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デスクに花を置くと、気持ちも和らぎます。
 
 
 
 
 
SNSで発信していると必ず出くわすのが、マウンティングしてくる人。
 
今日はこれについてモノ申したい。
 
 
 
 
 
そもそもマウンティングとは?
 
サルやゴリラなどの霊長類が自分の優位を顕示するため相手に乗りかかる体勢などを指すことが多い。

霊長類の自己顕示行為としてのマウンティングは相手がオスかメスかに関係なく行われる。
 
転じて、人付き合いの中で何事につけても相手をそれとなく貶め、自分が優位に立とうとする行為や性向をマウンティングと呼ぶことがある。
 
 
 
 
 
にゃるほどー。
 
要は、「自分の存在を認めてほしいがために、相手をそれとなく貶め、自分を優位に立たせようとする」それが、マウンティングですね。
 
この件については、よーーーーーーくわかります。
 
だって、わたしマウンティング女子でしたから!!!
 
でも、だんだん自分を生きれるようになると、頑張っている人に対して「すごいなあ、わたしも勇気をもらえた!」と思えるようになったんです。
 
 
 

 

で、SNSで発信していると、必ずチャチャ入れしてくる人がいます。

 

(まあそれで、こちらも自分がどうしたいか確認できるので良いのですが。)

 

「それ、間違ってますよ」

 

とか、

 

「えらそうにモノ言いますね」

 

などなど。

 

今日もありました。

 

クライアントさんが目標月収にいった記事をアップすると、

 

「最近は実績を自慢するような人が多いから気をつけたいですね」と。

 

おう、自慢したいよー、仲間が夢を叶えられて嬉しいもん。

 

要は羨ましいんでしょうね〜。

 

それにチャチャ入れるってどんだけ暇なん(笑)

 

 

 

 

まず、そもそもですが、わたしがSNSで発信している内容は、誰かに向けて自慢したりさげすんだり見下したりするために書いているのではありません。

 

むしろ、以前の自分に対して、「こうしたら楽になるよ」「そうじゃないんだよ」と導くためにやっていることであって、今の自分全てを認めるため。

 

実はすべて、自分に対して言っていることなんです。

 

 

 

 

それを何を勘違いしたのか自意識過剰なのか、自分が攻撃されたと思って、もしくは自分の何かにひっかかって、わたしの庭にゴミを落としていくんですよね。

 

「あんたの意見はおかしい!えらそうだ!」と。

 

 

 

 

 

うざいったらありゃしない(笑)

 

 

 

 

他人の庭に、自分の好みではない花が咲いてようが、わざわざ

 

「わたし、あなたの庭の花嫌いなのよ」ムキー

 

「今の季節にその花を植えるなんておかしいんじゃない」ムキー

 

と言いに行く必要はありませんよね。

 

「あ、あの人はあれが好きなんだ。わたしは違うんだよね。ウインク」と、自分の考えを確認すればよいだけのこと。

 

自分と違うからって、わざわざ正しに行かなくて良いのです。

 

では、なぜわざわざ正しに行ってしまうのか。

 

 

 

 

それは、「自分が本当はやりたいのに我慢していること」をおおっぴらにやっている人を見て、「何やってるの!空気読みなさいよ!そんなことしたらみんなになんて言われるかわからないわよ!!」と、警告を鳴らしにいくんですよね。

 

 

 

 

 

えと、その警告、

 

あなたの世界と違って、

 

わたしの世界では自由に生きることがOKなので、

 

必要ありません(笑)ニヤニヤ

 

 

 

 

なぜそうやって言いに行くかというと、「等身大の自分を生きて、できることをやっている人」に対して腹が立つんです。

 

自分に対して「そんな自分はダメ。まだダメ」と言うと、自分は我慢しているのにそれを楽しそうにやっている人が許せないんです。

 

だから、そういう人をマウンティングしようとするんですよね。

 

「あんたはまだできないんだから、わたしと同じように大人しくしてなさい!みんなのことを考えて我慢してるわたしはえらいんだから!」と。

 

 

 

 

ただ自分がチャレンジするのが怖いだけなのに、素の弱い自分を晒してNOと言われるのが怖いだけなのに、「わたしは大人だから、空気が読めるのよ」なんて顔して。

 
ちょっとちょっと。
 
それって本当に大人ですか?
 
