オコーナーズブリッジの本家、パット・オコーナーは力道山時代のワールドリーグ戦に参加。いかに古いか | 生きているだけで奇跡 宍倉清則のいまのキモチ

オコーナーズブリッジの本家、パット・オコーナーは力道山時代のワールドリーグ戦に参加。いかに古いか

初来日は昭和38年3月の第5回ワールド大リーグ戦。5・17東京体育館の決勝に進出したのはキラー・コワルスキーだが、オコーナーは4・24大阪府立で、力道山のインターに挑戦。

 

①力道山(13分18秒、エビ固め)

②オコーナー(9分58秒、片足固め)

③力道山(3分1秒、体固め)

なんとなく書きたくて、自分のために書いた。

 

11年後の49年暮れは4度目の来日。初以外はすべて全日本だ。

 

ドロップキックも鮮やかで、スカイロケットと呼ばれたよね。

 

これほど古いオコーナーの名前を技の名前に入れたのはうれしい。しかも、オコーナーズクラッチではなく、ブリッジにしたセンスがいい。