どこを見て歩いたらいいかわからない その1 | 虚飾を捨てて心に翼を

虚飾を捨てて心に翼を

生き辛さは成長の機会。思いやりの心と自分の本質を大切に。

ハタチの頃だったと思います。

突然だったか、何かきっかけがあったのか、よく覚えてないんですが、歩く時どこを見ていいかわからなくなったのです。

 

まっすぐ前の一点を見るのか?

キョロキョロするのは挙動不審に見られるという。

では目はどのように動かすのか?

足元を見るタイミングは?

前から人が歩いてきたら?

その人を見るのか見ないのか?

人をジロジロ見るのは良くないというが、

では見るとすればいつどのように見るのか?

道を曲がる時の視線移動はどうなるのか?

わからなくなったのです。

 

そこで考えたのは、普通はどうするものなのか人に聞く事でした。一般的基準を聞いて、そうなるように練習すればいいと考えたのです。

そこで、ごく親しい人や親に聞いてみました。

しかし、まず最初は、はあ?という顔をされます。よくよく聞いてみても、どうやら無意識にやっているから、聞かれても困るようなのです。おそらく小さい頃学習して無意識にやっていることが、自分は、マスターできなかったのだと思いました。

 

大学時代、危害を加えられるかもしれないので、見なければならないということを聞きました。これは納得できました。ではどういう風に見るのが普通なのか?そもそも自分は普通というのがよくわかりません。

 

結局求めていた答えが得られぬまま、何十年も過ぎました。ヒントにはなってもまた次々に疑問が浮かび、結局どうしたらいいかわからなかったのです。

 

わからないだけでなく苦痛でした。調子のいい時は、あまり気にならないけど、落ち込んでいる時などは特に苦痛でした。そして自分が、他人の目に異常に見えているのではと恐れていました。

 

こんな変な悩みが一体どうして出てきたのかも、さっぱりわかりませんでした。