「キラー」は故・I編集長の功績
東京はますます雨が強くなり、雷まで。早く帰ってきて、よかった。
若い記者のあいだでも、よく「キラー」という言葉が使われている。普段とは違う、奥に秘められた「キラー」な部分、という意味で。
これはキラー・コワルスキーやキラー・バディ・オースチンとは、ちょっと違う。そういうキャッチフレーズを超えた「殺し」の恐ろしさ。
この場合の「キラー」という使い方を編み出したのは、亡くなられた「週刊ファイト」紙のI(アイ)編集長こと、井上義啓(よしひろ)氏の功績である。キラー・猪木。
私はサムライTVの開局のころ、まったく見ていなかったのだが、人に聞いたら、昔の新日本の試合を流す「闘魂ワンダーランド」という番組があって、解説をしていたアイ編集長が感極まって、泣き出してしまう、というシーンがあったとか。それ、見たいなあ。
私が「ゴング」で「マスコミとの遭遇」というインタビュー企画をやったとき、第1回のゲストがアイ編集長だった。私も少なからず影響を受けているので「第1回はアイ編集長というのはどうでしょうか」と、竹内さんに打診すると「それはいいね! 第1回にふさわしいよ」。
でもライバル紙であり、出てくれるのかなあ、と不安だったが、すぐに快諾してくれた。
ふと思ったんです。ちょっとおこがましいけれど、もしかしたら、いま、私を見る若い人たちの目は、若いころの私がアイ編集長を見ていた目と似ているんじゃないかなあって。
13日のアイスリボン&北都プロレス合同チャリティー興行・岩見沢大会に、藤波さんが出ている! 驚いた。