慈光寺開基百年記念誌作成にあたっての番外編を書いてきました。

ちょっとここで一段落をしようと思います。

 

ご協力をくださったお檀家様にすべて発送しました。発送にあたり確認作業や、

梱包方法などをいろいろ模索をしていたら、遅くなりまして、失礼いたしました。

 

分厚いものではなく、できるだけ手に取りやすい大きさ、

紙質などを出版会社の担当の方と綿密に打ち合わせをしました。

始めに載せるカラーの写真の厳選やコメント。

書中の写真と文面との整合性など。

 

私の文章は上手ではないのですが、私の言葉で書くようにしました。

初稿段階で、かなりの修正と文面に対する校正をお願いしました。

 

物語というわけではありませんが、一連の慈光寺の歴史と、

調査したことのすべてをさらけ出すつもりで書きました。

 

皆さまからご感想を頂戴することが多く、とても嬉しいです。

 

それがどなたも同じ感想、ではないのが面白いです。

 

注目する箇所がみんな違うというのは、私は全く想像がつきませんでした。

 

編集担当の方は、書籍化されたら、本が一人歩きしますよ、といわれました。

本当にそうでした。

本の中で、特別強調したいことはなく、ただ史実に対して、

私の感想を織り交ぜることは意識しました。

 

それに対しての私の想いを聞かれることが多く、

皆さんが感心をもって読んでくれたことにただただ感謝の思いです。

 

ものを書くのにあたって、脚色する必要があるのはいいですが、

事実をしっかりと書くことが、とても重要で、主観は入りますが、

嘘をつかないことの大切さ。現在でも不明なところは隠さず不明と書きました。

 

それが私自身、今後、何らかの形でものを書く機会があると思いますが、

この経験を大切に、一字一句の重さを考えながら、

ものを書いていこうと教えられました。

 

最後に、出版に際してご協力くださった皆さま、

ご感想を頂戴した皆さま、

本当にありがとうございます。

 

記念誌は、まだ十分在庫はあります。

 

お問い合わせは慈光寺へお願いします。

 

書籍について、睦子坊守が個人事業主として、書籍の管理をしていますので、

もしご興味がございましたら、北海道の小さなお寺の歴史を知ってほしいです。

 

慈光寺 第四代 八力廣超

一気に雪が融けて、桜前線もまもなく札幌へ。

この時期らしい行事です。

 

お釈迦様の誕生日、花まつり

   灌仏会のお知らせ

 

4月25日(土) 午後1時半より法要

 

         住職よりお釈迦様のお話

         法要後、宝玉齋こん太の紙切り道場

 

どなた様も花御堂のお釈迦様へ甘茶をかけてください。

お気軽にお詣り、お待ちしています。

 

こん太さんの紙切り、どうぞお近くでご覧ください。

すばらしいです。

 

3月に入ってから、【瑞雲閣】の開閉館時間を夏時間になっています。

 

月〜金 午前9時頃〜午後5時頃まで

土・日 午前10時頃〜午後2時過ぎまで(日曜日は早めに施錠しています)

 

法務が早く終わった場合や、通夜がある時。

また土曜日、日曜日は早めに正面玄関を施錠しています。

連絡は取れますので、ご予定のある方は、恐れ入りますが、ご一報くださいますと幸いです。

 

※行事中は、法要時間に合わせて、日中は夕方まで開館しています。

 

ちょっと最近、周辺が物騒なので、ご理解ください。

 

※4月18日(土)〜20日(月) 住職・坊守、木辺派本山錦織寺上山のため不在です。

昨年は、真宗木辺派瑞雲山慈光寺、開基110年を迎え、大雪の今シーズンを乗り切りました。

一時、境内地が雪でほぼ埋まった状態になり、春までに雪は融けるのでしょうが、

お彼岸までは無理だろうと思っていました。

しかし、どうでしょうか。例年よりも高い気温で、雪がぐんぐん融けて、

信じられないことに、春のお彼岸を迎える頃、境内地の雪は、2月の時期の4分の1程度。

驚きました。しかも、例年よりも根雪が早く無くなったのです。温暖化を実感しました。

 

冬の間、雪で閉ざされていたので、昨年、発刊した『真宗木辺派 瑞雲山慈光寺百年の歩み』。

番外編として、書くまでの過程や、本文では多く取り上げなかった祖父の印象。

父が生前、私に語ってくれたことを、思い出しながら、コラムで書き綴りました。

 

間が開いてしまいましたが、もう少し書いて、開基110年記念の後日談は、終わりにしたいと思います。

 

父は、開基百年を迎えることが分かったとき、とにかく、お寺として残せるもの、

それだけでなく、孫たちに残せるものを考えていました。

 

檀信徒向けでは、記念誌ではありましたが、

記念誌は、寺院の今までの活動や功績、記念写真など、

アルバム的な要素が強いと私は感じていました。

ですから、目指すは、文章は下手ですが、読み物にしたかったと考えていました。

 

