こんにちは、じきです。
私は、一昨年末に20年程つとめた会社を退職し、現在アラフォーヒモニートをしております。
私は前回の記事のとおり、12年ほど前に、転勤先の支店に居た同僚のサイコパスおじさんのパワハラにより、精神を木端微塵にされ、適応障害と診断され、休職を経験しました。
今回はその当時の、休職中の気持ち等について書いて行こうと思います。
いつもどおり、苦手・不快な方はブラウザバックお願いします。
気楽ではない
私は、前回記事で書いたとおり、パワハラにより適応障害と診断された後、休職しはじめました。
その当時、休職期間中に気持ちが幾ばくかでも晴れやかになったことは、数えるほどしかなかったと思います。
なにせ休職があければ、またクレイジーサイコパス野郎代表のサイコパスおじさんがいるあの空間に戻るわけです。
↓ 参考 くそやばサイコさん↓
ちなみに私は、在職時は、俗に言う転勤族でした。
同じ会社に約20年ほど勤めておりましたが、大体2~4年毎に転勤があり、転勤の都度、県を跨いだり、転居をしたことも多々ありました。
休職の話から脱線しますが、転勤って、無理やり探せば良い面も多少はありますが、デメリットの方が圧倒的に多い仕組みだと思っております。
特に、転居を伴う転勤場合は本当に大変です。
転居後に、ただ「住む」だけのために、やらなければならないことをリスト化すると、A4サイズの紙が目いっぱいになるくらい、住まいを転居することだけに着目してもやらなければいけない作業が目白押しです。
転居時やらなければならないことの一例を挙げるならば
・現居宅の電気ガス水道ネット等を何月何日から止めるという各社への電話連絡等。
・転居後は逆に、何月何日から電気等を開通させるかという、転居先の各社への電話連絡等。ガス等は立ち会い必須。
・市役所への転出届、転居後の転入届の提出。
・郵便物の搬送先の転出届の提出。
・引っ越し業者決め(相見積もり必須)、荷造り、引越後の荷解き。
・運転免許証等の住所更新・マイナンバーカードの更新等…
上記の作業はほんの一例で、まだまだ転居に伴う作業は、果てしなく残っております。
このリモートワークだ、ソーシャルディスタンスだと、建前だけでも言ってる時代に、慌ただしく住居・執務内容・人間関係の総入れ替えです。
この喧噪、いらねェ~ですってば
転勤=糞ガチャ
さて、このように転勤の都度、大変な転勤関連の作業がありますが、逆に身の回りから嫌な奴が居なくなるケースも少なからずあります。
しかし、仮に、転勤により運よく私を苦しめたサイコさんがいなくなっていたとしても、転勤ガチャは高確率で無情です。
ちょっと、確率ぶっこわれてるんじゃないかってくらい、ヤバい人格の人と度々巡り合います。
結局ほぼ毎回のごとく、B級~S級くらいの初対面サイコさんと、高確率で同勤することになります。
ほんと、支店の全体的な雰囲気がどんなに和やかでも、自分の隣に座る人間の人間性が終わってると即詰みです。
何故に、わざわざ嫌な奴と机を隣り合うように並べて、仕事をしなくてはならないのか。
せめて、自席と他席の距離感を、自分である程度決められる環境ならばいいんですけどね。しかし現実は、勝手に決められてしまうケースがほとんどです。
また、自分自身の転勤がなかったとしても、転勤の時期を機に、仕事内容の方も毎年のようにコロコロと変わり一から覚えなきゃならないことが年々増えていく一方なのも、復職への憂鬱さに拍車をかける要因の一つでした。
制度に感謝?
