こないだ、何気なくインターネットをながめていたら、「雨がウザい、雨っていらなくね?」という書き込みがありました。
傘をささなくちゃいけないし、服は濡れるし、交通機関は乱れるし、ストレスしかない、と。
それをみた他の方が、雨がないと困るものをあげて反論していくわけですが、その方は俺には関係ないし、いますぐ雨がなくなればいい、という発言に終始していました。
雨が降って洗われた大地と空気を吸い、雨が降ってできた作物を食べ生きてるわけですから無関係なわけないのですが、いま自分の目の前では無関係のように感じるようです。
私は、この方は正直な方だな、と思いました。
私も、雨の有り難みの想像はつきますが、正直雨ってウザいと思ったことがあります。感謝しないとと思っても有り難れないときもあります。
ただ、もったいないなとも思いました。
雨が、降ることによる「良い事」にフォーカスをあてず、自分が被る悪いと思う事にのみ、フォーカスをあてる心が、です。
昔の方は、世に起こる当たり前の事象に風情やもののあわれを感じていたようですが、そんな心を持てたのは色んなことがある中でも良い事にフォーカスをあてようとしたからではないか、と感じました。
雨も、じっと見ていると雨ならではの良さがあります。趣きがあります。喜ぶ何か、誰かがいて、それを想像するとこちらも喜ばしくなります。
そんなことに焦点をあてる心の余裕やゆとりがないと、いつか心はカラカラに乾いてしまうのではないかと思いました。
これから梅雨の季節がやってきますね。
今日もお読みいただき、ありがとうございました。