まあちゃん〜飾らず楽しくまっすぐに〜

まあちゃん〜飾らず楽しくまっすぐに〜

地方在住の37歳。不安症治療中。お笑いが好き。人見知りの話好き。パンが好き。最近は朝ご飯にお餅食べることにハマる。

私って真剣な話をすると誰も共感してくれへんから、やっぱり論点ずれてるんかな。。

自分が思ってるより伝わってないんかな。。

語彙力と説明力に欠けてるんかな。。。

ま、いいや。



最近ってほんま、喋るの難しいよな。

あれこれ考えたり、配慮したりしてなんか言いたいことから離れていってしまうことがある。


話変わるけど、間違えたことをしてしまうことに、世の中が凄く敏感な気がする。

生きづらい世の中やなぁ。

みんな人生1回目やのに。




今日、エンジンオイルとエレメントとバッテリー替えました。

以下、殺人を容認する意図、量刑に対する意見はありません。


「殺人の意思決定に生い立ちが大きく影響したとは言えない」らしい。


影響したかどうか、本当にそれが分かるのは本人だけだろう。


この判決文を作った人は、結果(量刑)から逆算して答弁を考えたのだろうと思う。

今までの裁判を全て聞かずとも、ニュース番組などで報道されている被告の生い立ちを聞いて、それが「影響しない」とする根拠はどこにあるのか教えてもらいたい。


人間がすることは必ずしも理にかなっていることばかりではない。

小学生の男の子が、好きな女の子に意地悪したりする。

判決文もそれでいいと思う。

「被告の生い立ちには非常に同情するし、無念なことが多々あっただろうが、殺人は許されないので無期懲役です。」

これでいいと思う。

変に理屈を通そうとするから、多くの人が「え?」となるのだ。



私が小、中学生の頃に父親がある宗教にハマって、家計からお金を入れていた。

母親も黙っている人では無いので、数ヶ月にごとに大喧嘩していた。母親の怒りが頂点に達すると「離婚する」と言い、その度に私は悲しく、本当に離婚するのではと不安になり、どきどきしていた。

一度、両親が大喧嘩した後、父親がお風呂に入っている間、父が使うであろうタオルに顔を押しつけて「離婚しないで、離婚しないで、離婚しないで」と強く念じたことがある。



被告が経験したことに、容易に共感などできない。端的に聞いただけでも胸が締め付けられる。


判決を聞いた被告は「動じず、感情の起伏は見えなかった」らしい。

悲しい、苦しい、悔しい、つらいなどの感情は今までに味わい尽くし、すでに被告の中で「人生」は終わっていたのかもしれない。


「殺人の意思決定に生い立ちが大きく影響したとは言えない」

その言葉が、被告の心を踏みにじることがありませんように。



仕事終わりに、職場の同僚と飲みに行くって、ちょっと憧れる。そして真面目な話も世間話もする。

自分の世界が、家庭以外にもう一つあるみたいで羨ましい。


自分はいつ仕事をするのだろうと想像するけど、まだ無理な気がする。

すぐキャパオーバーになりそうで。

下の子が年長ぐらいになると、だいぶマシなんかなぁ。

来年は上の子が小学生になるから、家にいてあげたい。

そしたら下の子も同じ年になるまで待つべきか。。

その前に資格を取りたい。


新しい車が欲しい。