休職制度はありがたいこと、とはよく聞きます。
さて、私自身、制度を活用した身として図々しいですが、それでもそれに関しては、あえていいえと答えさせていただきましょう。
正確には、休職制度が存在すること自体は良いことなのは間違いないです。
しかし、そもそも病的なまでに追い詰められず、生きていきやすい風土がもっと醸成されていけば、休職という制度をこんなに必要としないのになと感じます。
休職に至る経緯は、人それぞれでしょうけれども、仮に私のようにサイコパスおじさんみたいな糞野郎と運悪くタッグを組まされたみたいなケースだと、ぶっ壊された側の人間はたまったものではありません。
いや冗談抜きに、精神が壊れてしまうと、壊れてる最中の生き方や、元通りになるためのリカバリー作業が、物凄く大変なのです。
自分自身のコンディションの激しい浮き沈み、精神科への通院に伴う時間や金銭の消費等…普通に生きていく中で本来しなくてもいい苦労を、長期間に渡り半強制的にすることを余儀なくされます。
そして、勇気を振り絞りいざ復帰しても、決してウェルカムな雰囲気ばかりではなく、生き残れなそうならば自ら退職しろという圧力をかけてくる人は一定数おりました。
私自身も、自分の部署の人が休職してしまったケースを多く経験したため、誰かが休職するとそのしわ寄せで自分の仕事量が増えることも経験してきました。
そして、その都度耳にする休職中の職員に対する言葉といえば、心配などではなく、壊れたならとっとと辞めてくれねぇかなー等の辛辣な内容が多かった印象があります。
誰かが休職すると、その人の分の事務について、残った人での穴埋め作業がある → 穴埋めによる事務量過多により残された人の不協和音を呼ぶ。という、必ずといっていいほど通る道筋があります。
ならば、そうならないために、誰かが休職で欠員となった時に人をもっと雇えるかといえば、諸々の理由で必ずNOとなるわけです。
じゃあ…せめて職場内の風通しくらいは、建前じゃなくマジで良くしろと思うのです。
制度的に休職が許されていても、現場の人間レベルで不服がたまり、復帰の妨げになってちゃ意味ないです。
ならば、はじめから風通しよくして、休職をそもそもしなくて済むような風土であれば話が早いです。
風通しが悪いことは、結果的に非常に効率が悪いと思います。
誰かが脱落し休職してしまうことによる仕事の遅延具合もそうですが、そもそも日々のモチベーションが低下します。
個人的には、休職出来ることを担保するより、サイコさんのように、私を含め複数人を休職・退職に追い込んだ方をクビ・左遷出来やすいような構造になっていった方が、結果的には仕事が回るケースも多いだろうなぁと思っています。
たまに、自分が居なければ仕事が回らない。あるいは、たとえ人格破綻していても仕事が出来るあの人がいなければ、仕事が回らない。
…という類の、自分自身の能力等を過大評価しているお方や、傍若無人な他人に対し我慢を強いられているようなお方がおります。
多くの場合、そういった「仕事が回らない」等の感情は幻想です。
誰が居ようと居なかろうと、もちろん紆余曲折はあれど、仕事など、与えられた環境下で創意工夫していけば程度形にはなります。
それに長期的な目線でみれば、よっぽど替えの効かない唯一無二の有能じゃない限り、誰かをぶっ壊すような人は会社的にも負債です。
ぶっ壊した側の人は「ふーん壊れたんだ、ハイおしまい」くらいの糞ノリで済むかもしれませんが、会社側はそうはいきません。
壊れてしまった人のことを、即解雇出来るわけでもなく、壊れてしまった人に対し経緯を聞いたり、休職中の給与関係の手続きをしたりと、自社の利益にならない行動に、それなりに時間を割かなければならないわけです。
さて、百聞は一見にしかずということで、サイコな人ほど、是非とも同じようなサイコ気質の人と組ませて仕事させてみてほしいです。
誰かを複数回休職させた者同士が集うデンジャー部署の爆誕です
結成したサイコ部門の仕事がうまく回るなら、それはそれでいいですし。
中途半端に有能なサイコ達が去り、残された方の部署も、たとえ業務が忙しくなろうとも、サイコ居ない方が圧倒的に快適です。お互いWINWINです。
そして仮に、それによってサイコ部門の人々が地獄を見るのなら…
