日本プロレス史上、初のヘビー級2大タイトルマッチ | 生きているだけで十分 宍倉清則のいまのキモチ

日本プロレス史上、初のヘビー級2大タイトルマッチ

情報が入りました。意外にも、日本プロレスで、ありました。これは忘れていた。


昭和46年2月2日、広島県立体育館。★メイン=インターナショナル・ヘビー級(60分3本)馬場(1-1)ザ・ストンパー ①馬場(7分24秒、エビ固め)②ストンパー(9分54秒、体固め)③3分44秒、両者リングアウト ※馬場が初防衛 ★セミ=アジアヘビー級(60分3本)<挑戦者>大木金太郎(2-1)ビル・ドロモ ①ドロモ(14分55秒、体固め)②大木(6分41秒、体固め)③大木(2分27秒、体固め) ※大木が王座奪回


初来日のストンパーはインパクト大。ロープの反動を利しての、ストンピング1発がフィニッシュ技。ただのストンピング1発ですよ! コーナーから飛び降りるわけでもない。これに馬場さんが引き分けたのは意外だったなあ。馬場さんは前年の12月にジン・キニスキーに大阪で敗れ、ロサンゼルスで奪回。初防衛戦だった。馬場さんのインター王座転落はボボ・ブラジルとキニスキーの2回だけ。そう覚えてください。「受験」で出るので。ウソ。ウソ。


一方、大木さんは1・15徳山(現・周南市)で「実力者」ドロモに敗れ、初めての王座転落。これもインパクトあったなあ。


だから、大木さんがメインでもよかったような気がするのだが、ドロモが地味だからかなあ。相手のせいかなあ。大木さん、ここまで13回も防衛しているんですね。つまり、13回はみな、メインだったような。


徳山といえば、長州力さんの地元ですが、私なんかはこの「ドロモvs大木」を思い出します。徳山といえば、ドロモvs大木。馬場vsストンパーとダブルだったんだなあ。見たいなあ、この映像。死ぬほど見たい。


この新春シリーズは2人のほか、ザ・ケンタッキアン(ルーク・ブラウン=2度目の来日)、ガービン兄弟(ロニー&テリー=初来日)、リッキー・ハンター(2度目の来日)。ちょっと派手さ、知名度に欠けるメンバーでした。ドロモも2度目の来日。あと、ミツ荒川が日本側で出場。「日本側」って表現、懐かしいでしょ。


結論。立場だけでいうと、ドロモが1・4ドームの内藤選手ということになる。


レイスに次いで、気合が入ったプロレスネタ、書きましたとさ。