で次の3点について、活動目的として運動を推進することと致しますので、重々ご配意をお願い申し上げます。
1 時効制度の廃止
公訴時効制度の趣旨について、一般的には
① 時の経過とともに、証拠が散逸してしまい、起訴して正しい裁判を行うことが困難になること。
② 時の経過とともに、被害者を含め社会一般の処罰感情が希薄化すること。
③ 犯罪後、犯人が処罰されることなく日時が経過した場合に、そのような事実上の状態が継続していることを尊重すべきこと。
とされております。
私たち遺族は、遺族の感情論としてではなく、一歩も二歩も引いて国民の感情として冷静に判断しても、「生命の尊厳」という他の犯罪被害と比較にならない侵害に対し、被害者が被害者として判断されていない見解に対して、いかなる法益及び評論と比較衡量しても、「生命の尊厳」を超えて尊重すべき或いは守るべきものは存在しないと考えております。
公訴時効制度という法律は、「生命」という最も崇高な「尊厳」を喪失している法律と考えます。
2 公訴時効の停止
時効制度の廃止という法改正に至っても、不遡及の原則から未解決殺人事件には適用されない可能性があります。現在の刑事訴訟法には、公訴の提起を行うことにより、時効の進行を停止させる条文が存在しております。しかし、指紋等で犯人が特定され逮捕状を得て全国指名手配しておきながら公訴の提起がなされていない。また、DNA等で4兆7千億分の一人と特定できる資料が存在するのに公訴の提起に至る判断が示されていない。国家が処罰権を有している民主国家にあって、処罰権を行使するために、まずは公訴の提起を考慮して時効停止の措置を拡大し、「生命の尊厳」を奪った犯罪に対する処罰権行使の機会を確保していただきたいと考えます。犯人と向き合い真実を明らかにする土俵の上に立たせていただきたいと願っております。
公訴の提起がなされれば、時効が停止し犯人と向き合えるという条文が存在するのですから、被害者の“死”に対する反証として、是非条文を“生”かしていただきたいと考えます。
3 遺族に対する国家賠償責任
国民の生命・身体・財産を守ることは国家の義務です。その為に国民は税金を支払い、国家に秩序の安定を委ねております。しかし、殺人事件の発生により、被害者は生命を奪われ、遺族は精神的にも財産的にも多大なる侵害を受けます。それに対し国家として、刑事・民事において処罰権・賠償権を行使することにより秩序の安定を図っております。しかし、時効制度の存在により、刑事においては発生から25年(平成16年前は15年)過ぎると処罰権は行使できず、民事においては侵害を知ってから20年過ぎると賠償請求権は行使できないこととなっております。
犯人が逃亡している限り、刑事・民事の責任が問えないことに対し、刑事にあっては身柄の拘束により罰を科することですからやむを得ないところもあると考えます。しかし、民事にあっては侵害され続けている遺族に対し、国家の義務を結果において果たせなかった責任から、賠償という形で救済することは可能と考えます。殺人事件に対する民事判決で、時効後に名乗り出た犯人に対し、また、逃亡中の犯人に対し、それぞれ約1億円におよぶ賠償判決が出ております。しかし、現実問題として、判決を遺族が頂いても賠償請求権が残るだけで実効性のない判決です。国家が判決により判断を示しておきながら、実効性のない措置を国民に強いているだけと考えます。
国家が結果において、犯罪防止の責任を果たせなかったことに対し、国家として賠償責任を考慮し、後に犯人に対し求償権を行使するなどして実効性を確保していただきたいと考えます。
以上、3点を柱として申し上げました。
最後に、先の法務省見解の中では、公訴時効を見直す場合の方法について、現に進行中の事件に対し、改正の効力を及ぼすことができるかという、いわゆる遡及適用の問題についてまで言及し十分な検討が必要であると表明されました。
「生命の尊厳」に踏み込んだ被害者及び遺族の視点に立った見解と高く評価しているところです。是非、被害者及び遺族の視点から、十分な検討を重ねていただきたいと願いますが、憲法等との関連から論議が白熱し、いたずらに時の経過により、時効制度問題が先送りになることのないよう考慮していただきたいと考えます。
よろしくお願い申し上げます。
殺人事件被害者遺族の会「宙の会」一同
会長 宮沢良行
代表幹事 小林賢二