ムーチョです。
今日もアクセスしてくださり、ありがとうございます。
昨日の続きを書きます。
「教えられたくない。でも、知りたい」
この矛盾を解決する方法は…?
おわかりの方も多いと思いますが、
それは「自分で気づかせる」ということなんですね。
極端に言うと、
「あっ、そうだった。知ってた、知ってた」
と思わせてしまうのが一番です。
子どもって「知ってるか、知らないか」に
けっこうこだわりますよね?
なんか、どうでもいいようなことでも、
「知ってるとエライ」と思い込んでるフシ、
ありません?
小学生どうしの会話なんかを聞いてると、
「え~?知らないの~?やばっ」
とか言って威張っている子、いません?
この辺の心理をうまくついてあげるのです。
私が個別指導の塾で教える時の、
自分で気づかせるためのテクニックがいくつかあります。
「この問題がわかりません」と質問された場合、
私はいきなり教えないで、
次のように言うようにしています。
「えーっと、問題文を声に出して読んでみて」
これは、数学(算数)の文章題の時などにかなり有効です。
こう言って、実際に読んでいるだけで、
「あ、わかった」となる子は多いです。
まあ要するに、
ちゃんと問題を読んでいなかっただけなんですが。
あと、間違えなおしがなかなか出来ない子には、
「どうやって解いたか、説明してみて」
とか、
「途中式を丁寧に書いて、見せてみて」
とも、よく言います。
これだけで、自分でどこを間違えたか、
気づいてしまう子が大半です。
教える必要、全然ないですよね?
それどころか、ここで、
「いいか。この問題はこう解くんだ!!」
とか言ってガンガン教え込んだら、自分で気づくチャンスを
奪ってしまうことになります。
急に思い出しましたが、
昔、2年だけ勤めていた某学習塾で、
東大生の講師が、進度の遅れている一人の中学生に向かって、
英語の授業をしている姿を見たことがあります。
たった一人を相手に、早口で次から次へとまくしたてるように
教科書の本文を説明しているのはいいのですが、
それを聞いているほうの生徒は口ぽか~ん、
傍目から見てもなーんも吸収できていないのです。
あれほど無駄な授業はないですね。
東大生だからと言って教え方がうまいとは
限らない、という典型です(笑)
話を元に戻します。
問題文を読ませても、解き方を説明させても
気づかない、という場合は、
もちろん教えざるを得ないわけですが、
ここでもまだがっつり教えることは避けるべきです。
「ちょっとずつヒントを与える」
という方法を使えば、まだ自分で気づかせるチャンスは
残っています。
国語の読解問題であれば、本文の一部を指差して、
「このへんをよく読んでごらん」とか、
理科や社会の用語が出てこないようであれば、
「漢字で4文字だよ」とか…。
他にも、工夫次第で、気づかせる方法は
いくらでもあることに、それこそ「気づく」と思います。
先日やった当塾の研修でも、
「極端に言えば、学力が上がるなら、教えなくていい」
とまで講師たちに言いました。
「俺達の仕事は、教えることじゃなくて、
学力を上げることだから」
とも言いました。
せっかく教えてあげたのに「知ってた、知ってた」
なんて言われると、教えたほうのとしては、
ありがたみを感じてもらえなくて悔しいでしょうが、
子どもに、大事なことを身につけてもらう
ということにフォーカスして考えた場合、
このほうが目的にかなっているわけです。
要は、子どもに教えた結果、
自分のエゴを満たしたいのか、
それとも本当に子どもを成長させたいのか、
ということです。
勉強内容に限らず、日常生活で身につけさせたいことも
「自分で気づかせる」という方法を取り入れると、
摩擦が少なく、スムーズに定着します。
うちの娘はよく、友達が遊びに来るときだけ
掃除を一生懸命やっていましたが、
最近は、日頃からやっておいたほうが気持ちがいい
ということに気づいたようです(笑)
何かを教える前に、
自分で気づかせる方法はないか
と常に考えながら接していると、
自然といい案が思いつくようになってくるので、
ぜひやってみてくださいね。
あー、
なんかコメントいただけると嬉しいです。
コメントがいただけると、やる気倍増で、
もっと貴重な話が出来ると思うので、
ぜひよろしくお願いします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!