父は、読み物を想定しつつも、文章を残したかったようです。

慈光寺の歩みとして、功績を残し、振り返りたかったようです。

 

私は、基本姿勢は父と異なりました。

私は、文章が下手でも活字で残したい。

父は研究者であるから、本当は写真がメインの記念誌ではなく、活字中心がいいと思っていました。

生前、そんな話はまったくできませんでした。

 

父の病名が分かった時、百年事業について心配をしてくれましたが、

百年誌を作る話まではしませんでした。

 

今、私たち家族で調べた記念誌を読んでもらえたら、何を言ったであろうか、

……ちょっと想像はつきます。

よくまとめたけど、「本当は俺は、大変だったんだ。そのことをもっと書いてくれ」と。

 

完成した本を読んだら、確かにそうなのですが、

本当に大変だったのは、実は祖父ではないかと思います。

 

私は、父の命に従い、龍谷大学大学院、真宗学を修了後、帰寺し結婚しました。

その後、子どもはできなかったのですが、しばらくして長男が生まれた頃、大病をし、

一度は諦めた学問の道を志すべく、リハビリを兼ねて学び、京都龍谷大学へもどりました。

博士課程へ進み、学びを続けました。

学位を取り、大学へ残る話がありましたが、私は戻ることにしました。

 

父は、密かに喜んでいました。

私は、縛られることがないのならば、京都に残るつもりでいました。

でもすでに子どももいて、いわば人質?なので、もどることにしたのです。

 

それが今、20年以上を経って、長男は龍谷大学の同じ真宗学の博士課程に残り、

次男は父の学んだ北海道大学のまるで分野は違いますが、大学院理学院に席をおきました。

 

学ぶことはどこでもできる。

ただモチベーションと、周りの援助、研究費に関して資金的な援助は、

在籍していないと厳しい現実は、今思います。

 

でもこれもすべて、慈光寺に生きる人間の選ぶべき道ですし、

それを強制も、束縛もしない、それが慈光寺なんだと思っています。

今年の春は、バタバタです。

大雪に始まり、観測史上、なんたらを何回も聞き、

あっという間に、あれだけあった雪が解けて、

廣顯の大学院の修了式に、優顯の卒業式。

廣顯は、博士後期課程に進学し、

優顯は北大大学院、理学院に入学。


気がつけば、4月。

新年度が始まりました。

慈光寺も、1.2月は見事に雪で塞がれて、

急にお彼岸を境に、動き出した感じです。


私も、前期は、何かと忙しくなりました。

新年度、春の門出かな。

『真宗木辺派 瑞雲山慈光寺百年の歩み』を昨年末に刊行できて、

年明けてから、この度、お世話になったアイワード様から、自社の事業紹介と、

YouTubeチャンネルにインタビューを載せたいという、大変光栄な申し出を受けました。

 

当初、1月中のインタビューでしたが、今年の札幌は、まとまった雪が降り、

しかも、ドカ雪。周辺道路は除雪が追いつかず、当然境内地も車が停められないほど、

雪に覆われて、とても入らしてもらえる状況にありませんでした。

 

そこで日程をあらためてすり合わせました。

 

やっと3月に入り、日程をすり合わせて、アイワード様にご来院いただきました。

 

執筆までの過程や、書き始めた動機、そして、現地での調査など。

今私たち、家族が一丸となって、慈光寺の赤裸々な姿をお話ししました。

書物にも、私の偽ざる現状を書いていますが、そこへ至までの背景を知りたかったということで、

私の想いをお伝えしました。

 

私は、父廣喜が開基百年記念誌を作成したいと思っていたことから、

その遺志を尊重したいと思っていました。

父の原稿を精査して、まとめて冊子にすること。

これが当面の課題でしたが、調べて行く中で、机上の資料探索と、現地での資料の精査は、雲泥の差がありました。

そこで、一番の衝撃は、慈光寺に残された資料は、どちらかというと、主観に満ちていて、

触れなくては成らないことが、触れられていない点でした。

 

私の疑問と執筆動機はここから端を発したと言えます。

 

限られた時間でありましたから、本当にあきらかにしたいとことは、課題として残りましたが、

長男廣顯、次男優顯にその課題を残して、私なりには一旦、まとめることができたと思っています。

 

アイワード様のご協力があってのこと。

 

私たちの寺としてのあり方、そして、その限界を知らしめられて、

存続をしていくことの現状での厳しさを痛感しています。

でも私たちは「守らなくてはならない」と思っています。

 

今、手渡しが多いのですが、感想をいち早く、言ってくれた方には、感謝です。

本が立てかけられていたり、仏檀におかれているのを見て、

読んでくれていないんだと感じてしまう時もあり、

分かってくれる人に、今の慈光寺を見てもらえたらと思っています。

 

111年目の今年、初心に戻って、謙虚に、でも突き進みます。