最近気付いたこと | まあちゃん〜飾らず楽しくまっすぐに〜

まあちゃん〜飾らず楽しくまっすぐに〜

地方在住の37歳。不安症治療中。お笑いが好き。人見知りの話好き。パンが好き。最近は朝ご飯にお餅食べることにハマる。


最近気付いたこと…

①思ったより自分がコドモだということ
②思ったより自分の能力が低いということ

以上。

それぞれには、疑問な点もある。
①私の言うコドモとは、つまり幼稚ということ。コドモっぽいということと、そうではないというのは何が基準なのか。
私はたわいないことに過大なリアクションをとってしまうこと、褒められると素直に喜んでしまうことがコドモっぽいと思う理由。

難しい。大人ってなんなのか。
リアクションが薄いのが大人なのだろうか。
私は普段、基本フラットなことが多い。
社会でもフラットでいると、他者とのコミュニケーションを取ることが上手くできない気がしてたけど、それは勘違いな気もしてきた。

大人な対応って何??
というか、3~4歳年下にかわいいとか言われてる場合じゃない。


自分って甘いなぁと思った。
周りの人は私より遥かに世間や生き方に対してシビアな考えを持ってると思った。

そして、自分の能力の低さ。
思ったよりできない。
頭悪い。


何が大事かというと、自分の幼稚さやあたまの悪さを、本当の意味で認められたかもしれないということ。

私は物心付いた頃から、教師になりたいと漠然と思っていて、きっとなれるだろうと考えていた。

大学受験は失敗したけど、免許が取れる大学に通えたし、受験リベンジもできた。
でも、「教師になること」と「希望の大学に行くこと」は、全然違う方向にベクトルが進むこともあり得る。
始めは5度ぐらいの違いでも、気持ちが変わったり、気持ちが変わるような経験をすると、いつの間にか、一致していたベクトルは、
進むに連れて離れていってしまう。


きっと私はそうやって今に至ってるんだと思う。
そして、その原因の一つに私の性格の「子どもっぽさ」が大きく関係しているんだと思った。


なぜ私は、他の友達のように教職に就けなかったのだろうか。
それは試験に受かる受からないだけではない。色んな要素がそこにはあった。


でも、なぜ私は…。
全ては「私が子どもだから」で、説明できるだろう。



さて、さっきも述べたように、
大事なことは、それらを認められつつあるということ。
その先には、必ず新しい私が待っているだろう。
そこで、また新しい人生が進み出すのだろうか。
是非生まれ変わりたい。


そのためにも、もう少し我慢して見つめ直したい。
体裁とか理屈じゃなく、心の底から納得して次に進めるように。


私の人生は、本当に大事なものはある。
家族と友達とその人たちの健康と幸せ。
それだけで私は恵まれているから、
そう簡単に今自分に欲しいものは手に入らないだろう。
楽しくないんだ人生なんて。
それが、当たり前。
今の幸せに感謝する。
楽しくないんだ人生なんて。