思い込みは現実創造のエネルギー | 道はいろいろ

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生き辛さは成長の機会。思いやりの心と自分の本質を大切に。

人目が気になる。

人にどう見られているのか気になる。

気になるから緊張する。

緊張するからますます人目が気になる。

口元が強張り、口元のコントロールができなくなる。

口元がピクピクする気がする。

 

不自然な変な顔になっている気がする。

人前に出ると一人の時とは違う何かしら違和感がある顔になる。

その顔に現れた何かがたまらなく嫌なのだが、その正体がわからない。

心が傷つく感じがする。

 

2年ぐらい前にその何かがわかった。

私は人に嫌われる、人前が苦手。

だから人前に出て非常に困っているというのが表情に出ているのだ。

 

でも対処方法がわからない。

私は人から嫌われる人間という想いがある。

困った困った、どうしても顔に出てしまう。

もっと恐怖を感じるのは、みんなが楽しい場だ。

みんなが楽しい場では余計に浮いてしまう。

 

だが、何に対する恐怖なのかいまいちわからなかった。

嫌われる恐怖であれば、今更嫌われるのが怖いというのも変だ。

 

場数を踏んで馴れればいいのだろうか?

しかしそのたびに現在進行形で小さな?トラウマが増え続けるのは、どうすればいいのだろうか?

 

最近ようやくわかったことがある。

自分を否定しながら場数を踏んでもだめなのだ。

問題は、

”『人前に出て非常に困っているというのが表情に出ている自分』をとてもだめだと思っている自分がいる”

ことなのだ。

 

『とてもだめなことだからとても人前になんか出せないんです〜』ドクロ

 

悩みは”逃げると向き合うの中間”です。

自分の持って生まれた資質。

欠点もあれば長所もある。

欠点は直して、今とは違う人間になりたい。

それを直せばもっと素晴らしい人生が待っているんだ〜。物申す

 

 

でも何かの体験で傷つき、つまづいてしまった。

傷を思い出すような体験から逃げるようになる。

逃げれば逃げるほど、年数を重ねるほどに、傷に向き合うのが困難になる。

特定の状況を無意識に避ける。

そういう状況に近づくと抵抗する。

本当は近づきたいけど抵抗する。

それが身体的な反応となって現れる。

 

問題は、異常と思えるような身体的な反応ではなくて、その反応を異常だと思うこと。

異常だから悪いと思うこと、異常だから無くそうと思うこと。

なくしたいのになくせないことが悩みとなる。

 

本当は異常なんかでなく正常な体の反応。

それを、恥ずべきことと思ったり、自分の弱点を人に知られてしまう、人に見せられない恥ずかしいだめな自分だと思ったり、自分が負けることだと思ったり、そんな自分は認められないと思ったり・・・失敗がだめなことだと思ったり・・・することが問題だ。

 

(ん?以前も同じようなこと書いたような・・・)σ(^_^;)アセアセ..

 

 

人はその人固有の思い込みで、自分の世界を作っている。

周りの人間関係も含めた自分の世界を作っている。

思い込みは現実創造のエネルギー。

思い込みは現実を変えるエネルギーを持っている。

私が嫌われているというのは現実からそこだけ切り取ったもの(嫌っている人が多い気はするが・・・)。

その思い込みは、欠点を直し、逆の現実を作り出す原動力になる。

だが、逃げれば、人生を行き詰らせる思い込みをどんどん作ってそこから抜け出せなくなる。

 

またカッコつけたことを書いて余計に自分のハードルを上げて自分の首を締めることになってしまったので・・・

今回は一歩進めて、

 

それを恥ずべきことと思ったり、自分の弱点を人に知られてしまう、人に見せられない恥ずかしいだめな自分だと思ったり、自分が負けることだと思ったり、そんな自分は認められないと思ったり・・・失敗がだめなことだと思ったり・・・

するのも正常。

だからそれを隠そうとするのも正常。

だから隠すのも正常。

逃げるのも正常。

やってみてうまくいかなくて凹んでもそれも正常だと思うことにしよう。