薩洲伊汪瀧 令和6年6月14日 

 

 

 

御流儀開眼の地【薩南州/伊汪瀧】開祖の霊を仰ぐ

 

 

 数十年振りの薩摩、生誕の地であり、感慨深い思い出の地です。

 

 

 開祖、小瀬與左衛門尉長宗公は、千葉県香取を出立し・・遠国修行の末、薩摩に辿り着きました・・・薩摩は現/鹿児島県です。

 

 

 長宗公は縁あって、姓名を瀬戸口與左衛門尉長宗となり、その後、備前守政基~政重となって薩摩の地に永住しました。

 

 遠国記によれば、文明14年(1482)に薩摩に定住したとありますので、大凡、その数年前には、薩摩に到着していたと考えられます。

 

 

 長宗公は、応仁の乱に参戦しましたが、文明3年(1471)には、応仁の乱から離脱しているので、11年間の空白があります。

 詳細は不明ですが、遠国修行していたと推察する事が出来ます。

 

 

 永正5年(1508)武術悟りの宿願を祈念して、薩洲伊汪瀧(伊王滝)に赴き、三日三晩、天眞正の神示を授かり【天眞正自源流兵法】を開眼しました。

 

 

 その日から実に、516年の時を経て第28代14世上野景範と一門會同志が、薩洲伊汪瀧を訪れる事となった・・真に感無量としか言いようのない人生の「奇跡」です。

 

 天眞正自源流兵法開眼の地、「薩洲伊汪瀧」は鹿児島県姶良市加治木町の人里離れた山中にあります。

 

 

 車を止めて、歩く事20分ほどでしょうか、滝見台に到着しました。 

 

 

        

 

 現代では、日本の滝百選に選ばれるほどの観光名所となっていますが、500年以上前にこの地で、天眞正自源流兵法が誕生した事を知る者は皆無です。

 

 

 

 荘厳なる景観の中に佇み、開祖の心を感じ取ろうとしている自分に気が付いた時、K君が呼ばれたのでしょうか、下着一枚となって泳ぎ始めました。

 

 

 滝壺に辿り着いたK君は、嬉しそうに自分の時間を楽しんでいました。

 

 

 開祖の霊に導かれたのは、K君ひとりでしたが、訪問者全員が何とも言えない樽俎霊の存在を感じ取っていた様です。

 

 

 

 

 

 

 

 神奈川支部朱紅會の新人女性も含めて、極めて有意義な薩洲伊汪瀧でした。

 

 

 

 

滝 の 音 は、

絶えて久しく、なりぬれど、

名 こ そ 流 れ て 、

な ほ 聞 こ え け れ 。

 

 

   

  次回予告

 

       

瀬戸口家四代の軌跡を訪ねて