 
 
 
 
 
現代人は、「ちゃんとしないと教」の信者がかなり多いです。
 
なぜ信者になるのかというと、学校教育や社会で刷り込まれているからです。
 
潜在意識まで刷り込むのに、12年かかると言われています。
 
あーら偶然、義務教育の年数と同じですね。
 
 
 
 
 
 
だから、「ちゃんとしないと教」の熱烈な信者は、実は大人なのではありません。
 
まんまと洗脳されてるんですねー。
 
だから、ちゃんとできるわたしはえらい。
 
ちゃんとできないあなたはダメ。
 
という優劣の構図ができるんです。
 
 
 
 
 
 
そして、自分に「これやってもいいよ。あなたは愛されるから大丈夫」と許しを与えることができる人は、他人に対しても寛容になれるんですよね。

 

だから、等身大の自分を生きている人は、嫉妬やねたみ、マウンティングはしません。

 

逆に言うと、もししているなら、あなたが「本当にやりたいこと」から逃げている人だということ。

 
 
 
 
 
併せてお伝えしたいのがこんな例。
 
セミナーやビジネススクールに来る方でもよくこの質問を受けるのですが…

 

 

「わたし、まだまだちゃんとできていないし、結果も出てないし、こんなわたしが発信して良いんでしょうか」

 

というもの。

 

 

 

 

ちょっとまったーーーーー!!!!!(笑)

 

 

 

 

じゃあ、じゃあ、いったいいつになったら発信できるの!!(笑)

 

「精神的に解脱するレベルになってから」?

 

「ちゃんと結果が出てから」??

 

「月収〇桁達成してから」???

 
 
 

 

 

  

そんなん待ってたら、死にますよ。(笑)

 

 

 

「自分を愛する」というと、具体的に何をして良いかわからないと思います。

 

でも、今のまんまの自分でやりたいことをやることが、実は一番自分を愛することなんです。

 

みんなが描く幻想、それは、「ちゃんとしてからスタートする」というもの。

 

 

 

 

 

わたしはこれに気づいて、昨年3月、サラリーマンでありながらブログで発信を始めました。

 

いつか来る未来を待つのではなく、「今」そうなればいいじゃん、と。

  

今の自分はまだまだだから…と、意見を言わなかったり発信しないと、出ている波動は「わたしには何もない」「豊かさなんてない」というもの。

 

でも、今の等身大の自分で、素直に「今感じること」を発信すると、「わたしは豊かだ」「わたしにはたくさんの豊かさがある」という波動がバンバン出るんですよね。

 

 

 

 

 

正しい、正しくないではなく、「これいいよー!」という内容を発信していけばよいのです。

 

中途半端な、今のまんまで、ありのままを見せていけばいいんです。

 
もし中途半端な自分を許せないなら、あなたはずっと、中途半端な人に対して「あいつはだめだ」と見下し続けるんです。
 
 
 
 
 

 

 

今のあなたにしかできないことが、あるんです。

 

それを忘れて、完璧になろうとしないでいいんです。

 

そして、完璧を相手に求めなくていいんです。

 

作られた幻想に、惑わされないでください。

 

等身大のなりたい自分に、今すぐなろう!

 

 

 

そして、うざいコメントしてくる人へ。

 

あなたが妬みのコメントしてくると、「あ、わたし羨ましがられてるんだ❤わたしは本当はどうしたかったんだっけ?そうだ、もっともっと豊かになろう❤」と、わたしがますます素敵になるだけです。

 

そしてあなたは放った憎しみが返ってきて、もっと苦しくなります。

 

アンチさん、いつも、応援ありがとうございます❤❤(笑)

 

 

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