もう、とことん深淵を覗いてみやがれって感じです。
サイコな人達も、人生で一回くらいは、骨の髄から己自身も苦しみ抜いてみてほしいのです。
他者に与えた苦しみの大きさを、己の心身で実体験してほしい。
結局、人間の多くは、自分自身で実体験を伴った痛みを感じないかぎり、真の意味で他者の苦しみ等の理解をすることなど出来ないと思うのです。
せめて、もともと精神疾患の無い人間のことを二回以上精神疾患や休職等に追い込んだ者は、その被害者の精神科通院・投薬の医療費を負担しなければならないような仕組みになってほしいです。
人の気持ちを理解する脳の回路自体がないのなら、せめて、交通違反の反則金等の罰金と同じく身銭を切るべきです。
お前も、「理不尽」という痛みを感じろ。
本来なら、かからなかったはずの医療費等や、療養に充てざるを得なかった膨大な時間を返せ。
年々生きづらさが増した
さて、話を休職中の話に戻します。
休職中は、当然ですが、復職後のことを考え、なるべく日々規則正しく生活をしておりました。
具合が少しでもマシな時には、なるべく業務上の能力を落とさないように頭の中でシミュレーションを行ったり、関連業務の本を読むなどもしておりました。
何も考えずリラックスなどということは到底不可能で、常に復職後のことを考え、現状を焦ったり未来を悲観したり、そんな毎日でしたね。
あと、これは休職したとかしないとかは関係なく、加齢すると、周りの人から年々厳しく「年齢相応の働き」を求められるようになります。
それを当然と言われてしまうと身も蓋もないですが、常に相当な自己研鑽が必須な職場でしたので、年齢が上になるほど周りの目は必然的に厳しくなり、二言目には「この年齢なのにこんなことも出来ない」といった類の言葉があちこちから聞こえてくる職場でした。
加齢する都度、年々周りからの無駄なプレッシャーが増します。
休職した当時は25才頃でしたが、それでも明確な圧力を感じておりましたし、復職後もそれは常に感じておりました。
そもそも、現代人が日々こなす必要のある仕事の複雑さや難易度って、昔とは根本的に全っ然違うと思うんですよね。
求められている仕事の質も、客から会社に対してのサービス等への期待値や権利意識の肥大化具合も、昔とは全く違います。
これに関しては、客と会社の相互で首を絞め合っていると感じます。
過度に懇切丁寧で完璧なサービス等を求めるからこそ、どんどん働く側がしんどくなるのです。
サービスを受ける側にとって便利で融通がきけばきくほど、その裏側で厳しい労働環境下で働く人が多いのだと思います。
もちろん在職中は、その流れに負けないよう、私なりに自己研鑽等も、それなりに頑張ってはいました。
けど、それでもやっぱり大変なのです。
色々な「当たり前」とされている事柄の数々があまりにも煩雑過ぎて、本当に大変なんです。
それに、必死になって頑張ったとしても、やって当然みたいな雰囲気があり、最高に不毛です。
頑張るモチベーション0へ直行です。
自分達で風通しを悪くする
社員同士で仕事に関する貢献度やコスパを真剣になって競い合う。会社勤めならよく見かけたり、そういう現場に遭遇したりもしますね。
程々ならいいのですが、往々にして奴隷同士の鎖自慢になりがちで、糞ほど不毛なマウントの取り合いになったりするシーンをみかけることも多かったです。
会社に貢献するのが大事なことであるのはわかるのですが、過度に労働を美化する傾向があります。
その美意識を半ば強要するケースも多く、そういった考え方については、いつまでたっても相容れるのが難しかったです。
自由の多い日本という国において唯一「仕事」に関してはただでさえ相当の不自由を強いられるのに、なぜに尚も自分たちで首を絞め合うのかと。
仕事を出来ない人、ミスの多い人がやり玉にあがるのは、ある程度ならば仕方ないと思います。
しかし実際は、半分くらいは明らかに自身のガス抜きのために、誰かを半ばいじめる人が多かった印象です。
叱るじゃなくて怒るなんですよね。相手への言動に愛が少ない、もしくは無いんです。
転勤により毎年メンバーが変わっても同じような図式で魔女狩りが行われることが多いのは、どうにも違和感を感じました。
私の「頑張り」
