「怪力」豊登さんが亡くなって、15年。最後に、おおやけの場に姿を見せたのは… | 生きているだけで奇跡 宍倉清則のいまのキモチ

「怪力」豊登さんが亡くなって、15年。最後に、おおやけの場に姿を見せたのは…

髪の毛が伸びて、いいカンジになったので、履歴書のための写真を撮ってもらった。

 

前回のときは短髪のうえに、まゆ毛も剃ったばかり。あまりにも印象が悪い(笑)。さあ、これで髪の毛を切れるぞ。

 

 

ウィキペディアって、いい加減だね。

 

 

豊登さんを見たら、89年2・22両国のユセフ・トルコさん引退セレモニーに姿を見せたのがおおやけに出たのは最後…となっている。

 

 

そんなはずはない。だって、私、豊登さんに同じ両国のリング上で金一封を渡したもん。

 

 

つまり、豊登さんが「主役」の大会があった、ということ。

 

 

91年4月30日。スーパージュニア決勝で、保永さんがライガー選手を破って、優勝したとき。あれは保永さんの「最高の日」じゃないかな。

 

 

その大会が「豊登さん激励チャリティー興行」だった。収益金の一部が豊登さんに贈られた。これが証拠写真です。右端は新間さん。誰か、ウィキを直しておいて。

 

 

生きていることが奇跡!!宍倉清則のいまのキモチ

 

 

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私の胸元を見て。まだ首から下げるプレスパスがなく、シールを張っていることがわかるでしょ。

 

豊登さんが亡くなったのは98年7月1日。享年67歳だった。今年は没後、15年である。