ずっと知りたかった、その曲は「悲しき鉄道員」だった | 生きているだけで十分 宍倉清則のいまのキモチ

ずっと知りたかった、その曲は「悲しき鉄道員」だった

水川あさみの「部長!」のシーンは200回は見た。毎回、泣いている。ほかにも泣けるシーンがいっぱい。あまりにもシンプルながら、結婚披露宴での娘の「お父さん、いままで、ありがとう」とかね。

 

そうです、映画「明日の記憶」。ここでも何度も書いている。そして、ずっと探していた。ある曲を。

 

 

なんで、いまごろ知ったんだって? しょうがないでしょ。私自身が「明日の記憶」に近いんだから。

 

 

別の映画のエンディングを見ていたとき、あっ、そうだ! と思ったんです。エンディングに挿入歌の曲名が出るじゃんって。

 

 

実は、私は「明日の記憶」を地上波で、放送は09年10月25日でした、それでしか見ていなかった。地上波は当然、エンディング・ロールなど流れない。

 

 

すぐにDVDを借りに行けば、解決したことだったのだ。ああ、大笑い。

 

 

いや、DVDは借りていない。日本映画専門チャンネルで放送したのだ。

 

 

そのシーンというのは劇中「2006年」のテロップが出るとき。孫の「芽吹(めぶき)」ちゃんが2才。2才がまたかわいいんだ。

 

 

ショッキング・ブルー(外国人グループ)の「悲しき鉄道員」でした。昭和45年、1970年の曲。私、14歳。当然、当時は聴いている。だから、すごく懐かしい響きがあったのだ。

 

 

いまなら、ユーチューブですぐに出てきます。興味を持った方はどうぞ。ネットの受け売りによれば、本国よりも、日本でヒットしたらしい。