あまり社会の慣習常識等に馴染めていなかった私にとっては、仮に適応障害が治ったとしても、またあの空間に舞い戻らなければならないと考えるだけで、休職中も毎日、憂鬱に感じておりました。
実際、復職した際には、味方も居ましたが、強烈な敵となった人も数多くいました。
ほんといつも、上司とかじゃなくて同僚が自分達で勝手にハードル上げて盛り上がってた印象です。
あれで辞めていく人だって、中にはいると思います。
労働の制度だけが、一見すると整備されたように見えたとしても、人間という生物の本質が整備されるわけではないのです。
なので、休職が権利だとしても、権利を行使したことに対し、物凄いプレッシャーを日々感じます。
私は、復職当日に職場にたどり着いた際、4階建の建物の外観が要塞のように見え、怖くて逃げだしたくて足が震えたのを覚えています。
その足の震えを抑え、奥歯ガタガタ鳴らしながら会社に足を踏み入れた…そのこと自体を称えてくれるような人は、自分以外には誰もいないのです。
私の「頑張り」というのは、世の中の人にとっては呼吸をするくらいに当然のことなのでしょう。
嫌いなもんは嫌い
もともと、私は仕事が嫌いです。
勤労は国民の三大義務といわれても、嫌いなもんは嫌いなのです。
朝早く起きる。せわしない気持ちで準備をこなし、通勤のために家を後にする。
通勤や朝の準備時間も含めれば、1日で最低10時間以上拘束され、「仕事」のために気持ちも身体もがんじがらめになります。
労働時間は当然の如く週最低5日以上あるのに、休みは多くても基本的には週2日。年々高まる客の権利意識の肥大化による業務の難航、などなど。
…
……
記載したのは一部分でしかありませんが、何故、この労働条件が最低限の基本線かのようにされているのか、理解に苦しみます。
おまけに、人のことを減点方式で見る人が多いと感じ、たとえ頑張ってもやって当然みたいな風潮があり、むしろやるだけ更にサービスの向上を求められ、あまり頑張り甲斐がありませんでした。
ありがとう、の一言をもらえただけでも、わりとやる気出るんですけどね。
ありがとうを貰えない程度の働きでしかなかったのだろう、というのは、実に日本人らしい評価の仕方かなと思います。もちろん悪い意味で、です。
手抜きはしない、が
色んな不服をだらだらと書きましたが、私は仕事嫌いだからといって、実際に仕事をやるからには手を抜いていたわけではありません。
それこそ自分の能力が低いことの自負があるため、当社比ではとても一生懸命に仕事に取り組んでおりました。
なんの自慢にもなりませんが、実際に会社へもたらした利益等を基に、社内評価が半年毎に上司等からS~Dの6段階で成績の提示がされるのですが、入社から退社までの20年ほどの間、私の評価がB以下になることはありませんでした。
休職こそしてしまいましたが、その2年間以外は、だらだら文句言ってるばかりではなく、やるべきことはある程度やっていたと胸を張って言えます。
ただ、それはずっと無理を強いられてのことだったので、在職中は、もっと楽に生きることを願うばかりの日々でこのままこの生き方を続けていくのは健全ではないなと、いつも感じておりました。
結局、晴れない気持ち
仕事に関するマナーや慣習や考え方は、社会人になってからいつまでたっても慣れることはありませんでした。
むしろ、年々アレルギー反応が強くなっていっていたといっても過言ではありません。
し、社会生活に向いていない…?!
わかります。
だから、休職したらさぞ気が楽かと思っていたんですけどね。
しかし結局、戻る先に「仕事」がある限り、私の気持ちが晴れることはないのだと悟りました。
別に休職等を体験したくはありませんでしたが、色々な種類の悪意を持った人間がいることや、逆に心の支えになってくれるような人間もいるのだと気付けたことは収穫です。
誰かに頼るのが本位でなくても、苦しい時はとりあえず、色々考えるより前に、まずは人に頼ってみましょう。
その方が休職や自殺等に至るより、よほどマシです。
さて、どういう風に事が動いても、最後に決着をつけるのは自分自身です。
自分の未来は、他者からの力添えの多寡がどうあれ、最終的には実際に自身が実行した言動により紡がれていくのでしょう。
理不尽なんてわざわざ迎合せず、立つ土俵を変えてでも、日々の生活等を快適にこなしていきたいですね